13 地上の城
ニニギが城を出てから連絡がなく、さすがにただ王の間で待つのも芸がない。それは、ニニギの駒として正しい態度ではないと、6人は今後の城の統治について方針を立てようということになった。
戦闘が想定されていない上、ニニギの指示でもないため、いつものようなナイト、ビショップ、ルークに分かれるのではなく、性別で別れることにした。
アレグリア、ペテネラ、グァヒーラの明らかに女性のチームと、ソレア、シギリージャ、ファルーカの、男性と、男性かどうかは不明だが、女性とは分け難い者たちのチームである。
女性キャラクターチームは、ニニギをはじめとした自分たちの生活環境を整えることに尽力することにし、もう一方のチームは、ニニギに新たに仕えることになった、城に以前から住み着いていた魔物たちの管理や扱いについて、方針を立てることにした。
アレグリアは手分けすることを宣言して、ペテネラとグァヒーラに、まず自分たちが生活する場所をどこにするか決めるよう言い、自分は王の間の上階に向かった。
「どうして、着いてくるの?」
「アレグリア、それはないんじゃない? 自分だけ、抜けがけするつもり?」
上階にあるのは、ただ一つ、王の私室である。つまり、ニニギのものとなる予定の部屋だ。
アレグリアが上階への階段を上ろうとした時、すでに真後ろにペテネラがはりついていた。アレグリアの指示に従う気など、はじめからなかったのだ。
「抜け駆けってなによ。ニニギ様がきちんと生活できるかどうか、チェックするのは当然のことじゃない。その結果、足りないものがあったらどうするの? ガサツな男たちにはまかせられない、重要な任務よ」
「とか言いながら、ニニギ様のベッドに宝物庫から持ってきた金貨を敷き詰めて、裸で寝転んで待つつもりじゃないの?」
「……考えてもみなかったけど……それは素敵ね」
「させないよ」
「しないわよ。ニニギ様がお戻りの時は、サクヤも一緒でしょうし……サクヤ、ずるいわね。まあ、そのことは置いておいても、ニニギ様が戻る前に、敵と遭遇されて、私たちが召還される可能性だってあるのだし。そんな時に、ニニギ様にならともかく、他の男たちにまでサービスするつもりはないわ。で、グァヒーラも私の邪魔をしたいの?」
真っ黒い肌をしたペテネラの背後には、昆虫様の無数の足を駆使して、見事に人間の女性に近づけた外見を作り上げたグァヒーラがいた。
「う、上の階を調べたのは、私とファルーカです。アレグリアは見たことがないでしょう。手伝うことがあるかもしれないじゃないの」
「そこよ」
アレグリアはグァヒーラに指をピシリと向けてから続ける。
「私だけ、ニニギ様の寝室を見たことがないのよ。どうして? どうして私だけ、こんな仕打ちを受けるの? 可哀想だと思うでしょ?」
「そんなに、大げさなこと?」
「大げさ! 私だけ、ニニギ様がどんな場所で寝るのか知らないのよ。自分が隣でどんな格好で寝ているか、想像することもできないのよ。ニニギ様がどんなふうに私を愛して、どんなに私を愛しているか囁くのを、想像することができないのよ。そんな生活に、一体どんな楽しみがあるというの?」
「お腹の下で、黄金を抱きしめている夢でも見ていればいいじゃない」
ペテネラが舌を出しながら言った。アレグリアは即座に言い返す。
「人を守銭奴みたいに言わないでよ」
「違うのかしら?」
「グァヒーラ、あなたまで。ドラゴン族に対する偏見だわ。いわれのない侮辱よ」
「ドラゴン族の全部がそうだとは言っていないわよ。あたしは、アレグリアが異常だと思っているだけ。わかったわよ。一緒に見ましょうよ。あたしたちだって、ニニギ様がどんな場所で生活にされるか、ちゃんと見たいのよ。私たちがどこに住むかなんてこと、その後でやればいい。手分けすることじゃないでしょう」
「……グァヒーラ、私だけが異常だと思っているっていうのは、後で話し合いましょう。それ以外については、仕方ないわね。でも、寝室は私が最初よ」
「はい、はい」
ペテネラは肩をすくめながら階段を上ろうとした。アレグリアは油断をしなかった。ペテネラに抜かされる前に、階段を駆け上がったのである。
五つの大きな部屋で構成された私室の、再奥の部屋が寝室だった。
