結果より過程が大事だって言うけど、終わり良ければって言葉もあるじゃないか!
「「見えた!」」
戦いの手を決して休めない三時と正午の視線の先には、全校生徒の殆どを収容する事を可能にした超大型な食堂があった。その規模故に新設した新校舎のワンフロアを丸々使用しているという、学校の施設とは思えない広大な敷地面積を有した食堂。内部は学食と購買に分かれており、食料の総量とは比例せず味もなかなかのもので、かつ学生に優しい値段設定から生徒らに愛され続けているのだ。
「えぇい、いい加減に諦めなさい三時! 僕は貴方に構ってる暇はないんですよ!」
「その言葉そっくりそのまま返してやるから大人しく壁のシミにでもなってろ! 喰らえッ、怒りのジャンピング回し蹴り!」
「はっ! 甘い甘い! その様なオーバーアクションな一撃が僕に当たるものか! メロンパンにジャムシロップをかける様に甘い!」
「胸焼けしそうな表現はやめろ眼鏡! そんなんだからお前は眼鏡なんだよこの眼鏡!」
「なっ……眼鏡眼鏡って、人の障害に対し鳩尾を抉り込むコークスクリュー・フィニッシュブローじみた言葉の罵倒はやめてくれませんか! 眼鏡バカにすんなサンジ!」
「お前まで俺をサンジ呼ばわりか! 足技使うってだけでその呼び方は如何なものかですよ!?」
「名前もだ!」
「ですよね!」
などと全く意味のない言葉のやり取りをしながら、三時と正午は全速力で走りながら互いに攻撃の手を緩めない。すれ違う生徒らはギョッと驚愕に振り返りつつ、遠巻きに呆然と見つめるだけだ。学生達の平和な昼休みに、気象情報なく台風が通り過ぎてる様な物だ。誰だって怖い。
直線距離にして、たったの三〇メートル。いや、校舎から飛び出して、中庭から食堂まで五〇メートルも距離があるという時点で正直どうかなと思いたくなる訳だが。明らかに敷地の無駄遣いと言うか、この少子化のご時世ににマンモス校(死語)とは珍しい。
「だ〜もう、ウッゼぇんだにゃテメェこら! 必殺、ニャンプシーロール! 打つべし撃つべし討つべし!」
「お前こそ、どっこまで俺の邪魔すりゃいいかな! うおぉッ、ドラゴンインストール!」
ギュババ、ゴゴキン、ズババババン、ベシバシバギン! どこかから、そんな不気味な音が聞こえてきて、三時と正午はピタリと攻撃の手を止めた。が、止めたのはあくまで攻撃の手(いや、三時の場合は足なんだが)だけであり、男二人が取っ組み合ったまま走り続けるというのは何か不気味だ。というか……普通に考えてキモい。
「なっ、あれは……昇とゆうげ!? 仕舞った、もう追い付いたんですか!」
「っつか、何だあの夢のコラボバトルは。いや、この場合、統一感がないと言うべきか、節操がないと言うべきか?」
「両者でしょう」
「……神様の趣味が分かるなぁ」
中庭を爆走する二人とは別のルート、旧校舎と新校舎を繋ぐ三三メートルの長い回廊を疾走する二人組と、その後ろを走る一人。昇とゆうげ、それと二人に追いつけていない深夜だ。
「にゃにゃっ、目標捕捉! 三時と正午を確認、ずぇったいに奴らより先にカツサンドを手に入れてみせる!」
「さ・せ・る・かぁ! 手に入れるのは俺ら――ってオイ、テメェ深夜、へばってないでアイツら止めて来い!」
「……無理……暑い……キツい……」
「そんな暑ッ苦しい髪してっからだろうがァァァああア! 切れ! ばっさり切れ! 見てて暑苦しいんだよお前!」
「…………だが断る」
「……オーケイ、いつか俺が力尽くで切っちゃる! そしてこの口論の隙にさっさと行こうとしてる昇、行かせるかボケナス!」
「チッ」
瞬発力自慢のボクサー、持久力自慢のレスラー、忍耐力自慢の空手家の三人組が、わーぎゃー喚きながらスピードを落とす事なく渡り廊下を走る光景は異様だ。特にゆうげ。見た目はひょろっと細長く、一見するとホスト崩れにしか見えないのに、あれだけ一番大騒ぎしながら走る奴のタフネスっぷりは異常だ。奴は機能美だけじゃなく造形美も意識する奴なので、筋肉は盛り上げるんじゃなく引き締めているのだ。ナルシストめ。
「どうでもいい話なんですけど、ナルシストって自己愛性人格障害っていう精神病の一種らしいですね」
