出会いとマネキン 玖
彼女が倒れて二日、彼女は痛々しい管に繋がれ病室のベッドの上で目を覚まし、
弱々しく痩せてしまった彼女は力なくこちらを向くと涙を流しながら呟いた
「…ごめんね、心配かけて、それにあの時はあんな酷い事言っちゃった…本当にごめん、私不安だったんだ、彼は約束なんか忘れてしまったんじゃないかって、でもあの約束を思い出す度に私にも家族が出来るかもしれないんだ、約束を守らないといけないってむきになってしまっていたのね、じっとしているなんて出来なかった、…でもこの体じゃあもう約束なんか守れないね。」
「なんて事ない、何も気にしてないから…そんな事より早く体を良くしてあの人を迎えにいこう、やっと家族が出来るんだ!だから…だから、笑ってくれよ。」
彼女は涙を流しながら力なく微笑むとまた眠りについた。
病院にも行かず無理をしていたのが祟ったのだろう、
それから彼女の容態はどんどん悪くなっていき、会話をするのも二日に一回程度になってしまった、
僕は彼女を元気付ける為に、あの二人の人形を作り上げ彼女にプレゼントした。
彼女はとても喜んでくれた、
か細い声でありがとう、と笑いかけてくれた。
その笑顔を見て僕はまた泣いた。
その次の日、彼女の容態は急変した、僕は弱っていく彼女の手を強く握った。
「約束、守れなかった…ごめんね、ごめんね…。」
虚空を見つめ呟く彼女の手を再度強く握りしめたが、徐々に彼女の力は抜けて行き、僕の手からするりと落ちた。
「…僕が、君の代わりに約束を果たすから、君が元気になるまでの間、僕が何とかするから…君と約束するから…だからお願いだ…生きてくれ、…笑ってくれ…。」
彼女の返事を聞く前に電子音が鳴り、彼女は冷たくなっていった…。
全てを失った気分だった、
生きる希望を無くした気分だった、
だから僕は彼女と約束をした、
二人の約束を守る約束を、
彼女を見殺しにしたと同然の罪を僕はこうして償うと決めた、
そしてそれを生きる目的とした。
もう周りは見えなかった、しかしどうやって約束を果たそう、
僕はあの人に顔を合わせる資格なんてない、彼女の代わりに彼を待つ資格なんてない、
悩んだ結果一つの結論が出た、
彼女の代わりに、僕の代わりに待っていてくれる者を作ろう、
彼女にそっくりで綺麗な人形を作ろう。
そうやって僕は三日三晩一心不乱に、何かに取り憑かれたように人形を作り続けた、
心を込め、丁寧に彼女を想いながら、
人形が出来上がると僕は人形を夜にあの場所へ置いては昼に持ち帰る日々を始めた、
雨の日も風の日も、自分の体が壊れてしまっても、
彼が帰っても帰らなくても構わない、僕が彼女との約束を果たせるなら、
それが僕の唯一の生き甲斐…。
だがそんな日々も陰りを見せる、
僕の体に悪性の腫瘍が見つかったのだ、
体が思うように動かない、
医者には入院を言い渡された、
手術だ、しかし僕にはそんな事をしている暇なんて無い、
人形をあそこへ連れていかなければ、彼女の身代わりを…
手術は行われた、
一度目が終わり二度目が終わり自由に動けるようになったのはもう一ヶ月もたっていた、
そこで君達に出会ったと言う事だ
男はそこまで言って一息をついた。
「…成る程、じゃああんたがあのマネキンの生みの親ってことか、と言う事はあのマネキンを動かしているのはその女なのか?」
懐疑的に呟く芦屋は納得いっていないようだ。
「それ以外になにか可能性はあるのか?人形を動かして人を襲うような…というかまずその動機がわからない。」
「可能性はある、やはりマネキンは物だ、物に宿ると言えば九十九神…だがやはり動機はわからない、九十九神は基本的に人に危害は加えない。」
まあ動機なんてどうでもいい、この人達の恋模様だって気の毒だとは思うが俺にはよく理解が出来ない、
どんな理由であれ、人を傷つける事は許される事ではない、
それが例え霊魂だろうと九十九神だろうと変わらない、
「そんな事より赤村だ、もうそろそろ夜が更けてくる、しかも今夜は満月だ、奴が赤村に危害を加える前に助け出さないと!。」
「ああ、そうだな、とりあえず奴は駅だろう、行くぞクソガキ。」
俺達はとりあえず病室を後にしようと席を立った
「頼む君達…人形を止めてくれ…。」
俺達は返す言葉が無いまま病院を後にして駅前へ向かった、
しかし駅前にはマネキンがいる気配は無い、
もう二時間はここにいるが一向に現れる気配は無かった
いくら田舎だと言っても町の入口、駅前に人が全く居ないというのは有り得ない事だ。
「こんな所へあんなマネキンが来たら嫌でも目立っちまう、くそ、読み間違えたか。」
「もう十時だ、ここ以外に場所があるとしたらもう時間がない……。」
そこで俺は重大な事に気が付いた、
最近この町に来た芦屋は知らない事実、
そう、この町の駅は二つあったんだ
今はもう廃れてしまった旧駅があるんだが、
俺が産まれた辺りの年まではそっちが主流だったらしい、
少し前に新しく栄えだした町の方に新駅が出来上がったのだ。
「芦屋っ!ここじゃない、旧駅だっ、もう時間が無い、急ごう!。」
