1 キューブ大戦というゲーム
新作始めます。
かなり先まで書いてありますが、推敲が追いつかない…
キャラクター名ニニギは、立ちはだかる最後の扉を開けた。
ゲームの仕様上、最後であるはずだ。
扉の向こう側には予想通り、巨大な玉座の前に、ギルドマスターが佇んでいた。左右に、ギルドマスターを守るかのように、五人のプレイヤーを配置している。
「侵入者とは、お前だな」
「お初にお目にかかる」
ニニギは肩を竦めた。感情表現のための機能のひとつだ。
ゲームの仕様に過ぎないのにも関わらず、玉座の間で待ち構えていた面々は感情を逆撫でされたようだ。
「こいつ、ふざけやがって」
「マスター、やっちまおう」
「俺たちに喧嘩を売って、ただで済むと思っているのか」
声ではない。台詞はすべて、チャット画面に流れていく。
ここはゲームの中、仮想空間である。
ギルドマスターを始め、居並んだ面々は煌びやかな鎧に身を包んでいる。
安価な装備でも、自身の拠点で精錬し、硬度を高めていくことにより、装備が光沢を帯びる仕様である。しかも、目の前の6人の装備は、安価などという代物ではない。間違いなくミスリルやオリハルコンと言った伝説の金属だ。上位ギルドにふさわしいものだといえる。
ニニギ自身は、黒く、落ち着いた鎧に身を包んでいる。
「ゲームの中だから、強ければなにをしてもいい、ということにはならないだろう。そんなことも忘れてしまったのか?」
「ゲームの中だからこそ、強さがすべてだろう。その程度もことも理解できないのか?」
ニニギの問いに対して、問いで返される。発言はギルドマスターのものだった。つまり、このギルドはそうした者たちの集まりだ。
「自分たちが強いからといって、まだ経験が浅い子を笑い者にして、嫌がらせを繰り返し、退会に追い込んだ。運営が放置しているからといって、正気とは思えないな。ゲームの参加者が少なくなれば、サービスの終了も早まるんだぞ」
インターネット技術を駆使したゲームは、進化に進化を遂げていた。だが、プレイする人間の性質が向上するわけでもなく、ネットゲームに付随する問題は、決してなくならなかった。
多人数で楽しむことが売りであるネットゲームで、交流が嫌いになるという意味不明な悪循環も発生し、ネットゲームでのソロプレイが不思議な流行を見せ始めた時、登場したのがキューブ大戦という西洋の中世をイメージした世界観を持つファンタジーゲームである。
以前にも、ソロでも遊べる、を売りにしたゲームはいくつもあった。だが、ソロでも最強になれる、を謳い文句にしたゲームは珍しかった。
もちろん、友達を作ってパーティープレイをしたり、ギルドを作ったりといった他のゲーム同様の楽しみ方もできるが、キューブ大戦は名前の通り、立方体の戦場を導入したことで、ソロプレイヤーが最強まで上り詰める道を切り開いた。
まず、すべての戦闘は、戦いの前にフィールド戦闘かスクエア戦闘かを選べる。
フィールド戦闘は、その場で攻撃防御を展開し、敵の生命力を削って経験値なり金銭を得るものだ。
一方のスクエア戦闘とは、戦闘の開始と同時にプレイヤーとモンスター、あるいは敵プレイヤーは、8×8マスの正方形の戦場に送り出される。プレイヤーをキングに見立て、クイーン、ビショップ、ナイト、ルークのノンプレイヤーキャラクターがそれぞれの味方として、一列に整列した状態で戦闘が始まる。スクエア戦闘はターン制だが、全キャラクターが一斉に動くため、スクエア上の各所で戦闘が発生するのだ。
いわば、自分が所有するノンプレイヤーキャラクターでチェスをするのだ。
それぞれのコマの動きもチェスの駒の動きと同一で、キングであるプレイヤー、つまり自分は、周囲のどこにでも動けるが、一マスずつしか動けない。