シーツは清潔なものに変えなければならないし、スプリングも傷んでいる。全て交換したほうがいいだろう。
だが、とにかくここでニニギが寝るのだ。寝室に足を踏み入れた瞬間に、アレグリアは満面に笑みを張り付かせてベッドに飛び込んだ。
「ほらっ、アレグリア、もういいだろ。いつまでも妄想に浸っていないで、真面目にやろうよ」
「悪魔の言葉とも思えないわね。やっぱり……黄金を敷き詰めたほうが盛り上がるかしら」
「それは、あなただけよ」
つまり、ニニギは盛り上がらないということだ。グァヒーラの言葉に少し気分を害しながら、アレグリアはシーツに埋めた顔を上げた。
「まだ、ニニギ様はこのベッドで寝ていないのね?」
「サクヤと二人で、チェスをベランダでしていただけだというのだから、ベッドは使われていないはずよ」
「その言葉、信じるの?」
ペテネラがやれやれと肩をすくめる。
「どういう意味? ニニギ様の言葉を疑うの?」
「ニニギ様だって、常に真実をおっしゃるわけではないでしょう。ニニギ様だからこそ、必要なことをおっしゃったのかもしれない。サクヤと何をしていたか、『本当のことを言う必要はない』と思ったのかもしれないわ」
真っ黒い姿の悪魔の美女は、珍しく真剣な表情でベランダを見つめた。
「じゃあ……ニニギ様はもうサクヤのもの?」
ペテネラが問うと、グァヒーラも動揺してぶるぶるとふるえていた。問い質したのはアレグリアだ。
「ペテネラは、どう思うの? その場を目撃したのは、あなだけでしょ」
「……わからないよ。でも……あたしが見たときは、ベランダでチェスをしていただけけどね」
「な、なら、サクヤとニニギ様の間に何があったのか……ただの妄想なのよね?」
グァヒーラの声は擦れている。それほど動揺しているのだ。
「もちろん。でも、あたしだったら二人きりになった瞬間に押し倒すけどなぁ。アレグリアだって、グァヒーラだって同じでしょ? サクヤは違うのかなぁ」
「私はそんなことしないわよ」
「私もしません」
「……えっ? なんで?」
ペテネラが心底驚いた声を出す。
「なんでって……そこは、ニニギ様にリードしていただきたいじゃない」
「そんなこと言っていると、チャンスなくなるよぉ。サクヤがいつも一緒にいるんだから、そう多くないと思うけどねぇ」
「サクヤは……どうなのかしら?」
アレグリアはベッドに座り直した。ニニギがまだこのベッドで寝ていなくてよかったと思った。ドラゴン王のアレグリアには、どんなベッドでも寝心地など気にならないが、ニニギが休むにはシーツも汚れているし、ベッドのスプリングも悪い。
「さぁね。でも、余裕なんでしょうね。クイーンなんだし。ひょっとして……性欲はないのかもね。不死族だから、種族の増やし方は、死体からの作成だろうしね」
「つまらない種族」
「本当ですね。私なら、一度に千個以上の卵を産んで見せるのに」
「グァヒーラ、ニニギ様はそこまで子沢山なのをご希望ではないと思うわよ」
アレグリアの言葉に、昆虫類のグァヒーラが首をかしげた。グァヒーラなら、本気でニニギの子供を千匹産もうと考えているかもしれない。
「で、どうする?」
「ああ……そうね。ニニギ様にはふさわしくないわ。ベッドを新しくしたほうがいいかもね。サクヤが助けた人間がいる街に行って作らせるか、天空の箱庭の職人に作らせたほうがいいわ。ニニギ様なら魔法で作れるかもしれないけど……私たちには少し難しいものね」
「そんなこと、聞いていないよ」
「じぁあ、なに?」
ペテネラは呆れたように両手を広げた。
「決まっているじゃない。サクヤからニニギ様を奪う方法」
「奪うって……」
「そのぐらいの気持ちじゃなきゃ無理だよ。どうするの? 乗る? サクヤは強い。それは間違いないし、できればあたしたちで協力しない?」
「でも、ニニギ様はお一人よ」
「あたしはいいよ、シェアしても。サクヤに独占されるのが嫌なだけで、分け合うのは当然のだと思っているしね」
「ニニギ様はものじゃないわ」
「そんなことはわかっているよ。私が言いたいのは、あのニニギ様に、誰か一人だけを選べって言うのは、それこそ問題じゃないってことよ。サクヤを出し抜いて、別の誰かが独占するなら、同じことの繰り返しじゃない」
