星野ひかり-19-
「……あー、だる」
昨夜は珍しくアフターの誘いがなく、キャバクラのバイトは早めに上がった。家に着いたのは午前二時頃だったと思う。
体が疲れていたのか、珍しくぐっすり眠ってしまい、目を覚ました時にはもう朝の九時。
案の定、看護学校は遅刻だ。
母親は夜勤で家にいなかったが、広めのリビングのテーブルには、いつも通り、用意してくれていたお弁当がぽつんと置かれていた。
本来なら今頃、校舎で同級生たちと一緒に、もうすぐ始まるはずのテストに追われている時間帯だ。
──母みたいになりたくて早い頃から看護師を目指していた私は、そこそこ名の通った看護専門学校に何の迷いもなく進学したはずだった。
それなのに、結果は留年決定。
合格したとき、泣きながら喜んでくれた母。シングルマザーなのに、きっとコツコツ貯めてくれていたんだろう。学費を、何事もなかったみたいに一括で払ってくれた。
──そんな人に、キャバクラのバイトに精を出し過ぎて、留年しました。なんて言えるはずがない。
そう思いながらもバイト代を飽きる事もせず、ブランド物のバッグや最新のコスメに溶かす日々を送っている。
我ながら、そのお陰で私のインスタは結構キラキラしていると思う。写真はブランド物か、高級ディナーか、旅行の投稿ばかり。
フォロワーだって、それなりにいる。
けれど、その画面の裏側は、虚無感でいっぱいだった。
「……変身とか、ピュリファイとか。書けたら絶対バズるのにな」
呟きながらスマホを手に取る。
でも、指は動かなかった。
大きくため息をついて、ベッドに倒れ込む。気を紛らわせるように、ネットショッピングのサイトを開いた。
──ディオールの新作バッグ、スナイデルのコラボ商品。はあ、とため息が出る位、どれも可愛い。
でも、なぜかどれも心に刺さらない。
ふと、数日前に見かけたSNSの投稿が頭をよぎった。
『鳳四魂神社、悩みが消えるからぜひ行ってほしい。あそこには神様がいるよ』
……机の上に置いてあるお守りに、視線が落ちる。
昨日、神社で拾ったそれだ。
そうだ、昨日、私はあの投稿を見て、四魂神社に足を踏み入れたのだ。何かに導かれる様にして……。
だけど、結局の所は今の自分を変える勇気なんてないのかもしれない。それでも、この澱んだ空気から一瞬でも逃げ出したくて、ひかりは重い腰を上げた。
胸元まであるアッシュの髪を、可愛いゴムでひとつにまとめる。
椅子にかけてあったディオールのセーターを羽織り、急いでブーツカットのデニムを履いた。
メイクはしていない。
けれど、まつげパーマも眉アートもしている。色付きリップを塗るくらいで、外に出られる顔にはなる。
そんなことを考えながら、自転車の鍵を手に取って、玄関の扉を、勢いよく開けた。




