被害妄想
恐ろしい。
恐ろしくてたまらないのです。
学校に行かなくなってから一ヶ月ほど経っただろうかという六月下旬。
私は自分のベッドの上でそう呟いていました。
エアコンがよく効いた涼しい自室のベッドは部屋から出るために必要な気力を奪っている気がします。
私の部屋のエアコンは古いものなので涼しい空気と共に五月蝿い音も出しています。
私がもう少し幼い時のこの時期ではエアコンなど使わなくても扇風機だけで充分な涼しさを得ることができました。
しかし今ではエアコンを使わなければ命の危機に瀕してしまうような暑さです。
地球温暖化の影響でしょう。
どうにか止めなければならないのでしょうが、今私が使っているエアコンからも地球温暖化の原因となるものが冷風と音と共に出ているという話です。
いえ、私が恐れているのはこのような地球温暖化などの問題ではないのです。
私は高校一年生という立場なのですが、先ほど申し上げた通りここ一ヶ月ほど登校していないのです。
歪みのようなものは最初の四月で感じていました。
あの教室の異様とも感じられるような空気感というものでしょうか。
そういったものを感じました。
なぜそのようなことになっているのか私には皆目見当もつきませんでした。
しかし教室にいる間は蛇に睨まれているような過ごしにくさがありました。
私は蛇に恐怖し余裕がなくなってしまいました。
余裕がない私には友人を作る余裕もなく蛇のいる教室では1人で過ごすことが多くなりました。
だんだんと学校に行くことが憂鬱になったことを隠すつもりはありません。
日が経つにつれ学校に向かうこの身体は重く鉛のようになっていきました。
ことが起こったのは五月の下旬のことです。
私は体調を壊し学校を休んでしまいました。
最初は一日休めば良くなるものだと思っていたのですが思いの外続いてしまい丸々一週間学校を休みました。
一日休むごとに学校のことが恐ろしく感じられるようになりました。
私は病をつくりました。
いわゆる仮病というものです。
しかし私の仮病はただの仮病ではありません。
実際に熱を出してみせました。
私にも理由はわかりませんでした。
神様というものが私に救いを与えてくださったのかもしれないと考えた程度で深くは考えませんでした。
母は私を病院に連れていきました。
お医者様は私に様々な検査を受けさせた後、すぐに結果がわかる検査では異常は見られなかったこと、三日後に詳しい検査の結果がわかるから三日後にまた来ること、抗生物質を出しておくことを伝えてくださいました。
三日後、先生の言いつけ通り病院に行きました。
熱は下がりませんでした。
当然学校には行っていません。
お医者様は私に二枚の小さな紙を渡しました。
それは調査の結果でした。
私がその紙について分かったことはそのくらいでした。
その紙にはいくつかのアルファベットと数値が載っていました。
私にはそれが何を示しているのかさっぱりわかりませんでした。
それを見かねたお医者様は私に
「それは血液検査の結果なんだがね、異常はないね。その下の紙はPCR検査の結果だね、これも異常ない」
と説明してくださいました。
お医者様は顎を撫でながら思案していました。
「念の為自律神経の検査をしておこう」
私は看護師さんの案内のもと心電図検査を受けました。
結果は思ったよりも早く出ました。
お医者様は自律神経の乱れと診断なさいました。
数値が低下しているというようなこともおっしゃっていましたが私には理解できませんでした。
私は無知蒙昧で無学な童だからです。
先生は漢方薬を一ヶ月分出してくださいました。
無学な私でも学を得る方法はいくつかあります。
私は家に帰り自律神経について調べてみました。
自律神経の数値が低いというのはストレスに対する回復力が少なくなっていることだと出てきました。
そこで私は合点がいきました。
教室のあの蛇がするりするりと地を這いながら私に近づき、自律神経を食ってしまったのだと考えたのです。
私は、あの蛇が怖い。
恐ろしい蛇でございます。
しかしその蛇も私の部屋には来ません。
ここはやつの縄張りではないのでしょう。
縄張りではないところまで私を食べにくるほど暇ではないように思われました。
あのクラスには私以外にも三十と六人ほどの食料がいるのですから。
そういえば私のクラスメイトはどうなっているのでしょうか。
蛇に食い殺されているのでしょうか。
もしそうなら申し訳ねないことをしたように思ってしまいます。
いくら一人で過ごしていたとはいえど一度は会話を交わしたのですから、友情はなくとも死んだとなれば情も湧きます。
あゝ本当に申し訳ないことをした。
私が友でもないあんなやつらのためにも動くことができる聖人君子だったら救うこともできたかもしれない。
今からでも間に合うかもしれないが動く気にはなれない。
なぜなら私は、聖人君子ではないのだから。
あゝ私が聖人君子だったなら。
しかし奴らも悪い。
あの蛇にも気づかない間抜けだからです。
間抜けだから死ぬのです。
私のように賢ければ、私のように生きながらえることもできたというのに。
きっと奴らは死んだでしょう。
間抜けなのだから死んだでしょう。
あの教室は現代では廃れかけている弱肉強食の世界を再現しているかのような空間なのでしょう。
あゝいくら間抜けで弱者側の人間だからと言っても死んだとなったら葬式の一つにでも出てやるべきでしょうか。
『ぴろん』
……おや?
スマホが鳴りました。
珍しいこともあるものです。
誰でしょうか。
高校の人間がLINEしてくるわけがありません。
中学時代の友人でしょうか。
公式LINEは通知をオフにしていたはずです。
私はスマホの画面を覗き込むました。
『明日の宿題って誰かわかる?』
それはクラスメイトから送られたものでした。
クラスLINE。
私が抜け忘れた、いいえ、抜けるのが怖かったクラスLINEからの通知。
それを認識した瞬間、それは現れました。
蛇です。
大きな蛇が私の部屋の地面を這っていたのです。
私の自律神経を食らった蛇に違いない。
食われる。
私はそう思い両の腕を前に突き出しました。
しかし蛇はその突き出した腕に巻きつきました。
冷たく気持ち悪い感覚が全身に広がります。
蛇はゆっくりと私の身体を登り、そして遂には首を締め始めました。
苦しい、気持ち悪い、嫌だ、吐き気がする。
けど誰も助けてになんてこない。
見ようともしない。
あゝ、これは、
あの教室と同じ……




