大病院の怨念の正体【1】
「ひかり、遅いよ!」
「リン、ゴメンやん。って権蔵さん…起きて大丈夫なん?」
ナイキのスウェットに白色のUNIQLOのパーカー。スッピンで、おまけに歯しか磨いていない汚れの私が急いで、母親の働く『大阪市立総合メディカルセンター』に来た理由は一つだ。
──権蔵さんが入院した!というビックリなラインがリンから入っていたから。
「ひかりも来てくれたんか。クリスタルガールズ勢ぞろいやな」
「いやいや、住之江競艇消しなさいよ」
エマの真面目なツッコミ。当たり前だ。足にギブスを巻いて、住之江競艇をユーチューブで流している老人がどこの世界に居るっていうんだろう。しかも、一部屋5万円は乗る個室。
宗教税金無しというけれど、迷いなくこの個室に入るのだから…まあ、あえてそれ以上の言葉は言わないが、神やら仏やら信じる日本人らしさを一瞬忘れてしまいそうになる。
「オッ、三番がまくったな!?」
「オイ、ジジイ。消せよ」
「クソジジイが」
エマとリンのコンボに権蔵が明らかにしょんぼりした顔をすると奥さんの温子さんがハハッと小さく笑い、剝き終わったハッサクに砂糖をたっぷり落とし、タゥパーに入れてから私たちの前に置いた。
私はこの間セカストで買ったコーチのバッグを乱暴に椅子に置いて、一目散にハッサクめがけて小走りで駆け出す。でも…勿論、一番に手を付けたのは果物には目が無いゴン太だ。
「ん~おいしい!」
「あ、もう!砂糖が一番付いてるところ取ったでしょ!」
「ハハッ、ひかり。私のを食べて」
「ありがとう、ミオ」
どうやら、権蔵さんは昨夜未明、トイレに行こうとして階段を踏み外し、足首を骨折したらしい。二週間いかないくらいで退院は出来るそうだけど、この年齢で骨折となると、後からの方が大変だろうと、私の母親が先ほど電話で教えてくれた。
お母さんは急性で働く看護師なので、この階にはめったに来ない。この大病院に運ばれてくる緊急性の高い人を看護する。あ、ちなみにオペ看も出来る凄い人だ。
「本当、お年寄りなんやから気を付けんといけんよ」
「ひかり、お前も言葉を選ばんかい」
「いや、ばりばり選んでますやん」
「お年寄りって……」
「二階にもトイレ付けた方がいいんじゃないですか?私のお父さんに言って、安い工務店探してもらった方が。ほら、今回は権蔵さんやったから良いけど、これが温子さんやったら…」
ミオが涼しい顔してそんな事を言うもんだから、私たちは顔を見合わせてニヒヒと意地の悪い笑みを浮かべた。言われた温子さんもどこか嬉しそうだ。
「あのなァ、これには深い理由があるんや」
「何、前日飲み過ぎたとか?」
「アホ言え、リン!ワシは飲んどらん。」
「じゃあ何よ?」
「ひっさしぶりに不吉な予感がしたんや」
「不吉な予感?」
「ああ、なんていうか背筋がゾクーッてなって目ェ覚めて、末端がいきなり冷えてきて…。どうにもこうにもいかんような感覚に襲われての。それを尿意かと思って階段降りてトイレに行こうとしたら…。」
「落ちたん?」
「せや。だけど、落ちたというより足がもつれたに近かった」
「それ、重篤な病気じゃなくて?」
「アホッ!ワシはハイメディックを持ってるんや。ワシというより温子やがな」
ハイメディック……。それは、金持ちのみぞ知る魔法の言葉だ。このハイメディックという会員権を買えば、性能が高すぎる人間ドックを受ける事ができ、もし少しでも数値の可笑しいところがあればその分野のスペシャリストが居る大病院を紹介してくれる、優れもの。
病院での待ち時間は勿論、ゼロ。会計待ちもゼロ、薬も基本は院内処方をしてくれるし、何といっても専用の窓口で受け付けを済ませればコンシェルジュが一緒に付いて回ってくれる。
母親からも凄い人達がこの権を購入し、たまにこの病院にも来ている。という話を聞いていた。確か、一口350万円ほどする、高い買い物だけど、世の富裕層はこれを駆使しているらしい。
まさか温子さんがハイメディック会員とは──もしかすると、温子さんの方が権蔵さんよりも資産を持っているかもしれない。そんな事を考えて、少しだけニヤッとしてしまった。
「だから、ワシの体は間違いなく真っ白なんや」
「じゃあ、何が原因?まさか憑りつかれたとか言いたいん?」
「ワシはそのまさかや、思っとる」
背筋にサブイボが立ったのが分かった。思わず隣に居たゴン太を強く抱きしめる。




