死人と獣 肆
あの戦慄の夜から一晩が明け、
俺が目を覚ましたのは昼だった、
ああ眠い、寝足りない、
それもそうだ、多感な高校生には少し、いや中々インパクトの強い光景を目にして綺麗さっぱりとすっきり寝付けるなんて相当冷酷か馬鹿じゃないと難しい芸当だろう、どっかの誰かさんみたいに、
まあ、前日の事を考慮に入れて今日は学校を休んで良いと両親からのお達しを貰って一日中寝ていても良い所をわざわざ起床したのはそのどっかの誰かさんに会いに行くためなのだけれど。
ふと携帯見てみる、
もう午後一時を過ぎている、
うわ、奴から着信が来まくっている、ん?メールも来ている、
中身は…呪…悪…?呪文かな?趣味が悪い、
まあいい、とりあえず奴の事務所へ向かおう。
家を出て芦屋の事務所へ向かう途中、事件現場を通りすぎようとしたとき、
昨日話した刑事がいた。
「おや?昨日の…白銀君だったかな?今日は学校は休みかい?そりゃあ無理もないか、あんな所を見てしまったんだ、気分はどうだい?。」
「はい、お陰様でだいぶん楽です、あれから何かわかったんですか?。」
「残念ながら、まだ今は何の進展もないままだよ、不自然な事が多くてね、白銀君は何をしているんだい?。」
「そうなんですか…早く何か見つかるといいですね、えっと…俺は気分転換がてら散歩にでも行こうかなと思いまして。」
「そうかい、こんなにいい天気だもんな、良い気分転換になるだろう、でもまだ犯人が潜んでいる可能性もある、気を付けるんだよ?。」
「はい、ありがとうございます。本当に…いい天気ですよね、昨日の事件とこの町の状態が嘘みたいだ。」
「まったくだ、最近この町は何かおかしい…まるで俺達の知らない何かの力が蠢いている気分だ…。」
刑事は苦虫を噛み潰したような顔をすると、
失礼、と言って煙草に火を着けた。
「煙草もやめていたんだがな、こんなに不可解な事が続いちまっちゃあな…おっと失礼、長々と引き止めてしまったね、それじゃあ散歩、気を付けなよ。」
刑事の言葉に軽く挨拶と会釈を交え、
俺はその場を去った、
…蠢く俺達の知らない何かの力…
連続する不可解な事件…
やはり町の住人も薄々勘づき始めているのだろうか?
この町のバランスが崩れ、
陰の怪達が動き出している事を…
そんな事を考えながら芦屋の事務所につき扉をあけた。
「遅い、俺様を待たせるなんて百年早い。」
今日も芦屋はお怒りの様子だ、
仁王立ちで待ち構えていた。
「すまない、昨日帰ってからもなかなか寝付けなくて、色々考えたが俺にはさっぱりだ。」
「当たり前だ馬鹿、鈍くて屑なお前にわかるんなら幼稚園児でもわかるだろ、というかすまない、の一言で許されると思うなよ。」
「一言で済むとは思っていないさ、その分しっかり働くつもりさ、ところで、メールに書いていたあの呪文のような文字はなんだったんだ?。」
「あれか?あれはどおせお前がアホ面で寝ているだろうと思うと苛々してきてな、霊魂を呼び寄せる呪文を送って悪夢でも見せてやろうと思ったんだが、結局お前が寝坊したって事はやはりメールのような電波法じゃ効果は望めないらしいな…残念だ。」
……いや本当に趣味悪いだろ、というか性格悪いじゃんこいつ、
本当に心底残念そうな顔をして言ってんじゃねーよ。
「俺で実験をするのはやめろ、そして勝手に想像して俺に苛々して当たるのもやめろ。」
「あ?だってお前で発散しなきゃ俺様がストレス溜まりっぱなしじゃねえか。」
「まず根本的に何故そのストレスを俺で発散するのが当たり前みたいになってるんだよ。」
まったく、得意のドや顔で言ってんじゃねーよ。…まあこんな話をしていてもきりがないので話を戻そう。
「それはそうと、事件はどうなったんだ?警察は何も掴んではいなかったみたいだが…。」
「まあ、全体的に見て粗方見当はついている、あとはそれを確証するための調査をする、聴き込みや現場検証といった所だ。」
そう言うと芦屋は俺の話も聞かずさっさと外へいってしまった、
芦屋の見当とは何だろう…
こうして俺達の聴き込みが始まった、……のだが、聴き込みでは特に有力な情報を得る事は出来なかった、
無理もない、
昨夜起きたばかりの事件を正確に知っている人すら少なく、
ほとんど全て眉唾物な情報だった、
だが一人だけ、
芦屋の期待に応える情報を得る事が出来た、
それは近所の小学生の話…
今日、学校に行ったら道に点々と鳥の死体が所々に散らばっていた、
学校につくと飼育小屋の鶏が全て無惨に食い殺されていた…という俺からすればどうって事無いただの野性の獣の仕業だろう情報を芦屋は興味津々で聞いていた。
「よし、じゃあとりあえずその飼育小屋を見に行ってみるか。」
ニヤリと笑い、
自信満々な表情で歩き始めた芦屋を、追いかけながら、
この情報に重大性を見出だせない俺は芦屋に疑問をぶつける。
「おいおい、お前は何だか嬉しそうだが俺はそんなに大した事だと思えないぞ?。」
「ふっ、俺様はプロだぞ?天才だぞ?凡才以下のゴミ虫と一緒にされちゃあ困るな。」
ん?ゴミ虫って俺の事か?まだこいつは俺を虐め足りないのか?