「なに!?旧駅!?そんなもんあったのかよ、とにかくすっ飛ばすぞっ!。」
芦屋のバイクに二人で跨がり旧駅へと向かう、
誰も居ない人々に忘れられた田舎の寂れた駅、
そこのベンチには赤村が座らされている、
月明かりに照らされた赤村はとりあえずまだ無事なようだ、
隣にマネキンがいる事を除いてだが…いやまて、もう一人誰かいる、
マネキンに駆け寄る誰かの影…
「もうやめてくれ、すまなかった、これ以上人を傷つけないでくれ、君なんだろ?約束を守れなかった僕を恨んでいるだな。」
男は病院を抜け出して来ていたらしい、
まだおぼつかない足取りでマネキンに近付くとマネキンの手を握る、
するとマネキンの動きが止まった。
「ジャマヲ、シナイデ!!。」
一瞬止まったマネキンだったがすぐに手を振り払い男を突き飛ばした。
だが男は起き上がるとまたマネキンにしがみついた。
「許してくれっ、もう関係無い人達を巻き込むな!、俺だけを殺ればいい話だろ?。」
「アトスコシ、モウスコシ、ジャマヲスルナ、ナンデジャマヲスル…マンゲツノシタデムスメノイキギモヲショクスレバワタシハ。」
マネキンは髪を振り乱し男を更に強く突き飛ばした、
男は吹き飛ばされ動かなくなった、
意識を失ったようだ、
マネキンはまた眠らされている赤村の方へ歩きだす、
「スマナイ、ムスメ、イキギモ、イタダク。」
マネキンの尖った鋭い手が赤村の首筋に迫ったとき、
すでに芦屋はマネキンの頭部に飛び蹴りを食らわせる所だった。
「そうはいかねえ、行けっ、石宝っ!!。」
芦屋に飛び蹴りを食らい吹き飛んだマネキンへ先日に見た石宝が石の嵐を降らせた、
鈍い音をたて弾き飛ばされるマネキンに芦屋は更に追い討ちを仕掛ける、
「まだダウンは早いぜ、行け、木穣っ。」
芦屋が唱えると次は周りの木々が揺れ始め、地面から根が突き抜けマネキンをギリギリと締め上げる、
目からは赤い血の涙を流し言葉にならない叫びをあげるマネキン、
容赦ないな、
「人様の生き肝を食らうとは調子に乗りやがって、ここで焼きつくし無に還してやる、力火…。」
芦屋が次に唱えると芦屋の腕は炎を纏い燃え上がった、
その腕をゆっくり掲げ降り下ろそうとしたとき、
芦屋とマネキンの間に男が割り込み叫んだ。
「待ってくださいっ、どうか命だけは!助けてやって下さい、他に方法は無いんですか。」
「何言ってるんだ、そいつはお前の愛した女なんかじゃない、今はっきりした、そいつはやはり九十九神だ、九十九神は満月の夜に人間の生き肝を喰ってその人間に成り済ますと言い伝えがある、普段九十九神ってのは物に命が宿り、悪戯をする程度…どういう了見か知らねえが人様を殺めてまで人間になろうとする自然の理から外れたイレギュラーは生かしてはおけねえ。」
芦屋は冷たく言い放つ、
ちゃらんぽらんしているこいつにも自分のルールがあるのだろうな。
「それでもいいんです、この人形は僕が彼女を想いながら心を込めて作った僕の子供みたいなものなんです、どうか燃やすのは…。」
「いい加減にしてください、おじさん達の勝手な恋話に巻き込まれて実害まで出ているんですよ?これ以上被害を大きくしない為に今始末しないと…、芦屋、構わずやっちゃいなよ、赤村が目を覚ます前に終わらせて帰ろう。」
…これだから恋だの愛だのは厄介なんだ、録な事がない、下らない。
「君は…悲しい目をしているね、君は今まで人を愛した事は無いのかい?僕のように、それは寂しい事だよ。」
そんなの知らない…
俺にはそんなもの要らない、
ただ辛く悲しい恋なんてしない方がいいじゃないか、
下らない。
「わかった、じゃあさっさと始末してやるか、イレギュラーよ、覚悟しな。」
やれやれ、と芦屋が再び力火を呼びマネキンを炎が包んだその時。
「虎ちゃんっ!!。」
赤村が目を覚ましこちらへ駆け寄って来るのが目に入った、
それと同時にふと我に帰ったようにマネキンは自分を締め上げていた木穣を切り裂き赤村の方へ飛び掛かった、
燃え上がるマネキンの尖った鋭い手が赤村を襲う、
赤村の悲鳴と鈍い音が辺りに響いた。
「ナゼ…ナゼアナタガ…ドウシテ。」
赤村を庇い、血を流す男の姿があった。
「もういいんだ、終ろう、君が寂しいのなら共に行こう、だからもう罪を重ねないでくれ。」
男はそう言うと炎を纏うマネキンを抱き締めた。
「やめておじさん!そんなことしたら貴方まで燃えてしまう。」
赤村は必死に叫んだが男は離れるつもりは無いらしい、
徐々にマネキンを包む炎は勢いを増していく
このままでは本当におじさんが、
何か方法はないのか…
「モウ…イインデス、アナタヲマキコムツモリハナカッタノニ。」
マネキンは男を突き放すと一人、いや一体?でベンチへと座った。
男は突き飛ばされたまま動けないでいる
「ゴメンナサイ…ゴメンナサイ…。」
マネキンは同じ言葉を繰り返す、
するとまた、俺の頭にイメージが流れ込んできた、痛い…
これは、マネキンの記憶…?
俺の意識はまたリンクしていき、マネキンの記憶を共有していくのであった。
時を少し遡る…