出会いとマネキン 捨
古い工房…
あぁ、これはあの九十九神の記憶なのだろうか、
気がつくとおじさんが一生懸命マネキンの体を作ってくれている、
(私の体…私のお父さん…?)
マネキンの意識も共有してるのだろう、マネキンの心の声も聞こえる、
おじさんは丁寧に丁寧に体を作って行く、
まるで恋人を扱うように心を込めて、大切に。
やがて体が出来上がるとマネキンの中に九十九神とは別にもう一人の魂を感じた、
しかしその魂は俯いて泣いているだけ…
(お父さんは素敵な洋服を着せてくれた、
そしてこんなマネキンの自分を一言綺麗だよ、と言ってくれた、
ものを喋らない自分にたくさんのお話をしてくれた、
でもなぜ話の最後にはいつも寂しそうな顔をしているの?。)
そしておじさんはマネキンを約束の駅へと運ぶ毎日を始めた。
マネキンの中のもう一つの魂、
つまりあの三人の中の一人であった女の人はいつもごめんなさいを繰り返し、同時にもういいんだよ?と言っている。
女の人はそう言っているが九十九神は違った、
ただ純粋におじさんと共に過ごす日々が真新しく新鮮で楽しかった。
(優しいお父さん、真面目なお父さん、…愛しいお父さん…。)
しかしある時からおじさんの体調は目に見えて衰弱していった、
でもおじさんは毎日毎日マネキンに語りかけ、
毎日毎日あの駅へとつれていった。
(お父さん…また辛そうな顔をしている、元気が無いのは何故?寂しいの?…なぜ隠れて泣いているの?。)
ついにおじさんは倒れてしまった、
病院に運ばれるおじさんを見て九十九神は言葉を発っせないまま心の中でおじさんを呼び続けた、
だがおじさんが帰ってくる事は無かった。
(お父さん、何処に行っちゃったの?なんで帰ってきてくれないの?寂しそうにしてたお父さんに何もしてあげられなかったから?お願い、帰ってきてよ、またいつもの場所に連れていってよ、笑って話し掛けてよ、…寂しい、……寂しいよ。)
九十九神の願いは募るばかり、
満月の夜、ふと自分も人間のように自由に動き回りたいと願った、
おじさんが帰らぬ今、約束を守れるのは自分しかいないと、
手を動かそうとしてみる、
なんとかろうじて動かす事が出来た、
次は足、次は歩いてみよう…
自分が動ける事を知った九十九神は無意識に駅へと向かっていた。
(私がお父さんの代わりに約束を守っていればお父さんは喜んでくれるかな?帰ってきてくれるかな?。)
月明かりとぽつんと寂しく灯る街灯の光りの下、九十九神はベンチに座り空を眺めていた、
虫の声、風に揺れる木々の音、
九十九神の悩みに応える声は無かった。
「やあ、こんな所で何をしているのかな?。」
突然声をかけられた、
しかし九十九神は声をかけられた事よりも、
他の人間に見つからないように細心の注意をはらっていたにも関わらず、
この漆黒の着物と袴を着た男に気付かなかった事に驚いた、
そしてこんな自分を見ても驚かず怖がらずに話しかけてきた事にも。
「大丈夫だよ、私は怪しい者ではない、いや、もしかしたら君と同じ"妖しい者"ではあるかも知れないけれどね、ハハッ。」
ん?この男…どこかで会ったような…、いや、俺の感想は置いといて話の続きを見よう。
突然現れ、まるで相手が人間であろうとそうで無かろうとどちらでもいいと言う雰囲気の話し方の男に警戒の色を薄めない九十九神を意に介せず男は話を続けた。
「心配しないでくれ、こんな満月の真夜中に一人で居る君を不憫に思ってね、悩みを聞いてあげようと思ったんだ、私は困っている人を見過ごせない性格でね、私に何か力になれる事は無いかな?。」
男はそう言うと切れ目を更に細めて笑った、怪しい、とてつもなく…
しかし一人になり孤独だった九十九神はその男に話してみようと思った。
(私はどうすればいいの?どうすればお父さんは喜んでくれるのかな?帰ってきてくれるのかな?笑いかけてくれるのかな?……どうすれば、私だけを見てくれるのかな…。)
「なるほど、君は自分を作った父を愛してしまったんだね、父としてではなく、一人の男として、なあに、何もおかしな事では無い、そんなの簡単さ、君がずっと父に寄り添って、語りかけ、笑いかけ、癒してあげればいいのさ。」
男は笑って言うが九十九神のマネキンにそんな人間のような事が出来る筈がない。
(でも、そんな事私には出来ない、こんなに固い体で、喋る事も出来ない口で笑う事も泣くことも出来ない瞳で…そんな人間のような事、人形に人間の代わり何て出来ない。)
とん、と九十九神の額に手をあてると男は微笑みながら語りかけた。
「今君にちょっとしたおまじないを掛けたから、君は今まで以上に人間らしく、強くなったはずだよ、これで君の父はきっと喜んでくれるはずさ、…きっとね、でももっと笑って欲しいなら、本当に愛して欲しいのなら、方法は一つしかない、……君が人間になるんだよ。」
(人間に?そんな方法があるの?。)
「もちろん、では君には特別に教えてあげよう、方法は簡単、今宵のような満月の夜に汚れなき若い娘の生肝を食し、血を浴びるんだ、そうすれば君は人間になれる。」
(人間の生肝…そんな事出来ない、関係のない人を巻き込むなんて。)
「なぁんだ、君の想いはその程度か、では今のように未来永劫、互い相容れぬまま過ごすという事になるな、いいのかな?人間になればきっと笑ってくれる、二人寂しい思いをする事もなく、幸せに暮らせる、君だけを愛してくれる。人間にさえなれば、たった一人の犠牲で。」
大丈夫、君なら出来る、耳元で囁くといつの間にか男は消えていた、
一体あの男は何者なんだろう、
しかし九十九神にはもうそんな事どうでもよかった。
それから九十九神は満月の夜になるたびに若い女をさらった、
しかし手をかけようとする度に良心が邪魔をし、殺める事が出来なかった、
男のおまじないとやらも効果を失って行くのを感じる、
体も少しずつ思うように動かなくなっていった、
もう時間がない、次こそは必ず成功させなくては、
するとマネキンの中のもう一人の女の人が珍しく話し掛けてきた。
(そんな事しては駄目、間違ってる、誰かの命を犠牲にしてまで許される事なんてない、どうか考え直して。)
しかしもう九十九神にその声は届かなかった。
(誰にも邪魔させない、例えそれが神に背く事であろうと、自然の理に背く事であろうと、あの人が私を愛してくれるのなら…。)