俺が芦屋の口の悪さに呆れている中、芦屋はビッと俺を真っ直ぐ指差し話を続けた。
「まあ見てな、俺様の読みが正しけりゃ普通と違う何かがあるはずだ。」
俺が芦屋の自信に満ちた顔に多少の苛つきを覚えた事は置いといて、
その普通と違う何かが一体何を指しているのかという期待と興味につられ、
その飼育小屋へと付いていった。
飼育小屋は当然の事ながらもう綺麗に掃除してあり、
鶏の死体や血の跡を見ることが出来ず、
現状から見てとれる情報は無いように思えた、
「本当に此処でその普通と違う何かが見つかるのか?勘違いの無駄足だったなんてごめんだぜ?。」
「はあ、これだから小学生以下の脳味噌のお前は駄目なんだ、見てみろあの犯人がこじ開けたであろう入り口を。」
そう言って芦屋は金網のフェンスで覆われた飼育小屋の片隅にフェンスを無理矢理抉じ開けられて出来た入り口を指差した。
「あれがどうかしたのか?そりゃあ扉には鍵がつけられてるんだから当たり前だろ?。」
「動物が開けたのであれば少し大きすぎねえか?ちょうど人が一人入りやすそうな、それにいくらしょぼい飼育小屋だと言っても金網のフェンスを野性動物が開けれるとは思えねえ。」
「じゃあどっかの変質者かなんかだろ?そいつが爺さんの死体をさらい御通夜の人達を切りつけたとは限らないじゃないか、何か裏付けはあるのかよ。」
確かに可能性はあるかもしれない、
だが決め付けるほどの事でもない。
「やれやれ、本当にお前は残念な頭だな、ちゃんと聞いていたのか?まあいい、確かにこんな事をするのは変質者ぐらいだ、しかし小学生は言っていたぞ?小屋の鶏が全て無惨に"食い殺されていた"と、それでもお前はもうひとつの可能性を信じる事が出来ねえのか?。」
言われてみれば…小学生はそう言っていた、いくら変質者でも食い殺すのは流石に異質すぎる、
ということはやはり怪……。
「さて、可能性は見出だせた事だし、事務所に帰って纏め直すか。」
既に空は薄暗くなり残すところあと少しとなった夕陽を背に事務所へ戻ろうとした。
(…危ない……避けて!!)
え?
「白銀っ、危ねえ!。」
頭の中で声がしたかと思えば次の瞬間には芦屋に突き飛ばされた、
痛っ、鋭い痛みを感じ腕を見てみると腕がぱっくりと切り裂かれていた、
芦屋が突き飛ばさなければ俺の腕は無くなっていたかもしれない、
何が起きたかわからず芦屋の方を見たが芦屋は俺ではなく前方を向いている、
俺もそちらに目を向けるとそこに奴はゆらゆらと佇んでいた。
「あ…あんたは、なんで?亡くなったんじゃなかったのかよ…。」
「なに言っても無駄だ、あいつが今回の事件の実行犯だ。」
そこに立っていたのは爺さんだった、爺さんではあるが俺が知っている爺さんではない。
「おい、また仕掛けてくるぞ、次は助けてやんねえからしっかりしろよ。」
返り血を浴び、斑に赤く染まった死装束、
血がしみこみ、滴る異常に鋭く伸びた爪、
闇に爛々と輝く瞳は、
正しく獣だった。