「いやいやいや。ほんっとにどうでもいい話だな」
尚、余談だが、正確には人格障害という病状も二つに分類されていて、社会的責任能力を維持しているレベルの症状を神経症(自身の異常を自覚していたり、ある程度の心のコントロールが可能な、比較的安定した状態)と言い、社会的責任能力が欠如しているレベルの症状を精神病(自身の異常に気付かず、かつ反社会的行動または非人道的行動を起こしかねない状態)と言う。ちなみに人格障害は個々に症状が顕れるとは限らず、複数同時に誘発する可能性もある為に、診断が難しい病気でもあるのだ。
「って、だからどうでもいいって言ってるだろう! 何だって物語の趣旨に反する様な馬鹿な事を喜々としてやるかなァ、この作者は! 無駄に文字数ばっかり稼ぎ過ぎなんだよさっきから!」
「そして貴方もです」
「ですよね! だがしかし、ここで俺が止めなければいつまでも続ける気だぞ、あの作者!」
「諦めなさい、天命です」
納得いかねぇ! と叫ぶ三時。やおら諦めた感溢れるため息を吐く正午。そして、遠い彼方で短距離走してる男三人。何とも形容しがたい奇怪な光景である。
まぁそれはともかく、いい加減、食堂の入り口が見えてきた。直線距離は三〇と描写したのにも拘らず、やたら文字数が多いという事は、コイツら余程の早口で喋ってたんだろうか、などと酔狂な酌量を一つ。
ダバン! と凄まじい音を轟かせて食堂のドアを蹴り破った三時と正午。ほぼ同時に、窓に足をかけて食堂に飛び込んでくる昇とゆうげと深夜。混雑しつつも、昼休みの喧騒を楽しんでいた生徒達の動きがピタリと止まるが、五人は気にしない。何故なら、既にそっちを見ていないからだ。
目標捕捉――取得勝利条件である『究極至高カツサンド』は、残り一つ……!
だだっ広い敷地を有す食堂に溢れる生徒など目にもくれず、三時は障害物を軽やかなステップで回避しながらダッシュする。正午は、驚くべき事にテーブルに足をかけ、人の頭上を跳躍する獣の様に移動している。昇とゆうげに至っては、もはや暴走列車の如く弾き飛ばしながら走り、その後ろを走る深夜が倒された生徒らに謝っている。コイツら、常識知らずってレベルじゃねーぞ。
やはり、誰よりも早いのは、テコンドー使いの三時である。そもそも、テーブル間を移動する正午は足場が悪く満足に走れず、昇とゆうげに至っては障害物をわざわざ弾き飛ばしているもんだから思う様にスピードにノれないでいるのに対し、三時のリズミカルで無駄のないステップは既にトップスピードに達していた。
「なははははー! 我が武芸こそ最強ナリー!」
「違う……最強は、空手だ……」
背後からの不意の声に、三時の背が凍る。天性の勘が危機感知能力を爆発させ、右前方にステップしながら半身を捻り、振り返る。
刹那、上空から対地へ斜めに削る一撃。先刻の蹴りが死神の鎌ならば、今のは間違いなく巨人の斧に相当する。
「旋風脚……!? 馬鹿か、走りながら使う技じゃねぇぞ!?」
深夜の一撃は、半回転の回し蹴りではなく、一回転半という驚異の回転力を内包した旋風脚。元は中国武術や鉄脚の演武芸としての型ではあるが、元より身体運用法の似た東洋武術を使う深夜にとっては、教わらずとも大した事ではないのだろう。
いつの間に、昇とゆうげより先行したのかは知らないが、深夜は三時の脇を縫う様な動きで走り抜き、
「ナメないで下さい。最強はエスクリマ・カリこそふさわしい!」
猛獣の様な動作で正午が迫る。
だが、しかし。
「ふざけてんじゃねぇぞテメェ! KAKCに勝てる武術なんざねぇ!」
ゆうげの拳が横合いから伸びる。三時は拳を屈んでかわし、左腕でガードする正午の顔面に突き刺さ――ろうとしたところで、奇妙な事が起こった。
ゆうげの拳の軌跡が、大きく外れた。正午の左腕を掠めた瞬間に、肘より先を捻る様な動きで、ゆうげの拳の軌道をそらしたのだ。大振りの一撃をミスした事で姿勢を崩しながら、ゆうげが叫ぶ。
「なっ……馬鹿な、化勁だと!?」
「エスクリマ・カリは、プンチャック・シラットやスペイン剣術に加え、太極拳の流れも含んだ統合戦闘術! その動きにより、簡易太極拳とも呼ばれているのです!」
