出会いとマネキン 捌「ある男の追想」
僕は彼女が運ばれた病院へ向かった、
病室へ行くと彼女はすやすやと寝息をたてていた。
荒れた息を整えることもせずベッドに近づく
「今やっと落ち着いた所だよそっとしていてあげてくれないかな。」
声のする方へ顔をやるとそこには大人びた爽やかな男がいた、
うちの学校の制服を着ている、
先輩だろうか?
「あの、あなたは?」
「ああ、俺はこの子と同じクラスでこの子が倒れたのを発見して此処に連れてきた、ここはうちの病院だし一応俺もついてきたということだ。」
成る程、病院の息子だったら安心だ、そうしていると彼女が少し目を開けた事に気が付いた
「どうやら気が付いたようだ。」
「ごめんなさい、迷惑をかけてしまってもう大丈夫だから。」
…二人の間にはいりこむ入り込む隙は無かった、
彼女があの男と話すときの顔、仕草はただ普通に同級生へ向けるものとは違う、
特別な感情が読み取れた…
でも、僕はそれでも構わなかった、彼女が笑っていられるなら…
彼女の病状は今のところ大丈夫らしかった、しかし彼女は生まれつき心臓が弱いらしく、定期的に検診を受けてくれとの事だった。
この件を機に、彼女と彼、そして何故か僕を含めた三人はよく一緒にいるようになり、歳が二つ上とは言え友情と言えるものも芽生えていった。
三人で祭に行ったり、海へ行ったり、沢山の思い出を三人で作った、
彼は優しく、誠実な人なので僕は友人でありながら兄のように慕っていた。
また時は流れ、彼女達は大学へ進学、
僕は高校卒業後、人形を作る工房へと修行兼就職と言う形を取った。
ある日、二人から嬉しい報告があった、
二人が付き合い始めたのだ、
こうなる事は予想していたし時間の問題だと思っていたので僕は心から祝福した。
僕が彼女に抱いていたであろう淡い恋心はいつしか憧れへと変わり、
彼女が幸せになってくれればいいという思いに変わっていた、
昔のように強がっていただけなのかもしれないが僕はそれで満足だった
僕は覚えたての技術で二人に似せた人形を作って二人にプレゼントしようと決めた。
二人は仲睦まじく、幸せに愛を育んで行った…
時季は春、僕の部屋へ彼女がにこにこしながら入ってきた、そして嬉しそうに報告してくれた。
「聞いて聞いてっ、今日彼からプロポーズをされたの、20になれば私もこの院を卒業するし、彼も大学を卒業するからその時は二人で暮らそうって、私に…やっと…初めて本当の家族が出来るんだよ!。」
ただ純粋に嬉しかった、家族を知らなかった彼女にやっと幸せが舞い降りたのだ、彼だったら安心だ、
彼女を幸せにしてくれるだろう。
僕らはささやかなお祝いをした…
しかし現実とはかくも非情、不平等なものだった、
彼の両親が猛反対したらしい、
医者の一人息子を親を知らない孤児に渡すなんて世間体的にいけないとの事だった…
それでも二人は彼の両親の目を盗み会っていた、規則や門限が厳しかったので僕は毎回彼女が抜け出す手引きをしていた、
しかしある時それもバレてしまう、
困り果てた相手の両親は、医者としての経験を積む修行という提で彼に無断で海外医療派遣ボランティアへ五年間の移動を命じた、
もちろん彼は反対した、しかしやはり親には逆らえず卒業と同時に向かう事になってしまったのだ。
彼女は彼からの知らせをずっと待っていたが卒業の日まで連絡は来なかった、
そして卒業の日、周りは卒業に浮かれ卒業パーティーなどをしているなか、悲しみに更ける彼女の元に手紙が届いた。
「今夜、駅前のベンチ前でまっている。」
それだけ書かれた手紙だ、都合のいいことに今夜は卒業式で周りはバタバタしていて、
バレずに抜け出す事は容易だったので彼女を抜け出させた後、
心配だった僕は隠れて後を追う事にした。
空には綺麗な満月が出ていた。
僕が遅れて待ち合わせ場所につくと二人はベンチに座って語り合っていた、
僕は水をささないように、声が聞こえる場所まで行き隠れていた、
二人の会話が聞こえる…
「ずっと連絡出来なくてすまない、親の監視が厳しかったんだ、しまいには海外医療派遣ボランティアに五年だなんて、くそっ、酷い親だ。」
