2. 目撃者は猫?(問題編、3)
「ねぇ、由紀にゃん、何に気づいたの?」
「大したことじゃないです」
美海が二つくくりにした髪を揺らしながら、近くの壁にもたれかかる。
「そうだ、ちょっと聞きたいことがあるんですけど、本堂美百合さんって人から恨みを買うタイプですか?」
私は美海に聞いてみた。
「んー? すっごい買うタイプだよー。猫好きだし」
……そうですか。まあ、美海を姉と慕うくらいだし……
「たとえば、こーちょーせんせいにこの前怒られていたよ」
「本当ですか!?」
私はつい、身を乗り出してしまった。
「えっとねぇ、野良猫に対する注意の呼びかけがあった翌日、校長室に直訴しに行ったみたい」
「……マジですか?」
「ほかには、教務の先生に怒られてたなぁ」
「どうしてですか?」
「んっとぉ、廊下にね、勝手にポスター貼ったみたい」
「……へぇ」
「それから、美百合の担任の先生。安田先生だったっけ? あの人も、この前怒ってたよー」
「そう」
「なんでも、授業を一時間潰してケンカしたんだって」
「ふーん……」
なんというか……元気な子だ。
「でも、友達は多いよ。みんなの中心って感じ」
「へぇ」
美海と似たような子、ってことか。
「美海、由紀」
瑠璃に、後ろから声をかけられた。
「瑠璃! ……と、青木君……」
振り向くと、青木君もいる。
「なんだよ、僕がいたら悪いか!」
「うん、悪い」
美海があっけらかんと言った。
「二人とも、何してたの?」
「本堂さん、見に行った」
瑠璃がそう言った。
「元気だった?」
今度は青木君が答える。
「元気なのは元気だが、保健室に行きたくないと言い張っている」
保健室に行きたくないということは、人に見られたくない傷でもあるのかな?
「ねぇ、由紀にゃん、分かってることがあるなら、言ってよ」
「うーん、ちょっと待ってください」
私は掃除用具入れをジーっと観察する。
高さは約一メートル五十センチ。縦約三十センチ、横約三十センチ。
青木君が持ち上げられなかったから、見た目以上の重さがあるだろう。美海は別だ。
でも、ステンレスの板を繋げているだけで、簡単に壊せそう。
「ちょっと、職員室行くから、ついてきてくれませんか?」
「行く行く!」
「……行く」
「仕方ない、ついていってやろう」
上から、私、美海、瑠璃、青木君。
誰か一人で良かったが、全員が来ることになった。
☆
「失礼しまーす」
そんな訳で、私たちは職員室に入る。
入る口実は、校長先生と教頭先生に本堂さんの容態をつたえに来る、だ。
「校長先生、教頭先生、いらっしゃいますか?」
「はい、どうかしたか?」
教頭先生が出てきた。
「本堂さんの容態をつたえに来ました」
「分かった、校長室にきてくれ」
「はい」
ぞろぞろと校長室に入る。
「校長室って、緊張しないか?」
青木君が小声で訊いてきた。
「うーん、二回目だし、そんなに緊張しませんね」
これは私。訳あって、一度校長室に入ったことがある。
「別にぃ。というか、なんで緊張するの?」
美海が言う。
「うちも、緊張しない」
瑠璃そう言った。
「もういい、お前らに訊いた僕が間違っていた」
青木君が拗ねたように言った。
そんな会話が聞こえていたのか、教頭先生が笑って言う。
「そんなに気を張らなくてもいいよ」
教頭先生が校長室のドアを開けた。
「さ、入って」
そう言われたので、私、瑠璃、美海、青木君の順番で校長室に入る。
「校長先生、連れて来ました」
「ああ、本堂さんはどうだったか?」
校長先生は、身長は私よりも低いのに、体重は確実に二倍以上ある。
後ろにいるノッポでひょろひょろな教務の先生と、中肉中背な教頭先生と並ぶと、漫才トリオみたいだ。
もちろん言わないけど。
「はい、本堂さんは元気でした。ですが、保健室に行きたくないらしいです」
「そうか。ありがとう。帰っていいぞ」
「はい。失礼しました」
私はそう言って、校長室を出る。
瑠璃、美海、青木君、教頭先生、教務の先生も出てきた。
「本当にありがとうな、君たち」
教頭先生が私たち言う。
「ううんー、美百合は友達だし」
美海が首を振りながらいった。
「そうか。それならいい。じゃあ」
「待ってください、教頭先生」
私は教頭先生を呼び止める。
「何かあったか?」
「大したことではないです。教頭先生、猫、好きですよね」
「な、なんで……」
教頭先生が驚いた顔をする。ビンゴだ。
「いえ、別に。すみませんでした」
「あ、ああ」
教頭先生は早足で去って行った。
私は、瑠璃、美海、青木君の方向に向いて言う。
「次、四年三組に行きたいんですけど……」
「りょーかい。ついていくよ!」
「ありがとうございます」
みんな着いてきてくれる。
「それにしても、怪しい人、いっぱいいるよねぇ。近くにいたきょーとーせんせーも怪しいけど、隠れていて大騒ぎのうちに逃げることもできたし。それに、みんなの表情が、演技に見えないんだよねー」
美海が腕組みしてそう言うと、青木君が反応した。
「僕もそう思っていた。心の底から驚いている、という感じだったな」
「うーん、難しいねー。というか、青木君は来なくても良かったのに」
「おい、酷いぞ、大原!」
そんな雑談をしているうちに、四年三組についた。
「失礼します、本堂さんはいらっしゃいますか?」
「うん、いるよ。入って」
四年生の女の子が私たちに向かって手招きする。
四年三組の中には、放課後なのにかなりの人が残っていた。
「美百合ー! 来たよー」
美海が元気に言う。
ちなみに、美海は四年の中にいても違和感はない。
「あ、お姉ちゃん……と、お友達」
「大丈夫?」
「うん、大丈夫」
本堂さんは少し怯えたような顔をしている。
「あら、六年生の方ね?」
「安田先生」
四年三組の担任、安田先生が来た。
安田先生は……自称三十五歳。ただし厚化粧で、去年の安田先生のクラスでも、三十五歳と言っていたらしい。
とても痩せている。断食ダイエットの効果らしいが、痩せすぎだ。
「わざわざありがとう。もう帰っていいわよ。忙しいんでしょう、ほら!」
と、安田先生は言ったけど、目は早く帰れといっている。あと、安田先生は怖い。
私たちは早々に退散することにした。
☆
「ねぇ由紀にゃん」
四年三組を出ると、美海が珍しく真剣な顔をした。
「もう分かってるんでしょ、犯人」
……最近、美海の勘が鋭くなっていて困る。
「教えてよ。あたし、本当に美百合をのこと、心配しているんだよ」
「僕からも頼む、樋井!」
「うちも」
……三人に言われたら仕方ない。
「じゃあ……これから言うことは憶測ですから、報復とかにいっちゃダメですよ。特に美海と青木君」
正義感の強い二人に釘を差してから、私はゆっくりと階段を降りる。
「どこに行くの!?」
「事件現場、ってね」
やっと問題編終わりです。
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