また、将棋の歩に該当するポーンは、戦闘開始時には配置されず、場面に応じてプレイヤーが召喚することになる。
なぜポーンが初めから配置されていないのかといえば、他の駒の進路の邪魔になるからである。力の差がある戦場では、クイーンを特攻させて相手のキングを倒すだけで、一ターンで終わるようなものが多い。それだけクイーンは重要で強力なのだ。ちなみに、通常のチェスではクイーンとクイーンが向き合うように配置されるため、ポーンの壁がなくてもクイーンが初手でキングの前に特攻するということは起きない。だが、キューブ大戦というゲームのスクエア戦闘は、短時間でいくつもの指令を出すため、クイーンの位置が常にキングの右側に来るよう配置される。結果として、キングが相手のクイーンと向き合うことになるのだ。
もちろん、相手がプレイヤーの場合は、逆に特攻されることもあるし、相手が手強いと思われれば、初手でポーン兵を召喚して壁にするのが通常の戦法である。
このゲームの特徴であるスクエア戦闘を、パーティー同士で行うのが、キューブ大戦である。
スクエア戦闘とは、プレイヤー同士は常に一対一で戦う。
6人パーティーに対して1人で戦った場合でも、代表者1名に対して戦うのである。ただし、パーティーを組んでいる方が有利なのは、戦闘を行なっているメンバーは、同一パーティーの戦場からノンプレイヤーキャラクターを召喚できるためだ。スクエア戦闘の開始時からすべてのプレイヤーキャラクターと、クイーンに代表されるノンプレイヤーキャラクターが戦闘盤の上に配置されているため、召喚される側が承諾しさえすれば呼び出せる。ただし、味方の盤上のキャラクターは最大で16人と制限されているため、味方で埋め尽くすなどができるわけではない。しかし、パーティーを組んだ方が強いのは、戦闘が行われていない盤上のキャラクターであれば、プレイヤーキャラクターでも召喚できるためだ。
プレイスタイルによっては、ノンプレイヤーを一切使用せずにプレイヤーキャラクターのみで遊ぶことも可能だが、スクエア戦闘の複数階層化により、スクエア戦闘は面倒臭いと感じて敬遠しているプレイヤーでも、本人さえ強ければ十分な戦力になるのだ。
また、チェスのように同じマスを後から侵入した駒が一方的に取れるわけでなく、駒と駒が同一の枠に重なれば、戦闘となる。ノンプレイヤーキャラクターが弱くても、プレイヤーキャラクターが圧倒的に強ければ、スクエア戦闘でも負けることはない。
キューブ大戦そのものは、パーティー間の戦闘を想定したものだった。スクエア戦闘が重層的に重なっている構造をイメージした結果、立方体を表すキューブがゲームの名称となったのである。
「過疎化はもう始まっているさ。今頃から始める奴が悪いんだ。正義の味方気取りで、お前も引退記念にしてやるよ」
「では……引退をかけるか?」
「さっき、人が少なくなるのは困ると言っていただろうが」
「嫌がらせをする連中の排除は、全体として人口増加につながるとおもうがね」
戦闘によって、システム上の引退、つまり他人のアカウントの抹消などの措置を取れるわけではない。だが、引退をかけた勝負に負けて、何事もなかったかのように続けられるほど、豪胆な人は少ないのだ。
加えて、引退を迫るというのには、相手を本気にさせ、言い訳できないようにするという狙いもある。結局言い訳はするのだろうが、賭けるものが大きいほど、空々しく響くものだ。
「そんなことをして、いまさら増えるものか」
運営と呼ばれる、ゲームの経営会社が聞いたら、卒倒しそうな言葉が帰ってくる。だが、キューブ大戦のピークが過ぎたことは、古いプレイヤーなら誰でも実感していることでもある。