化勁とはコロの動きを用いた防御法で、攻撃を受けた瞬間に腕を横回転させ、攻撃の打点と方向をズラす動作だ。これは中国拳法で基本の動きとされる。
東洋武術は『自分より巨大な敵を倒す』技術であり、隙を突いたり急所を突いたりといった戦法を得意とする部分がある。そういう意味では『攻撃を受け流す』技術は必須であり、身体の小さな正午には、螺旋に動き攻撃を無力化する太極拳は合っているのだろう。そもそも東洋人の身体は、筋肉がつきにくい代わりに、身体のキレやバネという『捻る事で効果を発揮する』ものだ。
尤も、それも生活の欧米化が進む現代、ゆうげの様に身体の大きな東洋人も珍しくはなく、筋肉もつきやすかったりするのだが。
深夜が駆ける、三時が追走するが間に合わない。ゆうげは正午の足止めに回っている。深夜とゆうげはコンビなので、深夜の勝ちはゆうげに繋がるのだ。
だが忘れてはいけない。
脚力ではテコンドーやエスクリマ・カリに及ばないものの、瞬発力だけはメンバー最強の男がいる事を。
「フォークスマッシュ!」
突如、深夜のこめかみめがけて『線』が飛来した。前方右斜めより、フォークボールの様に落ちる拳が。その軌跡は弧を描く『線』。
「くっ!?」
死角からの一撃だ。避けきれないと判断した深夜は、即座に右腕を死に手代わりに、左手で首里手を繰る。が、当たらない。
昇はボクサーだ。0・3秒で飛来する拳撃をかいくぐりながら交戦うのだ。体重も乗ってないジャブのカウンターなど、避けれぬ道理はない。
「ボクシングこそ最強、世界で一番洗練された武術だにゃー!」
叫びながら、昇が手を伸ばす。その先には『究極至高カツサンド』が。パンチに必要なのは握力と背筋であり、驚異的腕力でカツサンドを掴む――
「させるかァ!」
――と同時に、三時の蹴りが昇の腕を弾く。ポーン、と宙を舞うカツサンドがコミカルである。
「俺のカツサンド!」
「貴方のではありません、僕のです!」
「ぬかせ、オイラのなんだにゃ!」
「渡すかボケナス共!」
「……僕らの」
叫びながら、全員が一斉に跳び上がる! 前代未聞の空中戦……! 一つのカツサンドを五人の戦士が追う!
「どうでもいい話なんですが、『前代未聞の空中戦』ってテニスのキャッチコピーじゃないですよね」
「言ってる場合かッ!」
「『一つのボールをリョーマとリョーガが追う』ってのもあったにゃー」
「テニスで一つのボールを追ってどうすんだよ。打ち合うもんだろ」
「ってお前らもゥ!?」
いまいち締まらない三人にツッコミを入れる苦労人担当・三時。深夜は傍観している(跳んでるけど)。
五人による激しい攻防の中心には、カツサンド。だがしかし、自ら跳躍した五人に先立って飛ばされたのだ、何よりも早く落ちるのは道理と言えよう。
何事もなかった様に陳列された棚に落ちる究極至高カツサンド。購買のおばちゃんは乱闘騒ぎに慣れてるのか、特に驚いたりしていない。どんな学校だ。
「チィ……着地してからが、最後の戦いだ!」
「フッ。臨むところです」
「誰だろうと、オイラに勝てる奴はいないんだにゃ」
「ハッハ! 全員蹴散らしてやるよ!」
「……負けない」
空中で勇む五人。テコンドー使いである三時と、エスクリマ・カリ使いの正午、ボクサー昇にレスラーゆうげ、そして空手家の深夜の都合五名が火花を散らす!
が、
「すいませーん。究極至高カツサンド一つー」
「はい、五〇〇円ね」
五人が着地する前に、横合いから伸ばされた生徒の手に渡るカツサンド。その生徒は「やったー! これ一回食ってみたかったんだよなー!」と喜びながら、早々に去っていった。
「……」×5
スタン、と五つの足音が、寂しく響く。一時は五人のせいで固まっていたが、喧噪を取り戻した食堂にて、どんな音よりも確かに聞こえた。
こうして、俺達の昼食戦争は幕を閉じた――。
教訓:必要以上に熱くなるな。とりあえず落ち着け。まぁ、話はオチ付いてないけど。
お後がよろしいようで。
この小説は、自サイトに載せていたものを転用し、加筆・修正を加えたものです。
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