目撃者は猫?(解答編)
「ねぇ、みんな、今日以外でさ、この学校で猫、見たことありますか?」
給食室前で、私は聞いてみた。
「猫? 見たことないなぁー」
「そんなの、聞くまでもないだろ」
「……同意」
上から美海、青木君、瑠璃。
瑠璃は、二人に同意、という意味だろう。ちゃんと言ってほしい。
「ですよね。なのに、今日に限って、あんなたくさんいました。なぜでしょうね?」
「おいおい、名探偵気取りか? 樋井」
青木君が馬鹿にしたように言った。
「黙れガリ勉」
美海がピシャっと言う。
青木君は、少し驚いた顔をした。
「ありがと、美海」
私は苦笑いしながら美海にお礼を言う。
「それで、私は、この時間にはいつも、猫が集まってると考えたのです」
「いつも? どういうことだ?」
青木君が怪訝そうな顔をしている。
「うーん、そうねぇ……エサをあげていたとか」
「エサ?」
「誰がだ?」
私は小さく息を吸った。
「本堂さんと、教頭先生。私はそう考えています」
「どういうことだ?」
数秒間の沈黙の後に、青木君が口を開いた。
「あの二人は、グルだったってゆーことぉ?」
美海もかわいらしく言う。
「いや、グルじゃなくて、お互いに知らなかったんだと思います」
「まどろっこしい。最初から順序立てて説明しろ、樋井」
青木君にダメ出しされた。
むぅ、最初から説明するか……
「まず、だいぶ前……たぶん、野良猫に対する扱いが厳しくなったころからかな? 教頭先生は、野良猫にエサをあげだしていたんだと思う。教頭先生は猫が好きだから、きっと、やせ細った野良猫を不憫に思ったんじゃないかな」
「はぁ」
美海が、よくわからないというような顔で曖昧に相槌をうった。
「だけど、この学校には凄く猫が好きな人がもう一人いました。本堂さんです。本堂さんも、野良猫たちにエサをあげようと思いました。多分、つい最近、教頭先生もやってると知らずに」
「それで、どうなったんだ?」
青木君が貧乏揺すりをしながら言った。
もう、最初から説明しろって言ったのは青木君なのに……
「それで、今まで教頭先生と本堂さんが野良猫に猫をあげるタイミングは、二人とも放課後でしたが、今まで二人がばったり会うことはありませんでした。野良猫たちは自分たちにエサをくれる人が来る時間に、給食場前に集まっていました」
たぶん、今の私は少し苛立った声をしていたと思う。
ふんっ。
「本堂さんは野良猫に上げるエサと、きっと水を入れるための大皿も持っていたのでしょう。しかし、そんなものを普通に持っていたら怪しまれる。だから、背中に入れて隠していたのでしょう」
「背中じゃなくてもいいんじゃない? バッグの中に入れるとかさぁ」
今度は美海が口をはさんだ。
「待って、その理由は今説明するから」
みんな、気が早すぎる。まあ、それだけ本郷さんのことを心配している、ということか。
「まあ、それで、今日、本郷さんか教頭先生か、どっちかはわからないけど予定が狂って、教頭先生がエサをあげているところに本郷さんが来ました。
教頭先生は焦りました。野良猫にエサをあげているところなんて見られたら大変。そこで、教頭先生は箒などを出して掃除用具入れの中に隠れることにしました。ところが、そのままやり過ごそうと思ったら本郷さんが掃除用具入れに近づいてくる。教頭先生はもう目撃者は倒しちゃえ、と思い掃除用具入れの扉にタックルして、本郷さんにぶつかります。で、大きな音がして、掃除用具入れは倒れました。ただ、直撃では本郷さんの命も危なかったでしょう。あれは青木君が持ち上げられないほど重いですから。大皿が、本郷さんの背中を守ったのではないでしょうか。しかし、それだと変な型が付く。それで、本堂さんは保健室に行きたがらなかったのではないかと思います。
本堂さんも、同じ猫好きの教頭先生のことを報告することは、考えなかったのでしょう」
私は口を閉じた。長く喋るのは少し苦手だ。
「おい、それじゃあ教頭先生は掃除用具入れの中から出られないじゃないか。僕たちは音が聞こえてすぐに行ったけど、教頭先生は後ろから来ただろ」
「ええ。でも、あの掃除用具入れはかなり簡単なつくりをしています。だから、底を無理やり蹴り飛ばすかして外し、外に出たんでしょう。美海、あのとき、どんな音がしましたか?