ニニギは運営会社の肩を持つ気はなかったが、自分が楽しんでいる世界を貶められているのには腹が立った。
「引退する人を減らせば同じことだ。しかし、この話は平行線だな。俺との戦闘を受けるのか、お前たちが嫌がらせをした人達に謝ってまわるか、選べ」
「随分な自信だな。いいだろう。受けてやる。一応、選ばせてやる。フィールドorスクエア」
「スクエア」
それは、戦闘開始の合図だった。
戦闘方法の選択を行うと、瞬時に戦闘に入る。
古城に設えられた豪華な謁見の間、その光景変わらないが、周囲に引き込まれるように距離がひらく。
スクエア戦闘が始まれば、クイーン、ビショップ、ナイト、ルークの七つの駒は自動で出現する。
ニニギの左右に、頼もしい駒たちが出現した。一様に黒い全身を覆う鎧を纏っている。ニニギが所有するノンプレイヤーキャラクターの中でも、スクエア戦闘で最も頼りになる七人をあらかじめ選定してあった。同じ姿をさせているのは、こちらの強さを悟らせないためである。情報は、何よりも強い武器となり得ることをニニギは知っていた。
対して、スクエア盤上の反対側に、ギルドマスターと、ギルドマスターが率いるノンプレイヤーキャラクターが並ぶ。
配置は、キングとクイーンが向かい合う以外はチェスと同様である。ニニギの右隣にクイーンが立ち、左側とクイーンの右側にビショップ、その外側にナイト、最も外側にルークが並ぶ。相手も同じことだ。
スクエア上での戦闘そのものはターン制だ。一ターンで、キングであるプレイヤーの行動の選択と、ノンプレイヤーである駒たちのへの指示を行う。指示されたノンプレイヤーキャラクターは同時に行動を開始する。一ターンに指示できる回数は、キングの行動も含めて3回、または時間にして15秒だ。それまでに指示が間に合わないと、一ターン目の行動指示が終了し、自分と駒たちの行動がはじまってしまう。当初は不評だったシステムだが、長考で勝負を有耶無耶にするのを防ぐための、やむを得ない処理だ。
何も指示されていないノンプレイヤーキャラクターは立ち尽くし、行動の結果、あるいは待ち構えた結果、位置が重なった敵の駒に対する攻撃を行う。
ニニギはまず、キングであるプレイヤーキャラクターの行動としてポーン兵を召喚した。スクエア盤上、ニニギがいる前の一列8マスに、重装備をしたゴーレムが出現する。
ゴーレムには利点がある。スキルのような特殊技能を持てず、魔法も使えない。だが、防御力が極めて高く、属性上の弱点もレベル上昇とともに克服できる。鍛えられたゴーレムは、どのキャラよりも頼もしい壁となる。
「両ナイト、中央方向に前進。ルークa1眷属を召喚して防御を展開」
ニニギが命令を口にしながら指示を終える。スクエア戦闘中、ニニギの右手斜め下の位置に、8×8マスを上から見た画面が表示されている。最近の流行りでバーチャル仕様であるため、自らが駒の一つとなると、全体の把握が難しくなる。そのための配慮である。
駒への指示は回数が限られているが、いくつかの駒が同じ行動をとる場合など、簡略できることもある。その場合は、複数の駒への指示が一回としてカウントされるのだ。
相対するギルドマスターは、ポール兵を呼び出すことなく、一マス前進した。プレイヤーを始め、すべての駒はチェスと同じようにしか移動できない。キングであるプレイヤーは全方位に動けるが、一マスしか動くことができないのだ。逆に、ナイトはすべての駒の中で唯一、他の駒を飛び越えて動くことができる。
ポーン兵を飛び越え、ニニギの二人のナイトが斜め前に進み出た。ナイトは、まっすぐ前には動けないのだ。
