出会いとマネキン 伍
もうやだ、絶対嫌だ、こんな扱いなのになんで時間外営業なんだよ、サービス残業気分なのか?
労働基準法違反で労働省に訴えたら金巻き上げれるんじゃないか?…
「良いのかぁ?女の頼みなんじゃねえの?。」
「な、なんでそうなるんだよ…。」
単純のくせに鋭いな、
ムカつく、
「簡単だろ、まずいつもあまり喋らないし、口を開けば下らない話しかしないお前がここに来てすぐに話を切り出した、
そして俺を知っているが俺が陰陽事務所なんぞ始めたのは知らないお前がここのチラシをわざわざ持ってきた事、
そして女ばかり狙うこの事件の捜査依頼、まず警察ではなく、俺に相談ではなく、依頼をほのめかす口振り、
あまり遅くは出歩かないであろう母親の線は薄い、それに学校でのお前の立ち場は知らないが恐らく女と気さくに良く話すような感じではない、
確かお前の学校はバイト禁止だったことを踏まえると
学校でお前ごときと話してくれる数少ない女からの依頼をお前は自分がここで働いているのを知られたくないから女の代わりに依頼することを引き受けたって所か。」
ええええぇ~ 、なんでわかるんだよ、
なんだよ 探偵気取りなの?
エスパーなの?
あ、陰陽師か
うぜえ、プライバシー考えろよ!
嫌なとこまで当たってるのが腹立つ
「ま、まぁ…そのくらいはわかってもらわないとね、ヒントだしたしね、試させてもらっただけだから…。」
「…で、行かねえの?女に頼まれた事を俺様に頼って、自分は危険を犯さず高見の見物かい?大層な御身分だなあオイ。」
芦屋はニヤリと笑った、
たまに人を見透かし、操るような目をする、
これじゃ何だか行かなきゃいけない感じになってきたじゃないか
苛々するな、
上にぶら下がってる照明があいつの頭に落ちてこないかな
「う、うるせえ、行くさ、行けば良いんだろ!いや、元から行くことにやぶさかでは無かったんだがな、すんなり行くのもどうかと…。」
ブーッブーッブーッ
俺のささやかで薄っぺらな名誉を守る為の主張の途中で俺の携帯のバイブレーションがなった、
誰だ?
ディスプレイを見ると赤村からの着信だ。
「も…もしもし?白銀君?あ、あの…今どこにいるの?依頼の件どうなった?。」
なんだか様子がおかしいぞ?、
「ああ、今丁度その怪しい事務所に依頼に来ていて、快く快諾してくれたよ。」
少し着色したが、結果は間違っていない。
「そっか…よかった…それで白銀君と探偵さんにお願いがあるの……………………助けてっ……。」
「何っ!?どういう事だっ!何かあったのか!どこにいる!。」
「用事…というか塾に行ってて、終わったから歩いて帰っていたの、今駅の裏通りなんだけど、さっきから誰かにつけられてるみたいで…。」
「なんだとっ、今すぐ向かうから早く逃げろっ。」
「まだ…大丈夫、探偵さんもいるんだよね?私が引き付けて今から言う場所に誘導するから…早くきてっ。」
赤村がやばい、心臓が有り得ない速さで警報のように鳴り響いている、
電話に夢中になっている間、
いつの間にか芦屋は俺を大きなバイクの後ろに乗せ発進する所だった、
混乱してもう何がなんだかわからない
「何言ってんだっ!相手は誘拐犯かも知れないんだぞっ、そうだ、警察…警察には連絡したのか!?。」
「警察じゃもう手遅れだと思う…虎ちゃん…早くきてっ。」
あ……あ……、何がどうなってる、頭が真っ白だ俺はどうすれば良いんだ…
「おいっ!落ち着けえぇっ!!どこ行けばいいんだ!!しっかりしろやクソガキがぁっ!。」
運転しながら思いっきりどつかれた、
凄く痛い、でもお陰で目が覚めた
初めて殴られた事に感謝してしまった
「たのむっ!駅の裏通りだ!!急いでくれっ!」
「こりゃあまた貸しが増えたなあ!しっかり掴まってろよクソガキぃい!!。」
芦屋がちょっと意識が飛んでしまう位にすっ飛ばしてくれたお陰で赤村が言っていたポイントはすぐそこだ、
あと1つ角を曲がれば…!
きゃーっ!!
角を曲がると同時に赤村の悲鳴が聞こえた、
ほぼ完全な闇の中、ぽつりぽつりと街灯の光が浮かぶ、
数少ないその光源ですら数本切れている
道の奥…いたっ!赤村は確かに追われている、
でも、あれは本当に人間なのか?