「……でも、ニニギ様は望んでいるの?」
アレグリアは悪魔王ペテネラと昆虫類グァヒーラを交互に見つめた。
どちらの言うことも、間違ってはいないような気がする。
「このままずるずるサクヤが独占するのは、私も許せないわ。でも、その後どうするかは、ニニギ様のご意思に従うのがいいんじゃないかしら」
「甘い、と思うけどねぇ」
「でも……ニニギ様は私たち全員をこの水準まで育ててくださったのよ。信じてもいいんじゃない」
「わかった。信じても報われなかったら、そのときは考えるってことだね」
アレグリアはペテネラほど、ニニギに対して欲望をぶつける気にはなれなかった。あまりにも不敬なことに感じられたのだ。しかし、認めなければペテネラが引かないだろうことは解っていた。
「それで、この場でだけど、サクヤからニニギ様を取り戻す方法を話し合うの? それとも、ニニギ様が快適に暮らせる場所に改造するの?」
「ニニギ様のお住まいを整えるのが先だよね」
さすがにペテネラも、ニニギ本人のことを差し置いて、陰謀を巡らせようとは思わなかったようだ。
※
霧状生命体であるファルーカは、相変わらず黒い鎧で全身を覆ったまま、同じように鎧を着ているソレア、すでに脱ぎ捨てているシギリージャと一緒に王の間を退出した。
3人は、配下に入った魔物たちの管理について検討する予定だった。
王の間から出たところで、ニニギに対して仕えることを許された魔物たちが通路に並んでいた。先頭は、スケルトンロードのダミである。
ファルーカたちの姿を認めるや、平伏しようとしていたのを止める。平伏するべきは、ニニギだけだという思いがあった。
「どうしました? 各自、持ち場に戻るように指示があったはずですが」
ソレアが問うと、ダミは答えた。
「我ら、この城に住む者たちの多くは、配置も仕事も持ちません。ただ、侵入者があれば排除するのみでござます」
「無駄だな」
「ああ。だから、これほど弱いのだろう」
ソレアが吐き捨て、シギリージャが同意する。ニニギの配下であれば、何もしていないなど、ありえないことだった。
「そうでございます。あなた方がそこまで強くなられたのは、やはり理由があってのことなのでしょう。それを……僅かでも、教えていただけたらと、こうしてお待ちしておりました」
「我らも、当初は産まれたての卵のようなものだった。ここまで強くなったのは、ニニギ様にお仕えできたという幸運によるものだ。我らは絶対にニニギ様を裏切らないと断言できる。しかし、お前たちに強さを与えて、同じことを求められるのか?」
ファルーカが問うと、ダミは押し黙った。
「どうして答えないのです? 強さを手に入れて、ニニギ様に対する反逆を企てているというのなら、鍛えるまでもありません。この場で死ぬといいでしょう」
ソレアが剣の柄に手を添えながら進み出た。ソレアは見た目が人間である。魔物たちの視線に、侮るような色がないとは言えない。もっとも、戦えば一撃でも持ち堪えられる者は、この場にはいない。
「魔王ゴルゴゾーラ様はよい支配者でした。魔物に勤勉であることを求めず、自分たちの面倒さえみていれば、この城にいることは許されていました。人間たちとも上手くやっていましたので、侵入者も僅かです。戦いもなく、鍛錬もしない我々は、長い間を無為に過ごしていました。それは、私たちが望んだ理想の生活に近い。ですが、気づいたのです。私たちは、ただ魔王様の盾になって死ぬためだけに、生きることを許されていたのだと」
「それは、我らとて同じだ。我らは、ニニギ様のために死ぬために生きている」
「そうとは思えません。ただ死ぬためならば、そこまで強くなる必要はないでしょう。強くなることを、望んだのではないですか?」
「望んだかどうかは、覚えていないな。気がつくと、ニニギ様は俺たちを使役していた。ニニギ様に従っていればよかった。俺たちは、自分でも気がつかないうちに、強くなっていた。そうだな……この、人間そっくりのソレアが、マグマの支配者と一対一で戦えるほどにはな」
「ま、マグマの支配者……魔王ゴルゴゾーラ様から聞いています……世界を滅ぼせるほどの力を持ち、魔王ゴルゴゾーラが死んだ時、姿を見せると言われています」