同時に、ニニギと同じ列、左端のいたノンプレイヤーキャラクターの周りに魔法陣が展開される。キャラクターの形状は、人間に似ていたが、魔法を発動させた時、無数の足を持つ虫類の姿に変化していた。
ニニギの横に一列に並ぶのは、ニニギの側近ともいえる高レベルのノンプレイヤーキャラクターたちである。種族は様々だが、共通しているのは、いずれもこのゲームの最高レベルに到達してることだ。
ニニギが指定したルークが作成した魔法陣から、無数の昆虫が飛び出した。ニニギとキャラクターがいる、縦2マス・横8マスの細長い空間の上空を埋めつくす。
対する敵ギルドのマスターは、1マス前進した。チャットボードにメッセージが流れる。
『キューブ内の他のスクエアから、参戦の申し出があります』
許可を受けなければ、他のスクエアからの参戦はできない。しかし、許可するのは味方であり、敵であるニニギに選択の余地はない。
ギルドマスターの隣に、先ほども隣にいた騎士風のプレイヤーが出現した。
『キューブ内、第3スクエアが終了しました。プレイヤー離脱により、引き分けとなります』
メッセージが流れる。同様のことが4回繰り返され、敵のギルドパーティーが勢ぞろいした。
相手のギルドマスターが、初回のターンでポーン兵を召喚しなかったのは、同一スクエアに配置できる最大数が二列、16人であり、先にポーン兵を呼び出してしまうと、パーティーの面々が集まれなくなってしまうからだろう。
つまり、ノンプレイヤーキャラクターの強さには自信がないということか。
敵ギルド、ヤサイ白書の攻撃が開始される。一列前のプレイヤーの頭上を越えて、巨大な火の玉が放たれた。
狙いは、正確にニニギを狙ってくる。
プレイヤーがどんな性格をしていようと、ゲーム上設定された能力は変わらない。高レベルのプレイヤーが放つのにふさわしい、高熱の塊が飛来してくる。
魔法が、ニニギに到達する前に消滅する。様々な防御方法があるが生物として設定されているキャラクターに対する攻撃は、生物で守るのがもっとも間違いがない。相手の攻撃手段に対する情報が少ないうちは、ルークに設定した虫族のキャラクターに昆虫を召喚させた防護壁を展開させるのは、ニニギの常とう手段でもあった。
第二ターン。
ニニギは攻撃魔法を発動させる。魔法は基礎系統として11系統あり、ニニギは魔法専門職としてキャラを作っていたため、全系統を最高水準までマスターしている。魔法の使用は魔法の選択と使用方法の決定が必要で、近接で殴り合うより大変だが、ターン制のキューブ大戦では使い勝手の悪さが致命的な欠陥とはならない。魔法職がソロで武闘派ギルドに喧嘩を売れるのも、このゲームの特徴である。
発動させたのは、火系統と熱系統の混合魔法だ。まだ敵陣営と味方陣営がはっきりと分かれているからこそ使える範囲魔法である。敵の陣営四列に対して、広範囲の爆炎地獄を展開させる。
「ポーン、D4、E4。ナイト、D5、E5、ビショップのCは行動阻害」
口に出す必要はなく、スクエア戦闘時には盤上を俯瞰できるようなコンソールが手元に出現しているのだが、ニニギは自分たちの兵に指示を出すときは口に出すのが癖だった。
長い間、自分の手足となって戦ってくれてきたのである。それなりの愛着もある。指先一つで動く存在としては認識したくなかったのかもしれない。
敵ギルド、ヤサイ白書も指示が終わったのだろう。キングの位置にあるギンルドマスターとスクエアに介入したメンバーが動き出す。相手の指示は、互いにわからないようになっている。
動き出すのは同時である。
ヤサイ白書の面々が動きだそうとした瞬間に、ニニギの放った魔法が炸裂した。敵側の四列が、業火につつまれる。同時に、ニニギの隣にいた、ビショップの地位を与えられた駒が叫ぶ。
