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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

魔性の勇者シリーズ

後宮

作者: エディ

 この話は「魔剣の勇者/血色の魔女」の13回のあとがきとして執筆されたものです。

 そのため、「魔剣の勇者/血色の魔女」の13回までを読まれていない場合、大変理解しにくいものです。


 また、本物語は「魔剣の勇者/血色の魔女」に直接関係する物語ではありません。


本編のURL:

http://ncode.syosetu.com/n3680be/

 ――女にはね、毒があるの。


 アースガルツ帝国宰相たる私は、鏡に映る自分の姿を見て満足していた。普段する女としての化粧でははない。男のようにきりりと目元を引き立たせ、輪郭を鋭く強調させる。

 女は化粧によって化けるもの。

 その言葉の通り、いま目の前にある私の姿は、嫣然とした美貌の女性のものではなく、きりりと引き締まった男を思わせる、強さが滲み出していた。普段は腰にまで届いている髪を後ろで縛って、一本に垂らして男のように見せる。もともとの私の美貌があってこそのものだが、それにしても美しい。

 微かに微笑を浮かべてみる。普段の私であれば、それが大輪の薔薇のように私を彩る。でも、いま鏡に映っている私には、それがとても似合わない。

 ただの、ありふれた軟弱な男の様になってしまう。

 でも、代わりに引き締めた表情をすると、目の前の男は途端に鋭くなる。特に、瞳に宿した瞳には、その奥深くに獣を思わせる強さ。私の一面を強く宿した野望の一端が、そこには覗いているようだ。

 私は、立ちあがると、背筋を伸ばし、大股で歩く。

「ふむ、上出来ね・・・いや、上出来だ」

 音色を低くする。男というには少し声に強さが足りないだろうか。それでも、十分に満足していいだろう。

 そう判断し、私は歩み始めた。


 アースガルツ帝国の偉大なる大帝グランディート。

 わずか一代で大陸に冠する帝国を気づきあげた人物である。大陸の覇者足らんとするこの帝王にしても、多くの帝王の例に漏れず美しい寵姫たちを囲う後宮を有していた。

 その数は200人を超える。

 どれも珠のように美しい珠玉の美女が揃っており、愚かな男が見れば、そこを理想の園と勘違いするだろう。

 しかし、現実は甘くない。

 寵姫の多くは皇帝の体に触れることさえもかなわずに、女としての幸福を掴むことなど叶わない。後宮であるがために、男の体を求めることもかなわず、一人身の寂しさと孤独に落ちひしがれ、嘆き続けるしかない。

 とはいえ、男子禁制の後宮とても≪元男≫は存在する。男としての機能を切り落とされた宦官だ。寵姫たちの世話役として後宮にいる彼らには、男としての欲求が完全に欠落してしているため、目の前にいる珠のような美女たちを前にしても、目がくらむことがない。それでも、時たま例外になる宦官もいて、寂しさにうちひしがれた寵姫と、密かに体を結ばせて情事を行っている。

 いや、情事のまねごとをしている。

 肝心なものが付いていない男だから、男の側はたいして興奮することがなく、女の側も、男の一物がないことで、互いの体の熱い温もりを感じながらも、体の芯に届く強い情愛をまるで感じることができない。

 子がなされることもあり得ない。

 まさに、ただのまねごとに過ぎない。

 それでも、寵姫たちのなかには、運よく皇帝に見染められるものもいる。

 皇帝に見染められ、女として皇帝と愛を交わす。女としてのわびしい境遇から抜け出し、女としての喜びを得る。しかし、皇帝と愛を交わす女は一人だけではないのだ。

 皇帝の愛を得た女たちは、後宮に幾人もいるのだから互いに妬みあい、皇帝の愛を一身に受けようと醜く争い合う。その争いは時として、相手を密かに毒殺してしまうほど、女の感情を歪ませる。

 そんな後宮のなかへと私は足を踏み入れた。

 男であれば立ち入ることのかなわぬ世界であるが、私は女である。凛々しいたち振る舞いのまま、男装の麗人を装う私が後宮内を歩くと、後宮に住まう、何人もの美女たちが私へと視線を注いできた。