「ああ。そのようだな。随分悲しんでいたよ。魔王の死を知覚する能力があったらしいな。暴れることはもはやないが」
「では……本当に、倒したのですか?」
「この手で破壊しましたから」
ソレアが言うと、ダミは膝を落とした。ショックを受けたようだ。スケルトンにそこまで精神的な動揺を与える以上、ガリゾンを倒したというのは、よほどのことなのだろう。
「我らは、ニニギ様に仕えたからこそ、強くなった。貴様らも、望むなら同じように強くなれるかもしれないが、ニニギ様に対する絶対の忠誠無くして、その力を与えることはできない。ニニギ様ご本人がおっしゃっていたように、我らがいれば、それ以上の戦力など不要なのだからな」
ファルーカの言葉に、ダミが背後の魔物たちをふりかえった。王の間に直接向かう場所である。通路とはいえ広い。
その広い通路に、魔物たちがひしめくように立っている。
ダミのようなアンデッドもいれば、獣人と呼ばれる人間と動物を掛け合わせたような生き物、見た目は人間に似ているが、頭から角を生やし、人間よりはるかに凶暴な顔をした鬼族、高い知恵を持つ悪鬼のごとき魔獣などがいた。その数は、200体以上にもなる。
ファルーカは集団を一瞥し、少なくとも、宝物庫を守り続け、現在では門番に配置換えされている巨人より強い者がいないことを見て取った。
「皆に聞く。この方々の主人であるニニギ様のために、死ねるか?」
「おおっ!」
城が揺れるのではないかと思われるほどの、力強い返事が帰ってきた。
ファルーカはソレアとシギリージャを見た。二人とも、苦笑していた。ファルーカは、表情で感情を表せる二人を羨ましくも思い、魔物出身の身として、現在のレベルに達するには、霧状生物の選択肢しかなかったことを思い出す。もとよりニニギの写し身として存在を許されたソレアや、最強種族の一画である邪神族のシギリージャとは違うのだと、思い出す。
「我も魔物だ。二人が構わないのなら、我も彼らを鍛えてみたいが」
「ニニギ様のために死ねるというのであれば、私にも異議はない」
「ああ。いずれ、世界を覆うだけの魔物を従えることになるのだろうな」
シギリージャは別のことを考えていたようだ。ファルーカはダミに言った。
「お前たちの気持ちはわかった。いずれニニギ様にもお伝えする。まずは……近いうちに全員に仕事を割り振る。どの仕事も疎かにすることなく、忠勤せよ。それが、強くなるための近道である」
「承知いたしました」
ダミに合わせ、魔物たちが一斉に頭を下げた。
ファルーカは、ソレア、シギリージャとともに、あらためてスケルトンロードのダミによって、山の中に作られた城の内部を案内された。おおむね探索して知っているつもりでいたが、長年住んでいた者の案内を受けると、いかに見落としていたことが多かったか思い知らされた。
ダミは、城の中では執政官のような役回りをしていたらしい。魔法が使える職だから頭がいいという解釈は、特にモンスターについては成立しない。モンスターが魔法を使う場合、種族的な特徴で使い方を自然に理解しているだけで、理論的な積み上げをしているわけではない。
そう言われているが、ダミは魔法職であることとは関係なく、城内部のことを知り尽くしていた。
ソレアが城の名称を尋ねると、正式な名前はないが、『山の中』を意味する古語『トーキン』という名で人間たちは呼んでいるとのことだ。『トーキン城』ということになるだろうか。
ダミに案内されてファルーカたちは魔物の数や配置を記憶する。トーキン城全体で、魔物の数は500にもなるだろう。そのうちの約半数がスケルトンやゾンビといったアンデッド系モンスターで、過去にいかにおびただしい死人が出たかを物語っているとのことだ。
次に多いのが、魔物というより亜人として分類されることも多い、鬼族である。ゴブリンやオーガといった、よく語られるモンスターもいたし、魔王ゴルゴゾーラの種族である火鬼族も若干ながらいた。
ゴブリンやオーガは、城の外の方がはるかに数は多いらしい。城の中にいる者は選ばれたエリートだと自慢していたのがおかしかった。
その方、少数ではあるが、半獣半人といった獣人や、知恵のある動物といった魔獣たちがいる。