操り人形のような、ロボットダンスを二倍速にしたような不安と不快感を誘う動き、
いや、いまはそんなことどうでも良い
「虎ちゃん!助けてっ!。」
「芦屋ぁ!どうする!?。」
芦屋は黙ったままスピードを更に上げた
ガシャア
そして鈍い音を放ちそのまま奴を轢いた、
バイクで、
スピードを落とさずに。
奴を轢いたあと芦屋はバイクを止め、俺達は赤村の所へ駆け寄った、
「大丈夫かっ!赤村っ!怪我はないか?。」
赤村は恐怖から解放されたからか、その場にへたりこみ、放心状態だった が、
「人…轢いちゃった、私のせいで…。」
なるほどまだ正常らしい、
いや、逆に正常な判断はまだ出来ていないと思う、俺がそうだからだ
「あ…芦屋、どうすんだよ、誘拐犯だとしても殺してしまうのは…。」
人を殺してしまった時というのは意外と冷静なんだなと呑気な事を考えていたが芦屋はそれ以上に冷静に答えた。
「あ?あれ人間じゃないから大丈夫、まずあのくらいじゃ死なないから殺した事にもならん。」
は?人間じゃない?どういう事だよ、確かに人の形をしていたじゃないか、
……人の…形?、まさか!
俺はなんだかんだであんな噂を信じていなかった、
そんなことあるはず無いと思っていた、
しかし芦屋はそれを普通に言ってのけた、
「ありゃあ、お前らが言っていた通り、マネキン…傀儡だな、油断すんなよ、まだ近くにいるはずだ、奴らは滅多に逃げる事は無い、目的を遂行することしか考えていないはずだ、ターゲットをそのお嬢ちゃんに絞った以上、また来るはず。」
くそっ、この近くにまだ…
回りを見回したが気配は無い、
ただ闇と心細い街灯の光が俺達を包むだけだった、
「あいつ、倒せるのか?人間じゃないんだろ?。」
「心構えさえあれば余裕だな、多少儀式的な事が必要になってくる可能性もあるが、多分大丈夫だろう。」
芦屋は少し考える素振りを見せたあと、カチンッとオイルライターで煙草に火を着けた。
「そっか、まあとりあえず、赤村を安全な所に連れていってやってくれないかな、これ以上危ない目に会わせる訳にはいかない。」
芦屋は片手を気怠そうに上げ、
へぇいと不満げに返事をするとバイクが止まっている方へ歩いていった
緊張の糸が切れたのだろう、赤村はいつの間にか気を失っている、
無理もない、得体の知らないものに狙われたのだから、
むしろよく耐えたよ
俺だってそろそろ疲れてきたくらいだし。
ギィィ…
ん、なんの音だ?
「おいっ!!上だっ!!。」
遠くから芦屋の声が聞こえた
うえ?なんだ?
そう思い上を見上げると、
電信柱の上に奴はいた、
カタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタ…
古くなって黒ずんだり茶色く変色した体、
90度曲がった頭、
ボサボサで振り乱した真っ黒な長い髪の間から伺う人形独特の生気の無い顔、真っ赤な口紅、
不気味な音を鳴らし、カクカクと人間には到底無理な歪で気味の悪い動きをしながら今正にこちらに飛び付こうとしていた。
「ちぃっ!油断しちまった!行けっ石宝!!。」
芦屋が呼び掛けると道の上の大小の石達が弾丸のような勢いで奴へ無数に放たれた、
奴は被弾しながらも髪を振り乱し一直線でこちらへ這いずり、カタカタと赤村を抱え上げた、
やばい、何とかしないと!
「赤村を放せぇっ!!。」
俺の渾身の右ストレートは虚しく空を切った、
その刹那、もう目の前には奴のしなった右足が迫っていた、
激しい衝撃を貫いた、気が付くと身体中の悲鳴と同時に四メートル程飛ばされていた、
奴はもう飛び立とうとしている、
芦屋はもう追い付けそうにない、
まずあのスピードじゃ芦屋より数段速くても無理だろう、
芦屋が何か叫んでいる、
でも何と言っているのかわからない、聴覚すらイカれたか、
赤村が連れていかれる
声が出ない、痛みで身体が動かない、
意識が飛んでしまう、
駄目だ、行かなきゃ、
やめろ…やめてくれ…
奴は赤村を抱え飛び去った
くそ…くそっ…
俺はなにも出来ないまま、虫けらのようにもがきながら、自分の不甲斐なさと少しずつ遠退いていく意識を恨んだ