その声は、まさに咆哮である。
ノンプレイヤーキャラクターにもレベルがあり、種族があり、スキルがある。むしろ、種族などの特殊スキルはノンプレイヤーキャラクターのためのものだ。ニニギの左隣のビショップは、真っ黒い鎧を着た、人間形態をとることのできる高位ドラゴン族である。ドラゴンの咆哮は精神攻撃に匹敵し、行動を阻害する。
だが、地獄の業火が収まった後、ドラゴンの咆哮を受けながらも、ヤサイ白書の面々は前に出た。魔法執行職もいるのだろうが、前に出てくる。
他のスクエアから介入したキャラは、すべてポーン兵扱いである。前にしか進めない。ポーン兵の動きはチェスと同じで、最初の一回のみ2マス前に進め、次からは一マスしか進めないというものだ。
ニニギから見て第8列にいる、ヤサイ白書ギルドのマスター側のノンプレイヤーキャラクターは動かない。
ちなみに、ノンプレイヤーキャラクターはスクエア戦闘を経験して戦わせなければ、レベルがあがらない。普段フィールド戦闘主体で遊んでいるプレイヤーが保有するノンプレイヤーキャラクターは戦力にならないと考えていいだろう。行動阻害が効いているのか、あるいは役立たないと判断しているのか不明だが、ニニギは敵のノンプレイヤーキャラクターは警戒する必要がなさそうだと判断した。
互いの行動が終わったとき、d5でニニギのナイトとヤサイ白書のメンバーが同一マス内で交錯した。同一のマスに入ると戦闘に状態になり、戦闘が終わるまでその駒に指示は出せない。さらに別の駒を同じマスにいれて援軍にすることや、魔法による援護はできるが、相手がキングかクイーンでない限り放置しておくことが多い。
クイーンも所詮はノンプレイヤーキャラクターに過ぎないが、行動の自由度があまりにも高いのと、通常最強であるため、失うことは戦局を大きく左右する。
ナイトの駒は、全駒中唯一他のキャラを飛び越えられるため、戦局を打開する局面で投入されることがある。弱いキャラでは務まらない。ニニギも、ナイトは通常戦闘力で最強のキャラを当てている。相手がプレイヤーだといっても、ニニギは自分が保有するナイトの方が強いだろうと踏んでいた。
戦闘中の駒は放置して、次のターンが開始される。敵の指示はわからないが、敵の会話はチャット画面を通じて見ることができた。
こちらのナイトの攻撃力に驚いているのがわかる。
第三ターン。
盤上競技のチェスとは違い、複数の駒が同時に行動するスクエア戦闘では、このあたりから駒同士の戦いが頻発する。
プレイヤーが行動を決めなければターンは進行しないので、ニニギは右手元の空中に現れたスクエアの俯瞰図を確認する。
盤上、第4列ほどで、ポーン兵と、ヤサイ白書のプレイヤーたちが戦闘に入るだろう。ヤサイ白書のプレイヤーは近接戦闘を得意とするものたちが多いようだ。フィールド戦闘主体で、パーティーを組むことが多い集団にありがちである。
近接武器はそれほど有効なのだ。もっとも、ニニギがあまり前面に出ないだけで、ニニギが鍛え上げたノンプレイヤーキャラクターたちは強い。
第8列のヤサイ白書のノンプレイヤーキャラクターたちが足止めされているなら、そのまま沈んでもらうことにした。
敵の陣地内で直接発動する、強力な範囲魔法を使用することにした。同じように攻撃を受ける可能性は多分にあるが、この2ターンで強力な魔法を放ってきていない。最初の火球は様子見だろう。魔法の打ち合いは、選択肢にはないのだろうと思った。
上位電魔法を選択する。
次に、ノンプレイヤーキャラクターへの指示だ。
「ポーンd5、クイーンc4」
駒たちに一度に命令できるのは最大2回までである。自分の行動も含めて、3回が上限とされている。
