朝倉りん-20-
「りん、今日は家で食べるの?嬉しいわぁ」
母の声に、新聞を読んでいた父が顔を上げる。
「本間やで。りんは、課長の俺よりも毎日忙しいからな」
そんな仲睦まじい両親の会話が、リビングに自然と溶けていた。──昨夜の親友からのクラブの誘いは、珍しく断った。あの戦いのあと、どうしても行く気になれなかったからだ。
りんはトーストを齧りながら、ぼんやりとテレビを眺める。画面には、華やかなオーケストラ。一瞬だけ、胸の奥が昔を思い出して、わくわくと高鳴った。
「りん、もう一回楽器やってみたら?あんた、あんなに頑張ってたやんか」
その視線に気づいた母の優しい言葉に、静かに胸がドクッと音を立てる。
「えー、もういいよー。今は大学、それなりに楽しんでるし!」
りんは明るく笑って、ごまかした。
母はプロのピアニスト。父は有名楽器メーカーの役職者。父方の祖母は、お琴の先生。
そんな華麗なる音楽一家に生まれた私は小さい頃から当たり前の様にピアノ、ヴァイオリン、フルート等という一通りの楽器を習ってきた。
ヴァイオリンに関しては、中学二年のとき、日本大会で準優勝までいったこともある。
それでも──第一志望だった音楽大学には、見事に落ちた。
本音を言えば、受かると誰もが思っていたあの大学だ。
その現実を受け止めたくない私の中に浪人という選択肢はなかった。滑り止めで受けていた私立大学の経済学部へそのまま進学。そして二回生になる。
音楽を諦めきれない気持ちは、楽観的なふりと、コミュニケーション能力と、バイトと夜遊びで、必死に覆い隠している。
簡単に言えば──失敗に向き合うのが、怖いのだ。笑って友達とバカを言っているくらいが、ちょうどいい。
──そんな時だった。
ユーチューブのショート動画で流れてきた鳳四魂神社の映像。『悩みが消える』とか『誰でも気持ちがスカッとする』とか。
そんな軽い言葉に釣られて、ふらっと立ち寄った結果が……あれだ。
「これ食べたら、ちょっと外の空気吸いに行ってくるわ!」
今、スマホに付けているこのお守りに、どんな効力があるのかは分からない。けれど、少なくとも昨日、
いつもの私じゃない私になれたのも事実だった。
お守りに付いた水晶を、ぎゅっと握る。黒髪の綺麗なショートカットが、勢いで少し揺れた。
トーストを勢いよく口に放り込み、牛乳で流し込む。
スキニージーンズに黒のトップス。そこに、AZULで買ったヒョウ柄のエコファートップスを羽織る。
「また派手な格好だな」
「これくらいが、ちょうどええねんって」
「ギャルよ、お父さん。これがギャル」
──ギャルやったら金髪にしてるし、ネイルもしてるっつーの。なんていうそんなツッコミは心の中だけにしまって、りんは鼻で笑い、鍵を手に取った。
向かう先は、もちろん鳳四魂神社だ。