 皆、一様にその頬を染め、私に向かって黄色の声をあげている。

 ――相変わらず、男に飢えてるのね。

 私は美女たちの視線に呆れながらも、すぐにその考えを消し去る。考えていることは顔に現れてしまうものだ。顔に、どのような侮蔑も現さずにいることが、私の地位では非常に重要な技術なのだ。

 私は、美女とすれ違うたびに、片目をつぶってウインクを浮かべ、微かに微笑を浮かべて見せる。

 その途端、頬を赤く染めて、爛々と私を美女たちが見る。

 そんな美女たちの相手をしつつ、私は後宮のあるじたる皇后のもとへ赴いた。

 皇后は薄緑色の髪に、エメラルドの宝玉を思わせる美しい目をしている。大帝国の皇帝の妻としての威厳をたたえた強い輝きの目。しかし、それは美しくとも、鉱物のように冷たい硬質の美しさ。

 昔日は夜空に浮かぶ月のように美しかった。だが、その美しさは、誰にとっても近寄りがたいもので、触れてしまえば切られてしまいそうな凍てつく氷の美貌。見ているだけならばただ美しい存在だが、何人が触れることも許さぬ茨の美貌の持ち主。

 そのような凍てつく冷たさを持つ女を、皇帝は皇后として迎えたのだ。

 皇帝以外には、決して触れることがかなわず、はるか頭上に君臨する女帝。

 しかし、時というものはどのような人間にも等しく老いをもたらす。かつての氷の美貌も、いまでは冷たさのみを残して、老いた体となっている。すでに齢60を重ねた体に、かつての月を思わせる美しさはなかった。

 ただ、氷の冷たさのみが残った、美女の残滓。

「お久しゅう、皇后陛下」

 その老いた皇后の前に現れた私は、皇后に跪く。彼女は無言で手を差し出しは、手に軽い口付けをした。

「クレスティア宰相、久しいですね」

「はい、皇后陛下」

 皇室の瞳にはどのような色も浮かべぬ皇后。ただしその視線は私の相貌を黙ってとらえ続ける。私も、黙って皇后の視線を受け止めた。

 そのまま、しばしの沈黙。

 沈黙の中、やがてそれに耐えかねるかのように、皇妃に仕える侍女が微かに物音をたてた。それを合図に、私は立ちあがる。

「お茶を用意させましょう。むろん、付き合っていただけるでしょうね?」

「無論です」

「ならばよい。前回は、公務の多忙を理由に、この場から抜け出したな」

「皇后陛下にも担われる責務がございますよう。それと同じく、私にも帝国宰相としての責務がございます。お叱りにならないでいただきたい」

 私はニヒルに笑った。

 皇后は口元を僅かに動かす。何かに耐えるような。しかし、表面的には、それ以上の感情をあらわにしない。

 そんな彼女の姿に、私は内心で笑った。

 ――可愛い子だよ。私の愛おしい姫君。

 私たちは、互いに向き合う席に座り、そこに侍女がお茶とお菓子を持って現れる。

 頭を垂れながら、うやうやしくお茶を並べていく侍女は、その視線をちらりと私の顔に向けた。

「アイニー、変わらず元気かい?」

「は、はい。クレスティア様」

 侍女のアイニー。彼女の顔はすぐさま赤く染まり、目を潤ませて、私から目を外す。

 照れているのだ。

「コホン」

 そんな私たちに皇后が僅かに咳払いをする。

 侍女のアイニーは、慌てて頭を深く垂れ、その場から逃げだすようにして退出した。そんな彼女が部屋から出ていく様を私は見続け、最後に手を振って見送る。

 それから、皇后へと視線を戻した。

「皇后陛下、私たちに焼いておいでで?」

「・・・」

 私は挑発的な顔になり、皇后の顔をじっと眺める。すると今まで硬質な瞳にどのような感情も浮かべることのなかった皇后の瞳が、一瞬だけゆらりと揺れた。

「あなたのような不埒な人は、私は見たことがない」

「そうかい。でも、僕たちは知り合って10年以上も立つだろう」

 私は足を組み、カップに注がれた紅茶を口にする。ずいぶんと気取った態度を取っているが、これは皇后の前で臣下がとるべき態度ではない。普通ならば、即刻後宮から叩きだされても文句がない所業だ。

 しかし、皇后は私の非礼な態度わとがめることなく、行き場のない感情をごまかすかのように、目の前のカップを手に取ろうとした。その手を、私の片手が捕まえる。

「君は自らの体を恥じなくていいんだよ。その手に刻まれているのは、君が生きてきた年月を象徴するものだ。君の生きてきた辛さも、悲しさも、喜びも刻まれている体。とても美しい」

 ――スッ

 私が掴んだ手を、皇后は怖がるように引いた。

 怖がっているのだ、彼女は、とても、怖がっている。

 何を?