ファルーカの種族である霧状生命体は、ダミはそもそも見たことがないらしい。スライムといった不定形の粘体系モンスターは、少なくとも城には知恵を持った者がいないため、いてもトラップの中などで勝手に生息しているだけで、把握していないとのことだ。
閉じられた扉の奥でマグマスライムが大量に生息していたので、スライムもいるはずだと主張してみると、マグマスライムのような上位種がいたら、たちどころに城は支配されてしまうと恐れていた。
魔物たちの食事は大半が勝手に狩りをしているらしく、また死亡した仲間も綺麗に平らげるらしい。
体の一部を失ってもすぐに復元する魔獣が何頭かいて、非常の場合には食料になってもらうこともあるそうだ。
トーキン城の内部は極めて広く、部屋数も多かったが、500もの魔物たちが生活している以上、必要な広さなのだということがよくわかる。
アンデッドたちの中には、自律的な思考ができないものも多く、そういう者は大部屋に押し込んでいるらしい。そのうちに自我を持ち、自分の生活に疑問を持ち出した段階で、個室をあたえているとのことだ。
魔物たちの部屋も見せてもらったが、個人の部屋というより牢獄という印象が強い。そもそも窓には鉄格子がはまっており、調度品も備え付けらしい石造りの簡易な机や寝台があるだけだ。
「トーキン城を作ったのは、魔物たちなのだろうか」
「私が知る限りでは、違いますね。魔王ゴルゴゾーラが住みだしたときには、ほぼ現在の状態で放棄されていたということです。その後、二百年に渡って自分のものだと主張する者がいなかったのですから、誰のものでもないのでしょう」
「実際に作ったのは、人間種かもしれないな。古代の人間種が、牢獄として、洞窟を利用したのだろう。いつの間にか廃棄されて、魔王が住み着き、自分が生活する場所だけ城らしく作り変えたのだろう」
ソレアがいかにもそれらしいことを言ったが、ダミは首を振った。
「全く違うとは言いませんが、魔王がこの城に住みだした時、周囲には人間の集落はありませんでしたよ。見渡す限り、誰も支配していない平地や森が続き、約100年前、麓に人間の一団が現れて、ここに国を作りたいから許可をもらいたいと言いだしたそうです」
「しかし、魔王がここに居を構える200年よりさらに以前では、人間が生活していたかもしれない。廃棄されて、何もなくなったのだろう」
「そうかもしれませんね」
3人を案内しながら、ダミは城の歴史や周辺の状況についても語っていた。
「どうして、人間が国を作るのに、魔王の許可が必要だったんだ? 平地を魔王が支配していたのではないのだろう」
「そう聞いていますが、実際のところはわかりません。人間の国ができてからずっと、魔王は人間と友好的にやってきたようです。人間が保護を求めたのだと思いますよ。その人間たちは、何かに追われて逃げ延びてきたらしいですからね」
「追われて? 何に?」
「さあ。さすがに、100年前のことですから。ただ……人間は弱い生き物です。それなのに、妙に同族意識が強い。人間が恐れて逃げ出す相手を上げていけばきりがないですよ」
「あるいは、人間に追われていたかもな。よくある話だ」
シギリージャが呟いた。邪神族というのは、そもそもの存在が邪神であるということはありえない。シギリージャを邪神たらしめているのは、人間の信仰なのだ。純粋に魔物であるファルーカより、はるかに人間のことには詳しいのだろう。
「この城、全体が牢獄か。なるほど……守りにも、立て籠もるにも向いている。良い城だな」
「ありがとうございます」
「まあ、私たちが気に入ったところで意味はない。問題は、ニニギ様が気に入られるかどうかだ。ニニギ様は天空に自分の城を持っておられる。現在はその城に向かっているはずだ。天空の城の方が勝手がよければ、この城は放棄するかもしれない」
「そ、その時は、我々はどうしたらいいのでしょう」
スケルトンロードは本当に困ったようにドクロの顔を掻いた。指が目の中に入ったが、痛くはないらしい。
「お前たちがニニギ様に忠誠を尽くすのなら、悪いようにはなさらないさ。ニニギ様が必要としなくても、管理人として別の者を魔王の代わりに据えるだろう。心配しなくても、魔王ゴルゴゾーラより強い配下は五万といるからな」