また、d5はナイトとヤサイ白書のプレイヤーが戦闘を行なっているマスである。戦闘中であれば、二キャラまでなら重ねることができるし、魔法による援護も可能だ。
行動が開始され、予想通り、d5のマスには敵のキングであるギルドマスターが援護に入る。
同時にニニギの魔法が発動し、ヤサイ白書陣営の横一列が高圧の放電現象に青く染まる。
ヤサイ白書側の、クイーン、ビショップ、ナイト、ルークが、一瞬で崩れる。
「なっ! 魔法2発で! 役立たずが」
「リーダー、この剣士を頼む。俺は入ってきたポーン兵を叩く」
「そんなに強敵か?」
敵のチャット画面を眺めながら、ニニギは他の4人のプレイヤーキャラクターが、ポーン兵らしく1マスずつ前進してきたのを確認する。
ターンが進み、戦闘も終了が見えてきた。敵のチャット画面だけが流れていく。
「リーダー、まずい。こいつら、ナノアーティファクトを装備している」
「二重装甲か! 騙したな!」
「慌てるな! ノンプレイヤーキャラクターの二重装甲なんか、こけ脅しだ」
「し、しかし……この火力、スクエア戦闘特化型だ」
ナノアーティファクトとは、キューブ大戦というゲーム内での最終装備である。最高レベル到達者しか装備するこができないものだ。ただし、最高レベルは種族によって異なる。
プレイヤーは例外なく最高レベルが400だが、種族よっては100レベル前に到達してしまうこともあり、ノンプレイヤーのナノアーティファクトは強さの基準にはならないと考えられている。
それ自身は正解だが、ニニギの率いるスクエア戦闘用の駒たちは、ポーン兵以外全員が最高レベル400の究極とも言える種族であり、全員がレベル400に到達している。希少装備であるナノアーティファクトも全員が身につけているのだ。
ナノアーティファクトは流体金属と定義されており、不定形で体を薄膜のような形で覆うため、その上に鎧を着ることが可能だ。二重装甲とはナノアーティファクトの上に鎧を装備していることを意味する。
ちなみに、ポーン兵が最高レベルまで到達していないのは、壁役であるため、高位の狩場での死亡率が高いことによる。それでも、レベル380までは成長している。もっとも、ポーンに指定しているゴーレムという種族は、ナノアーティファクトに限らず身を包むタイプの装備は着用できないことになっている。
最高レベル到達者しか着用をゆるされないナノアーティファクトの能力は素晴らしいものなので、二重装甲による効果はほとんどが相手を騙してこちらのレベルを誤魔化すためだ。
プレイヤーが最高レベル到達者である段階で、ノンプレイヤーキャラクターも弱いはずがないという推測が成り立つ。最高レベル到達者だと知られると、勝負を逃げられることがあるため、今回はあえて隠したのだ。
ニニギも鋼鉄の鎧を着ているが、脱げば全身を金色の皮膜が覆っている。
ヤサイ白書のギルドメンバーは、平均レベルで300代前半といったとこだろう。十分強豪ギルドではあるが、ソロで最強を目指せるのが、このゲームの売りなのだ。ニニギの想定通りの展開である。負けるとは思わなかった。
戦闘が解除され、相変わらずの鋼鉄の鎧をまとったニニギの前に、ヤサイ白書のメンバーたちがくずおれていた。
ギルドマスターの背後にあるのが、ギルドの本拠地であることを示す玉座だ。死亡したものはこの玉座で蘇る。
この玉座まで攻め込まれた以上、もはや逃げ場がないのだ。
「フィールドorスクエア」
今度は逆に、ニニギが尋ねた。
「ま、待て。わ、わかった……」
「選択を迫られたら、選ぶしかない。知っているだろう」
ギルドマスターは舌打ちをしてから、選択した。
「フィールド」
周囲の様子は変わらず、戦闘に入ったことをチャット画面がアナウンスする。
