後編
・・・後編です
和樹と出会ったのは小さな喫茶店だった。
その時、私は図書館から借りた本を読んでいた。大人になってたくさんの事を知った。
身の回りの事は自分でしなければならない事。世の中の人間には裏表がある事。朝は寝坊しやすい事。一人だと炊いたご飯が減るのが遅い事。少し前に一つの恋が花火のごとく終わってしまった。おかしくなるんじゃないかと言う程、その恋に熱中してもうまくいくとは限らない事。
その時本を喫茶店で読んでいたのは、一番後の出来事を経験して・・・・少し現実逃避がしたかったのだ。ところが適当に借りてきた本の内容は、私が経験したことにそっくりで、でも最後は主人公が自分自身で納得して、それで終わり。嘘つき。こんなに簡単にはいかないよ。思わずつぶやいていた。なんだか目頭が熱くなって来た。そしてさっきより大きな声でつぶやいた。
そんなに簡単じゃないんだから。
えっ、何が簡単じゃないだって?
答えが返って来た。そちらを見ると、大学生代表のような、少し背の高めな青年が立っていた。目を月みたいに真ん丸にしながら。
「えっと、あ、その、・・・つい本の感想を述べちゃいまして」
なんだか妙にあせりつつ言い訳をした。
「ふーん・・・あ、その本。確かに納得いかないかも」
また意外な返事。聞けば自分もこの本の最後に納得できないとの事。思わず話しこんだ。
そこから先はあっという間だった。気が合ったのだ。こうして私と和樹は出会ったのだった。
「・・・・こっちだよ」
その声に再び現実に戻された。
うん。
うなずくとまた歩き出した。和樹は少し離れた所にいた。明かりは和樹しか持っていないから、ちょっと急いで追いかけよう。
トンネルは相変わらず暗く、不安がどんどんせりあがってくる。
「和樹、本当にこっちなの?」
「ああ・・・、こっちだよ」
和樹はそう言ってニヤリと笑った。う、なんだか薄気味悪さを感じた。
「さっきから、なんか変だよ和樹…?」
「そうかな?そんな事ないって・・・」
そう言ってまたニヤリと笑った。和樹はまだ先を行く。
と、突然明かりが消えた!
「え、嘘・・・和樹?」
呼びかけても返事が無い。
「ちょ、ちょっと、ふざけないでよ!」
おもわず叫んでしまった声がトンネルに木霊する。なんだか妙に寒い気がする。暗いトンネルに一人っきり・・・。
いや、何を言っているのよ!近くに和樹がいるはずだよ。しかし、声が聞こえない。
ふと、その時、肩をつかまれた・・・・。
思わず、「ひっ!」と息を飲む!その瞬間・・・・、
「ふー、和樹、こんな所で、イタズラはよしてよ」
そう言うと肩をつかんでいる手とは反対のてをつかみ、懐中電灯をつけた。
「・・・、ちょっと脅かしてみようと思ったんだが・・・」
和樹は気恥ずかしそうにうつむいた。
「私を脅かすなんて、百年早いわよ」
「なんだ、最初から演技だって見抜いていたのか」
「あたりまえよ」
(ついさっきまでビビッてたけど)
和樹は正体がバレるとなんだかふて腐れたようになってしまった。ふと、正面を見ると
奥が少し明るい気がする。
「あ、出口だ」
急に安堵感が出て来て、ホッと胸を撫で下ろした。
「あっ、ちょっと待って」
和樹はそう言うといきない目隠しをしてきた。
「ちょ、何を?」
「いいから、いいから」
和樹は私に目隠しをしながら前に進ませてくる。仕方ないので、押されるままに歩く。
なんだか十メートル位の距離がやけに長く感じる。ゆっくり、ゆっくりと歩を進めるが、なかなかたどり着かない。
「ねぇ、まだ?」
「もう少し、もう少し」
今度はさっきより柔らかい返事だ。また、しばらく進むと突然、
「ストップ」
声をかけられて、止まると同時に彼はゆっくりと声をかけた。
「目隠しを取るよ」
その声と共に視界が自由になった。
「あ・・・すごい・・・」
思わず声がかすれた。目の前には息を飲むような光景が広がっていた。
満天の星空・・・。
「なっ、すごいだろ」
和樹は楽しそうに、嬉しそうに呟いた。私はというと、ただただ茫然とその光景を眺める事しかできなかった・・・。
「なぁ、今日は何の日か知ってるか」
「え、・・・今日?」
なんだっけ? 私が口ごもっていると、彼はまた口を開いた。
「さては、忘れたな?」
「忘れてないよ」
「嘘だな、じゃあ、言ってみろよ」
「・・・今日は・・・」
「今日は?」
「・・・私達が付き合い初めて一か月でしょ?」
「当たり!」
嬉しそうに立ち上がると、彼はまた口を開いた。
「・・・なんか腹が減ったな」
「全く、この最高の瞬間に空腹宣言って、ロマンの欠片も無いのね」
と言っても、私もお腹が減った。そろそろ帰ろうか。そう言うと、彼も腰を上げた。
今日は本当にいい思い出になりそうだ。
本当に・・・。
帰り道またあのトンネルに入る。そのまま奥に向かって歩みを進める二人。
「あーあ、それにしても腹減ったな」
「確かに・・・何が食べたい?」
今日はなんだか機嫌がいい。すこぶるいい。
ナゼカッテ・・・?
「俺は、ハンバーグでも」
「相変わらず、子供っぽいわね」
「お前は何だよ?」
その質問に私は乗り気で答えた。
「私は・・・私はねぇ・・・、アナタガ食ベタイ!!」
「え、うぁ・・・」
私は言うがはやいか、彼が何か言う前にさっと口を塞ぎ、その首に牙を突き立てて咬みついた。歯を深々と鎮めると、口の中をきな臭い味が満たした。
質問ノ答エをイオウ。
ナゼカッテ、ソレハ・・・、
今日ガ獲物ニアリツケル日ダカラダ・・・。
「一体全体なんなんだろうね」
緑川警部は首を捻っていた。目の前には白骨死体が転がっていた。しかも首無しの上につい三日前まで生
きていた人間のだ。
「仕方ない。今日は引き上げよう」
警部の一言に何人かが帰り、その後鑑識陣も引き上げた。そして無人のトンネルだけが残された。
そんなトンネルの入り口を見つめつつ、彼女は呟いた。
「また、一か月・・・続かなかったね・・・・残念だな・・・」
彼女はそっと手に持っていた頭蓋骨にキスをした。その上にぽろぽろと涙がこぼれた。やがて頭蓋骨を草むらに投げ捨て、彼女は振り返ると、そのまま静かに歩み去った・・・。
最後までお付き合いいただきありがとうございます。何だか、最後あっという間ですよね?本当はもっと存分に恐怖感を出したいのですが、勉強不足です。
さて、一応この話はこれで終わりですが、また気が向いたら続きを描かせてもらいます。我ながら下手ですね~(笑)