「……はぁ。ニニギ様というのは、この世界を征服するために、どちらかから遣わされたのでしょうか」
ダミの言葉は、ニニギの戦力を客観的に評価するとそうなるというものだ。ソレアがにやりと笑った。ソレア自身もニニギに世界を征服してもらいたいと思っているのだと、ファルーカは理解した。
トーキン城を見て回り、ついに地上との接合部分、出入り口となる巨大な門に至り、ダミが声を震わせた。
「ほ、宝物庫にいないと思ったら、こんなところに。どうして、巨人が門に……しかも、繋がれてもいないとは……」
「ああ。それは簡単です。服従させたのですよ。私が殺したのを、シギリージャが復活させたましたが、その時に服従心を植え付けたらしいですよ。だから、安全です」
「……そんなことまで、おできになるのですか?」
「まあ、俺はな」
ニニギの駒たちの中でも、種族固有魔法が多様かつ効果的なのがシギリージャである。だが、シギリージャ自身はたいしたことだとは思っていないらしく、自慢しているのはファルーカも見たことがない。
全てはニニギのお陰であり、自分が誇ることではないと思っているのだろう。
「問題は?」
シギリージャが話しかけると、巨人はうやうやしく、少しだけ嬉しそうに答えた。嬉しそうなのは、実際に嬉しいのだろう。理由は単純だ。話しかけられたこと自体が嬉しいのだ。シギリージャは、巨人にとって主君であり、命を与えてくれた恩人なのだ。
巨人の表情に、ファルーカは、この世界にきてニニギとはじめて口を利いた時を思い出した。それは単なる業務上の命令だったが、自分の創造主と直接話ができるのが、これほど嬉しいものかと思ったものだ。
「ねぇです」
「そうか。お前の役目は門を守ることだが、外にいる必要はない。体調を崩す前に、門の内側に入れよ」
確かに、以前はゴーレムが守っていた門だ。ゴーレムよりは、巨人のほうが風邪を引きやすいのかもしれない。だが、巨人は頑丈で知られる種族でもある。シギリージャが心配する必要があるのだろうか。
「あ、ありがどうございます」
巨人が嬉しそうなので、ファルーカは何も言わなかった。
シギリージャが巨人と話していると、ソレアが難しい顔をして話しかけてきた。
「一通り内部を見たが、王の間から下はほとんどが牢獄風ですね。ニニギ様は上の階で生活していただくとして、私たちはどこに住めばいいのでしょうね。他の魔物たちと同じように牢獄のような場所に寝泊まりして、起きたらニニギ様に仕えるというのは、配下の者として不敬ではないでしょうか」
「そうか? 我は、特別それが不敬とも思わんが」
「ファルーカは魔物ですからね。ですが、寝泊まりしているのが牢獄でしたら、不潔だろうし臭くもなるでしょう。私たち自身はまだしも、他の連中、グァヒーラやペテネラたちが納得すると思いますか?」
「納得できなくても、仕方ないだろう」
「その辺りをふまえて 、女衆に任せてあるのではないか。俺たちが心配することではない。適当な部屋がなければ、作ればいいだろう。何のための土魔法だ」
シギリージャにも聞こえていたのだろう。近づいてきて言い放つ。
ダミはここまで案内をしてくれたが、巨人の姿に恐れをなしたように、遠巻きにしていた。ファルーカたちがなにを相談しているのかも、聞こえていないだろう。
「しかし、誰がやりますか? 私はもちろんできなませんし、シギリージャもファルーカも、そういうことは得意ではないでしょう。私たちは、戦いにしか力を使ってこなかったのです。土魔法が得意なのはペテネラです……大丈夫ですかね」
「一番間違いないところでは、ニニギ様にお願いするのがいいだろうな。部屋を作るのは土魔法でも、地質の調査などをするのは電気系統だったはずだ」
「我らの部屋を作ってくれと、ニニギ様にお頼みするのか? 恥ずかしいと思わないか?」
「お願いするのは、俺たちじゃない。ニニギ様と話しさえではれば、どんなことも恥ずかしいと思わない奴を、俺は知っている」
「……多分、私も知っていますね」
「我もだ」
3人が思い描いている人物は、3人ともが違う人物である。
ルーク、ナイト、ビショップ、それぞれの対となる者たちのことを思い浮かべ、3人とも同時に苦笑した。




