再会した四人
鳳四魂神社の境内は、今日はやけに静かだった。SNSであんなにバズってたので数日は人が多いかと思っていたけれど、日曜日なのに何だか静かで重々しい雰囲気をまとっている。
風に揺れる木々の音と、砂利を踏む自分の足音だけがやけに大きく聞こえた。
「ここって、こんなに神聖な場所だったっけ…」
広い敷地に無数に広がる砂利と木々の数々。鳥居や灯篭も綺麗に手入れされていて、所々にあるキツネの置物が妙に「それらしい」雰囲気を醸し出している。
「キツネやのに、お稲荷さんじゃないんや。」
ひかりがそんな事をポツリと呟くと、本殿の障子が少しだけ開いているのが見えた。
「……あれ?」
──本殿奥の方で畳の上に正座する三人の後ろ姿。真っ黒で綺麗なロングヘアと、それとは対照的な黒髪の活発そうな雰囲気のあるショートヘア。そして丁寧にまかれた暗めの茶髪。
──その三人の前にはすっかり見慣れた白髪の神主、そして着物姿の女性が見えた。
「……誰も約束なんてしてないのに、まさかの集合?」
思わずそんな事を言いながら、靴を脱ぐと一番早くに物音に気付いた、えまが振り返り小さく顎を引いた。
「遅かったわね」
「いや、この状況で遅いも早いも無いと思うけど…」
「青いの。中へ入りなはれ。」
「だから、私は❝星野ひかり❞だって」
神主──そして年相応のデリカシーの無さを持つ鳳源蔵が、にこやかに手招きする。
促されるまま本殿の奥へ進むと、畳の中央には小さな漆の盆が四つ並べられていた。
湯気の立つ抹茶椀と、紅葉の形をした主菓子。
「え、なにこれ。ちゃんとしたやつやん……」
「昨日はバタバタしすぎとったからな。今日は、ちゃんと話そう思ってな。昔から、ゆっくり話したい時は茶で人をもてなすというルールがあるんや。」
ひかりも見様見真似で正座して、恐る恐る抹茶を受け取る。
みおは、ひかりの不慣れな手つきを見ると可憐な笑顔で「正面を少しズラして飲むんです。何回時計回りに回さないといけない、なんていう決まりはありませんよ」と優しく教えてくれた。
りんは「苦いけどね…」と小声で呟き、えまは無言で懐紙の上に置かれている主菓子を半分に割った。
ズッ、という静かでどこか聞き慣れた茶を啜る音を聞いた源蔵は、ウンウンと小さく数度頷くと。一息置いてから口を開く。
「ほな、昨日の続きや」
空気が、少しだけ張り詰めた。
私は茶碗を丁寧に置いてから、膝の上に両手を置く。こんな畏まった恰好で話を聞くなんて、きっと幼稚園ぶりくらいだろう。
「まずな。昨日あんたらが相手しとったアレ……」
源蔵は、言葉を選ぶように一度咳払いをした。
「一言で言えば、妖怪や」
「……妖怪?」
「いや、ちゃう。妖怪みたいなもんやけど、妖怪やない」
少しだけ声を落として、続けた。
「アレはな、前にも言うた通り❝怨念❞や」
その言葉に、みおが静かに息を呑む。
「じゃあ怨念って何や、と思うやろう?答えは簡単でな、人が溜め込んだ感情なんや。怒り、嫉妬、執着、後悔……行き場を失ったもんが、形になった残骸や」
「でも普通はそんなの誰でも持っていませんか?」
「賢いのお、みお。そうや、普通はな。でも普通じゃない……つまり、行き過ぎた感情を普通に自分の中に留めておいたり、友達やらと話し込んで忘れたり、そんな事を出来ずにモヤを溜めて、変な行動を起こす人や、無理な願いを神さんに頼んでくる人らもおる」
「じゃあ……悪い人の感情、ってことですか?」
みおの問いに、源蔵は首を振った。
「いいや、それはちょっと違う」
「感情に善も悪も関係ない。皆、持っとるモノなんやからな。正しいとか、間違っとるとか、そういう話やない」
「……ただ、溢れた感情?」
えまが、ぽつりと呟く。
「紫の美人さん、つまりはそういうことや」
源蔵は満足そうに頷いた。
「一霊四魂という言葉を知っとるか?」