「大丈夫、でも駄目だよ、お父さんお母さんにそんなこと言っちゃ、それに医療派遣ボランティアだって素敵じゃないの、沢山の命を救って、その事によって戦争孤児なんかも減るでしょう、五年たった時にはあなたは立派なお医者さんだよ、私…待つから。」
「すまない、ありがとう、でもあっちは戦地だ、無事では帰れないかもしれない可能性もある、それでも君が五年間待っていてくれるのなら、五年後の今日みたいな満月の日にまたここで会ってくれないか。」
「もちろん、私は…貴方だけを待ち続けます。五年後の満月の夜にこの場所で…。」
そう言って二人は接吻を交わした後、彼は去っていった、
月明かりに照らされた二人の頬は涙でキラキラと輝いていた、
覚えていないがきっとその時、僕の頬も同じように輝いていただろう、
世の中の不条理に、何も出来ない自分への歯痒さに。
彼が海外の医者が足りない戦地などへボランティアで行っている間、彼女は孤児院の職員になった、
僕は相変わらず工房での仕事だった、作るはずだった二人の人形も手を着かずのままだった。
僕たちはたまに話す機会があったが、彼の話に触れる事は出来ず、徐々に大人しく、痩せて行く彼女を心配そうに眺める事しか出来なかった。
そして約束の五年が経った。
僕は二人が気になってじっとしていることが出来ずこっそりと彼女の待っているだろう場所へ向かった。
彼女はベンチに座って待っていたがその日彼が現れる事は無かった、
その日から彼女は毎日その場所で待った、
一ヶ月経った頃、彼女の職場から電話があった、ここ最近彼女が無断欠勤している、何か知らないかとの事だった、僕は何処で何をしているのか予想はついたが職場には伏せておいた。
外はどしゃ降りの雨だった、
降り頻る雨のなか僕が駅前のベンチへ向かった所、案の定彼女はそこに居た、
「おい、仕事もいかずに何をしているんだ。」
「決まっているじゃない、彼を待っているのよ、もうすぐなの、もうすぐ彼は来るはずなの。」
「こんな雨の日に来るわけないだろ、それにもう一ヶ月は経とうとしているんだぞ?君だってぼろぼろじゃないか、もう来ないんじゃないか。」
ふらふらと体調が悪そうにしてまで待っている彼女が心配で僕はきつい一言を吐いてしまったことを後悔した、
すると彼女はこちらを睨みつけ言い放った。
「うるさい!、あなたも知っているでしょ?あの人は約束を破る人じゃあない、私だって約束したの、あっち行って、邪魔しないでっ、私の事は放っておいて!。」
「…わかったよ、もう知らないからな、勝手にしろよ…。」
初めて彼女に辛辣な言葉を浴びせられ、堪に触ったのが半分、ショックだったのが半分、
僕は彼女が言った言葉に従い、その場を去った。
しかしそれでも心配だった僕は毎日隠れて彼女を見に行った、
彼女は文字通り雨の日も風の日も、どんな日も毎日、一日中そこで待っていた、
病院にもいかずに待っている彼女を僕は引きずってでも連れていくべきだったのだが、
一度もう知らない、と言った建前、今更彼女に声を掛ける事が出来なかった。
いや、最愛の人であり、憧れの人である彼女からまたきつい言葉を浴びて嫌われるのが怖かっただけなのだろう、
僕はどうしようもない臆病者だから
約束の時から二ヶ月が経とうとしていた、
相変わらず彼女はベンチに座り彼を待ち続ける、そして僕はそれを陰で見守るという滑稽な二人の毎日は続いていた。
その日も僕は風が強い中、彼女が待っているいつもの場所へ向かった、
もう見馴れてしまった光景しかしそこにはいつもと違う所があった、
彼が帰ってきていた?違う
彼女が諦めた?違う
彼女が倒れていた、
夢だと思った、夢であって欲しかった口から出てしまうんじゃないかと錯覚する程の鼓動を抑え彼女のもとへ駆け寄る、
名前を呼ぶが返事はない、救急車を呼び、病院についてからも名前を呼び続けたが返事が返ってくる事は無かった。
僕は下らないプライドや傷付きたくない自分の為に彼女を無理矢理にでも連れ帰らなかった自分を心底恨み、憎んだ。