死人と獣 弐
猫塚を逃げるように出た後、赤村と別れた俺は町を散策し、撮りためた写真を芦屋に見せるため一度事務所へ向かったのだが、
出かけているらしく中に入る事が出来なかった、
しょうがない、俺はとりあえず家路につこう、
紅葉のような夕日に照された町を歩き、家まで後少しという所で近所の老夫婦が住んでいる家がざわついている事に気が付いた。
この老夫婦は俺が小さい時から遊んでもらったり沢山のお話を聞かせてくれた仲の良い夫婦なんだが、
最近は歳もとって体の弱かったお婆さんは病院で昏睡状態らしい、
昔は元気だったお爺さんも家で一人愛猫と寂しく暮らしている。
知らない人でもないし気になったので家の近くに近所の同級生がいたので何があったのか聞いてみた。
「ああ、白銀じゃないか、どうも此処に住んでいたお爺さんがポックリ亡くなったらしいぜ、まさかお婆さんより先に逝ってしまうなんてな、俺達も遊んでもらったりしてたからビックリだよ。」
突然の訃報に俺も驚きを隠せなかった、
失礼だがぶっちゃけ俺も先に昏睡状態であるお婆さんが亡くなるのだろうと思っていたのに、
まさかまだ元気そうだったお爺さんが先立つとは思いもしなかった、
きっと寂しかったのだろう、それにお婆さんの看病での疲れや心労が関係している所もあったに違いない、
お婆さんも自分の知らない所で愛する夫を亡くしてしまったのは実に不憫である、
愛する人を亡くした事も知らず、自分が先立ちその人を残して逝ってしまうと思い込んだままだったと知ったときどんな事を思うのだろう、
俺には到底予想が出来なかった。
「今日と明日がお通夜らしいから俺達も最後の挨拶に行かなきゃな…俺達は明日行こうと思ってるんだが白銀はどうする?。」
「ああ、どうしようかな、俺は家も近い事だし今日行くと思うよ。」
本当は学校以外でまで同級生と会う事が面倒臭かっただけなのだが、
それらしい理由をつけて俺は今日お通夜に向かう事を伝えると、
ざわついている老夫婦の家を横目に我が家へと歩を進めた、
家の前で老夫婦の飼い猫である三毛猫のミコが悲しそうに鳴いていた。
自宅に帰りつき、風呂に入っている時もこれからお通夜に行かなくてはならないアンニュイな気分と老夫婦との思い出が頭を巡ったが、ふとミコのこの先が気になった、
ミコも人間で言えばかなりの高齢、
お婆さんも老い先短い印象だし残された老猫はどうなってしまうのだろう、
死んだ事にも気付かれず、孤独のまま朽ちていくのだろうか?
それとも老夫婦の親類に引き取られていくのか、
そして今日赴いた猫塚で供養されるのか、
そんな事俺に分かる筈もなく、何故そんな事まで考えたのかは自分でも理解出来なかったが、
とりあえずお通夜に向かうために風呂を出てミコとは違い、若くて元気過ぎるほどであるうちの飼い猫に餌をやり、
俺は家を出た。
外はもうとっぷりと日が暮れ、
吹き抜ける風は少し肌寒い、
闇を不気味に思うのは人間としての本能だと聞いた事がある、
ましてはついこの前、怪関連の事件を体験してしまったばかりの俺はついつい闇を不気味に思い必要以上に警戒してしまっている、
すると突然強風が吹いた、
いや、正しく言うと物凄く速い何かが俺の隣を通り過ぎた気がした、
振り返ると少し遠くの塀の上で金色に輝く二つの眼が見えた、
なんだ猫か、俺ビビりすぎじゃん格好悪いなぁ、
まっ暗闇の中で突然光る眼を見れば誰でも多少は驚きはするだろうが少し気にしすぎていたのだろう、
俺ってばお茶目なんだから、
そんな馬鹿な事を考えているうち、俺は老夫婦の家に無事到着できた。
チャイムを鳴らし扉をノックしたがいっこうに誰か出てくる気配は無い、
おかしい、忙しいのかな?
そう思い試しに扉を開けてみた、
鍵は掛かっていなかった。
「すいませーん、近所の白銀ですけれども、どなたかいらっしゃいますかあ?。」
玄関先で呼んでみたが応答無し、そろそろ不審に感じて来たので思いきって無断で上がらせていただく。
家の中は静まり返っている、
奥へ進むと意外な光景が広がった、
お爺さんの遺体が忽然と姿を消していたのだ、
しかしそれ以上の異変が俺を歓迎した、
まだ完璧に理解も把握もしていないのだが、
それは明かにただ事では無く、
俺では対処しきれない状態で固まってしまった、
この目の前に広がる何人もの人達が血塗れで倒れ気を失っている光景を見れば、
粗方誰であろうとそうなってしまうに違いなかった。