「知ってるよ。人の魂には活動を司る荒魂、調和を司る和魂、幸福を担う幸魂、霊感や直感を担う奇魂っていう四つの魂があるんだよね。」
「それら四魂を直霊っていう一つの部分がコントロールしているんだよね。どれか一つが行き過ぎない様に。まあ、簡単に言うなれば良薬も毒となる、ってならない様に…」
「──青いの」
「ひかりね」
「……ひかり、おぬしなんでそんなに詳しく知っておる?」
「私、元々京都の伏見稲荷の近くで生まれたんだ。父親と小さい時によくお稲荷さんにお参り行ってたの。その時に色々と神主さんから教わっててさ。ちなみに、この一霊四魂の考えが、古神道の考えで、本来の神道と少し違うってのも知ってるよ」
「ほうか。じゃあ、お主は昨日見た❝怨念❞についてどう考える?」
「どうって──」
どうもこうも無い。いたって簡単な事だと、私は思う。
「人は皆、愛やら人と仲良くして生きていきたいやら色んな気持ちを持ってるの。でも、どれかが行き過ぎれば、何度も言う様にそれは毒となる。それが怨念の様な形で現れる…って事じゃないの?」
「……ひかりさん。その通りですよ」
もう既に飲み干した抹茶が入っていた茶碗と主菓子を置いていた懐紙の乗った盆を引きながらそう言ってくれたのは源蔵の奥さんだった。
「皆もひかりの言う事を理解できるか?」
「──まぁ、何となくだけどね」
りんがそういうと、少し満足そうに笑った源蔵は自らの茶を啜ると話を続けた。
「ほんでな、ビックリ仰天なんはここからや。こういうもんを❝処理❞しとる人間は、実はこの世界にようけおる」
「仲間がいるって事?」
「えま、仲間とはまた違うな。同士、かな」
「宗教も国も関係ない。キリスト教も、イスラム教も、仏教もな。ただ決まって、処理しとる人間はその宗教のトップや、神父さんや神主や坊さん」
「たまーに、人の感情をケアする仕事……例えば医師や教員なんかもいとるけど」
「でもね」
柔らかな声が源蔵の話を遮る。奥さんだった。
「この業は、代々男性だけが継いできたものでした」
四人の視線が集まる。
「女性に言うのもご法度とされている。まあ、ウチの主人はたまたま私が怨念を見えるタイプだったから、こうやって堂々としていますけど。つまり、感情を扱うのは、理屈が優先される。それなら男性だけでこの業を続けていこう、そんな考えが長く続いていたんです」
「……それが?」
ひかりが促す。
「女性が選ばれたなんて、聞いたことがありません」
一瞬の沈黙。
源蔵が、困ったように頭を掻いた。
「それにな、水晶や」
懐から、あの可愛らしい魔法少女系のアニメに出てきそうなハート型のコンパクトを取り出す。
「今まではな。浄化された水晶は、透明になったら……光になって消えとった」
「消える……?」
「せや。けどな」
コンパクトを開と、中には、確かに収まっている。
あの透明な水晶が──。
「こうやって残るなんて、初めてや。しかも何や、このけったいな入れ物は。ワシは昨日、本殿でこれを拾ったのにまさかこれに水晶が入っていくなんて。しかも、水晶は吸い込まれてしもうて、取れへんからのぉ。」
源蔵は、真剣な目で四人を見た。
「正直言うて、どういうことか、わしにも分からん」
だから、と言って、少し声を落とす。
「むやみに、誰にも聞けん」
「……秘密、ってこと?」
私が言うと、源蔵は強く頷いた。
「この業をしとる者達は各自秘密裏に世界中のネットワークで繋がっとる。だから聞こうと思ったら聞ける事は間違いない。だけど聞くまでもなく、こんな事は異例で誰も答えを出されへんと分かっとる」
「だからこれは、わしと嫁の敦子と……君ら四人だけの秘密や」
「ええ、この子たちに被害が及ばないとも考えられない。……しばらくはね」
本殿に、静かな沈黙が落ちた。
誰もが、後戻りできない場所に来たことを、なんとなく理解している事は明白だった。




