ひかりのデート記念【7】
やがて、タクシーは私の家の前で静かに停まった。
「……送ってくれて、ありがとう」
「いいえ。……あ、ひかり」
降りようとした私の腕を、彼が優しく引き留める。
顔が、近い。あと数センチで唇が触れそうな距離で、彼が何かを囁こうとした、その時――。
「……ひかり?」
車の窓のすぐ外に、買い物袋を提げた母が呆然と立ち尽くしていた。
「えっ、お母さん!?」
私は弾かれたように隼人から離れ、ドアを開けた。
母の視線は、私の後ろ、車内に座る端正な顔立ちの青年――隼人に釘付けになっている。だけど、隼人はそんな母の視線を集めても少しも動じなかった。
彼は流れるような動作で車から降りると、完璧な角度で母に向かって一礼した。
「夜分に失礼いたします。ひかりさんを送り届けに参りました、光友隼人と申します」
街灯の下、彼の立ち姿はどこまでも育ちの良さを感じさせ、非の打ち所がない。
「あ、あら……ご丁寧に。ひかりがお世話になって……」
ていうかこれがピタピタのドレスだったら。ヒールだったら。香水の匂いが濃かったら。
──終わってた。
鈍い部分の有るお母さんでも、何のアルバイトをしているか勘付く事は間違いない。
私には今、運が付いているみたいだ。
「ひかりさんには、いつも助けられているんです。彼女のような素晴らしいお嬢さんに育てられたお母様にも、一度ご挨拶したかったので、お会いできて光栄です」
隼人は微笑み、母の目を見て言った。
母の顔が、目に見えて綻んでいくのがわかる。
「まあ……そんな。ちょっと、ひかり、こんな素敵な方がお友達ならもっと早く言ってくれればいいのに。あ、良かったらウチで夜ごはんでも…」
「お母さん、もういいから! 隼人!今日は本当にありがとう。また……!」
逃げるように母を促してマンションのエントランス内へと入る。振り返ると、隼人は私たちを見守る様にして、最後まで穏やかな笑みを浮かべて手を振っていた。
だけど不思議だ。その笑みはとても優しくて恰好良いのに…一瞬だけぞくっと私の背筋を凍らせた。
完璧な程の笑み、計算されているかの様な立ち回り──
光友家のおぼっちゃんだから、と言われればそうかもしれない。だけどそれだけじゃない、もっと隠された何かが潜んでいる様な気がしてならなかった。