「あのとき? ドン、バンって……」
「はい。普通に倒れたら、音が二回もするはずがありません。しかも、微妙に音が違いました。二回目は、底を外した音なのでしょう」
「ふぅん。でもさぁ、教頭先生ってさぁ、わりと思ったことが表情に出るタイプだと思うの。だけど、あのとき、心の底から驚いたって顔してたよ? 由紀にゃんはあれが演技だっていうの? それともあたしの見間違いって?」
「あっ……」
そこまで考えてなかった。三人の視線が痛い。
「えっと、その、それは……教頭先生が自分がしたことに気付かなかったんじゃないでしょうか」
「どういうことだ?」
「だから、教頭先生は慌てて逃げたから、掃除用具入れで本堂さんを押しつぶしたと気付けなかった。それで、私たちに言われて、初めて自分のしたことに気が付き、とても慌てた……こんなところではないでしょうか?」
「あぁ、なるほど……それならできるね!」
美海が納得したように言った。
よかったぁ。そこまで考えてなかったから、本当に焦った。
「……でもそれじゃ、教頭先生以外が犯人かもしれない」
ずっと黙っていた瑠璃がボソッと言った。
なるほど。でもそれについては、考えている。
「ああ、教務の先生は、背が高すぎてきっと掃除用具入れの中には、かなり無理をしないと入れないと思います。で、校長先生は体重が重いので、入ったらすぐそこが抜けてしまうと思います」
「へぇ。安田先生は?」
「安田先生は、断食ダイエットの成果ですごく痩せています。あれじゃあ、掃除用具入れを倒せません。同じ理由で、他の生徒もありえません
これが、今の私が立てられる、一番説得力の高い仮説です」
「はぁ……」
「ほえぇ……」
私が言い終ると、青木君と美海が同時に声を漏らした。
瑠璃も、コクコクとうなずいている。
「ああ、そうだ。本当に頭が良いんだな」
「そんな……って、教頭先生!?」
さっきみたいに、気が付いたら教頭先生が後ろに立っていた。
今の教頭先生は苦笑いというか、観念したような顔をしている。
「まったく樋井さんの言うとおりだよ。あのとき、初めて本堂さんを倒してしまったことに気が付いたんだ。本当に、申し訳ないと思っている」
教頭先生は頭を下げた。
「教頭先生……」
美海が、拳を震わせている。
「美海、落ち着いて」
「そうだよね、事故なんだもんね。でも、美百合に傷をつけたのも事実よ。美百合に謝って頂戴。あの子は優しいから、きっと誰にも言わないわ」
美海は教頭先生に背を向けて言った。
「お姉ちゃん」
「美百合!」
後ろから、保冷剤を持った本堂さんに声をかけられた。
「気にしてないよ、私は。心配してくれてありがと」
本堂さんは少し笑って言った。
「本当に、申し訳ないと思っている。どうか、許してくれ」
教頭先生はまた、深く頭を下げた。
いつのまにか、最終下校時刻をとうに過ぎていて、午後6時半になっていた。
私は、美海と瑠璃と、青木君と一緒に門を出る。
「それにしても、樋井は本当に何でもお見通しだなぁ。なんか怖いぞ」
青木君が茶化すようにそう言う。
「もう由紀は昔からこんなのだからね。慣れたらそれほどでもないよ」
美海は下を向きながら言った。
「ああ、それと樋井、この前はすまなかった」
「え? 何?」
青木君にいきなり謝られる。
別に、謝られるようなことをされた覚えはないが。
「この前、馬鹿にしたことだ」
「それなら、全く気にしてません」
とは言いつつも、ちょっと気にしていたので視線がさまよっていた気がする。
「まあ、気にしてないならいい。これからもよろしくな」
「は、はい……?」
えーっと、意外と青木君っていい人なのかな?
うん、多分いい人なんだ。
「本当に、名探偵って感じだよなぁ、樋井は」
「えへっ、そんなことはないです」
これはちょっと嬉しかった。
「でも、まあ、こういうのは鈴原とか大原がやったら絵になるんじゃないか?」
「……は?」
前言撤回。やっぱり青木君は最低です。