ニニギはソロでの活動がほとんどであり、パーティーを組んでフィールド場で戦うこと経験は少ない。
だが、それはフィールド上で弱いことを意味しない。ヤサイ白書の面々も理解しているのだろう。だからこそ、すぐに選択しなかったのだ。
「スクエア召喚」
ニニギが、魔法とは違うシステム上の召喚を発動させる。戦闘を挑まれたら回避できないという設計上、ソロプレイヤーがフィールド戦闘でリンチにあうことを避けるために用意されたシステムである。
ニニギの周囲に、スクエア戦闘で常時召喚される7人が現れる。スクエア戦闘とは違って、位置や命令を受け付けないかわりに、自分の主人をまもるために、同一パーティー内以外の者を自動的に攻撃する。
先ほどのスクエア戦闘において、一対一で敵わなかった相手が集団で現れたのである。強豪ギルドヤサイ白書は、限界まで追い詰められた。
「……どうすればいい」
結局、最後まで残ったのはギルドマスターだけだった。他の5人は、繰り返される殺戮に耐えきれず、ギルドを脱退した。ギルドを脱退すれば、死んだ後に復活するのは最寄りの街である。
「何もしなくていい。ヤサイ白書の連中がぼこぼこにされる動画を見たい。そんな奴らが多かった。そのうち、今回の戦いの記録がどこかで流れるだろう。俺も、恨みを買いたいわけじゃない。ここまでだ。ギルドを続けたければ続ければいいさ。また、同じように被害者が訴えてこなければ、こうして襲撃されることもないだろうよ。もっとも、その時には、もう少しあんたも強くなっているだろうけどな」
「……そうか。まだこのゲームを続けるかどうかわからないが、ギルドは一次解散にする」
ギルドマスターは、アイテムボックスから家の模型のようなものを出した。外見は小さいが、それは無限にアイテムをしまえる倉庫である。ギルドマスターしか持つことをゆるされない、ギルド倉庫と呼ばれるものだ。
「いいのか?」
「ああ。どうせ、しまってあるのは使わないものばかりだ。使い道がないレアアイテムを放り込んである。中には、プレイヤーを殺してドロップした物もある。返して欲しい奴がいたら、あんたから渡してくれ。別に、全部あんたのものにしても構わないけどな」
「そうか。一応、貰っておく」
ニニギがギルド倉庫を受け取った瞬間、目の前のギルドマスターは消滅した。ログアウトしただけだ。ギルド倉庫を渡した以上、ギルドとしてのヤサイ白書は解散したことになる。次回ログインする場合でも、この場所ではないはずだ。
ニニギは1人になった。戦闘が終わると同時に、ノンプレイヤーキャラクターたちは帰還している。
ギルド倉庫を自分のアイテムボックスに収め、ニニギはヤサイ白書の本拠地だったギルド拠点を見回した。
洞窟の中に作られた城だという設定だ。豪華ではないが、雰囲気がある。
ニニギは初めて訪れた場所に、少しワクワクしながら回ってみた。
その動きがとまる。
壁の一部が光っていた。ちょうど、玉座のある背後の壁だ。
普通の光り方ではなかった。
幾層もの円が重なり、魔法的な文字が踊る。ゲームの中でも、似たようにものはよく見かける。魔法系技能のなかでも、複数の系統を最高位まで習得しなければ覚えることができない、種族固有魔法を使用するための魔法陣に似ていた。
だが、ギルド拠点でなくなったこの洞窟は、ただのフィールド場に過ぎないはずだ。
遠く離れた場所に転移する魔法はあるが、ニニギが知っているものとは印が違う。
何が起きているのかわからないまま、ニニギはよく調べてみようと顔を近づける。
ゲームの中だ。イベントだとしても、突然死ぬようなことはありえない。
思い切って触れてみる。
その時、世界が変質した。
次話より、完全に異世界の物語です。