 それは、自らの年齢のことを。そして、私に対する思いを。

 彼女は怯えるような目で、私を見てきた。でも、私はそんな彼女に顔を近づけ、

 ――チュッ

 唇にキスをした。

 その瞬間、皇后の瞳に涙が輝いた。

「陛下は、老いた私のことなど、もう忘れられたのです。でも、あなたは違う。こんな老いた私にも、優しくしてくれる」

「君の辛さを語っておくれ。ほんの少しでも、君の辛い心を抱きしめてあげるから」

 そうして、私は皇后の体に両手を回して抱きしめた。

 年老い、やせ細った体はまるで枯れ木のようだ。強く抱きしめてしまえば、その瞬間に思わず折れてしまいそうな弱さ。私の腕の中で、皇后はブルブルと震えて、私にすがりついてきた。

「陛下が、陛下が恋しい。かつて私に振り注いでくれた、あの頃の愛はどこにいってしまったのだ」

 悲しみを口にする彼女の頭を、私は何度も何度も、優しく撫で続けた。

 皇后ではなく、年老いた哀れな一人の女性として。


 それから数時間後、後宮を後にした私は袖に残る匂いを嗅いだ。皇后が使っていた花の香りがする香水の匂い。

 それを楽しみ、それから口をグイッと片手で乱暴にぬぐった。その手で後ろ髪を束ねていた結び目を紐解く。その動作自体が、皇后との逢瀬のごとき時間を、皇宮内部での全ての記憶を、全てかなぐり捨てさせた。

 そして、野望に包まれた私の瞳は鋭くなる。

 ――女には毒がある。

 後宮にいる女たちが、私のことを女性だと見た瞬間、それは皇帝の傍に仕える私の姿を、敵としてみることだろう。そうなれば、女たちが、皇帝の耳に何を吹き込むか知れたものではない。

 それは、私にとって望むべきものではない。

 女の嫉妬というものは、際限がなく、おまけに激情の赴くままに向かってくるので、とてつもなく厄介なものだ。私だって、それで男を・・・まあ、昔はいろいろとあったのだ。

 だからこそ、私は彼女たちの前で、わざわざ男装までして望む。そして、彼女たちの心を掴み取る。

「女にはね、毒があるの。敵に回せば恐ろしい。とてつもなくね」

 ――だから、敵にならないようにする。

 私は後宮での出来事の一切を消去し、城の中を歩き始めた。

 自らの野望に彩られた鋭い視線が和らぎ、穏やかに微笑を浮かべる。

 皆さま、はじめまして、お久しぶりです、こんにちわ。

 エディでございます。


 さて、本物語「後宮」は、当初「魔剣の勇者/血色の魔女」の13回のあとがきとして執筆されるはずでした。

 が、

 いざ書き始めると、お色気シーンは(ほぼ)存在しないものの、≪年齢制限級≫の問題がゴロゴロと出現しました。

 せめて、若い美女同士ならイメージ的に美しく見えるものの、そんな希望を見事に打ち砕く、ハードブレイク仕様(t□t)



 い、いかん、これを本編(魔剣の勇者/血色の魔女)のあとがきに載せてしまっては、確実にいろんな意味で大問題になってしまう。

 そんな制作者の良心のもと、別枠として≪後悔≫されました。

(あれ、おかしいな誤字だけど、誤字じゃない気がする)


 ちなみに、本編中の時間軸でいくと、物語が始まる以前の話です。

 いつもの例にもれず、今回も宰相閣下が活躍してくれました。

 本編でも、外伝でも、主役なんて目じゃない活躍ぶりです!

 やはり、主役は確実にクレスティアさんですね!

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