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ひかりのデート記念【4】


「……。」


 隼人は、ふっと視線を落とした。いつもの笑みは影を潜め、沈黙が、ほんの一瞬だけ長く引き延ばされる。


「それは……褒め言葉として受け取っていいのかな」


「うん。めちゃくちゃ褒めてる。」


 私が即答すると、彼は小さく呼気を吐き出し、ナプキンの端を指先でなぞった。


「毒素を浄化──そういわれるのは嬉しいよ。まあ、他人にこんな話をする事は無いけど、ひかりは別。実は俺。浄化って言葉、あんまり好きじゃないんだ」


「んっ?」


「いらないものを取り除く、っていうニュアンスが強いでしょ」

 

 さらりと放たれたその言葉が、妙に胸に突き刺さった。今まで怨念を浄化してきた私にとって、それは疑いようのない『正義』だったから。


「でもさ」


 彼は運ばれてきたステーキを切る前にフォークとナイフをテーブルに置き、射抜くような視線で私を捉えた。


「人の中にあるものに、本当に『いらないもの』なんてあるのかな」


 心臓が、跳ねる。


「怒り、嫉妬、後悔。それらは確かに周りを傷つけることもある。けれど――それこそが、その人が必死に生きてきた証拠そのものなんじゃないかな」


 レストランの喧騒が、急速に遠のいていく。


 窓の向こう、ジョーズのアトラクションが立てる水音だけが、かすかに鼓膜を叩いた。



「もし、それをすべて綺麗に削ぎ落としてしまったら、その人自身も、一緒に消えてしまう気がしてさ」



 隼人の声はあくまで穏やかだった。

 

 けれど、その響きにあるのは単なる慈愛ではない。強固な、あまりに強固な『思想』だ。


 なんとなく私の直感がそう教えてくれる。



「ひかりはどう思う?」


 問いかけに、すぐには言葉が見つからなかった。


 黒水晶を取り出し、浄化することこそが救いだと信じて疑わなかった私。勿論、クリスタルガールズ全員が怨念の感情を否定する事はない。あって普通の感情が暴走したものだと認識しているのだから。


 でも、確かに隼人の言うことも一理ある。──クリスタルゲートで見た剥き出しになっていたあの感情たちは、決して、無価値な泥なんかじゃなかった。



「……分からへん」


 私は、嘘をつけなかった。


「でも、少なからず私は自分の汚いと思える感情も消してるつもりはないよ。たまに逃げたくなる時はある。だけどそんな自分を理解して、受け入れる様にしてる」


 隼人は、わずかに目を細めた。


「うん。それは、ひかりらしいね」


 絶妙なタイミングで、白い磁器に盛られたスイーツが運ばれてきた。相当な値段がするはずなのに、今は味の想像がつかない。

 

 会話の余韻が、思考を占領していた。


「ねえ、ひかり」


「ん?」


「もしさ。誰かが『人間の感情は重すぎるから、もう少し軽く、扱いやすく整えた方がいい』って言い出したら……どう思う?」


 探るように投げかけられた問いに、彼は一瞬だけ口角を上げた。それはいつもの爽やかな笑みではなく、どこか酷薄ささえ孕んだ、大人の微笑。



「……ん~。優しいんだろうな、その人は。と思うよ」


「その心は?」


「その心、なんて無い。だけど優しさは時に残酷にもなると思う」


 真っすぐに隼人を見つめてそう言った私。すると隼人は一瞬、面食らった様な顔をしたけどいつもの優しそうな表情に戻った。


「ひかりは他の子とは別だよ。」


「何それ」


 背筋を、冷たい指でなぞられたような錯覚に陥った。

 

 隼人は、一体何者なんだろう?ただの御曹司?私を甘やかしてくれる居心地のいい存在?本当に、それだけなんだろうか。


 もしかして隼人も私側の人間なのかな──そんな事を考える。




「……怖い顔してるよ、ひかり」


「してない」


「してるって」


 彼は軽やかに笑い、水を一口含んだ。そして、先ほどまでの重苦しい空気を振り払うように言う。


「今日はもう、考えるのはやめ。せっかくのユニバなんだからさ」


「夜のパレードまで、たっぷり付き合ってよね」


 その笑顔は、あまりに完璧だった。



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