クリスタルゲート発動【3】
黒い靄が、床を這うように広がった。次の瞬間、影が弾け、人の腕に似たそれが、四方から同時に襲いかかってきた。
「リン、危ない!」
ひかりの声とほぼ同時に、床を蹴る。
「アクアサファイア!」
宙に高く飛んだ私と対称的に、私を守る様に地面に降り立ち果敢にステッキを怨念目掛けて振りかざしたひかりの技が水が奔流となって前方に展開され、影の一部を弾き飛ばす。
だが、完全には消えないみたいだ。
靄は水を吸うように絡みつき、重さを増して迫ってくる。
「ありがとう」
「大丈夫?もう、いきなり無理しすぎよ!」
「足止め程度だけど……!ハーモニーブロッサム!」
ミオが一歩下がり、ステッキを構え直すと淡い花弁が何千何万と空を舞い、空間に柔らかな層を作る。
怨念の動きが、わずかに鈍った。
その隙を、リンが逃さない。
床を踏み切り、一気に距離を詰める。そして、わが身を守る様にして再び飛んでくる影をステッキを振りかざしながら避け、核心部分へと少しでも近づく様に前方へ駆け出す。
「……悔しくて良いのよ!今まで出来る物が出来なくなって、絶望しない人なんかいない!」
「好きは好きのままでいいのよ!簡単に嫌いになれたら苦労なんてしない!」
「でもッ──」
──私も、きっとそうなんだ。
今まで当たり前の様に誰からも褒められていたものが、突然評価されなくなり、落胆した。悲しんだ。そして、悲しみから避ける様に逃げ出した。
でも、好きな物は好きなんだ。
『思う様な評価を受けれなかった』とか『できなくなった』とか、そんなと理由で心の底から愛し、人生を賭けたモノを嫌いになれるなら最初から好きになんてなったりしない。
私の一瞬の戸惑いを突くかの様に、心臓めがけて飛んでくる影の大群。思わずギュッと目をつぶると、聞き慣れた少し低く、落ち着いた声が耳に入る。
「しゃんとしな、リン!アメジストシャドウ!」
「……エマッ…!」
紫の影がまるで鎖の様に為し、地を這い、怨念の動きを縫い止める。
「………だけど」
「……だけど!!誰かに自分の人生を背負わしたところで、貴方の苦痛なんてきっと一生、晴れる事はないよ!自分の人生は、きっと自分でケツ拭くまでは終わらない!」
「イケッ…!シャイントパーズ!!」
まばゆいほどの光が身体を包み、リンの輪郭が一瞬、形を失う。そして、影の攻撃をすり抜けるようにして懐へ入り込むと怨念が苦しそうな声を上げ、激しく動き出した。
「みんな、いこう!今しかない!」
私の声に共鳴するかの様に、四人でステッキを重ね合わせると、ステッキ先端の水晶から各々のカラーとも云える綺麗な光が天めがけてまるで虹の様にして一点に収束する。
躊躇はない。迷いもない。
私たちにあるのは、この怨念が持つものへの『核心』だけだ。
「安まりなさい!」
「「──ピュリファイ!!」」
水が持ち上げ、花が導き、鎖が弾け、光が照らし、影が拘束する。
黒水晶が、宙に引き抜かれた。怨念の輪郭が確かに目の前で崩れてゆく。
ゆっくりと透明に変わっていった水晶はコンパクトの中へ納まると、さきほどまでの張り詰めた空気が嘘の様に体育館に、静けさが戻った。
誰かが、大きく息を吐く。
「……成功やね」
ひかりの声は、いつもより少し低い。
そこにはもう、怨念はない。ただ、怨念が残していった、確かに同じ時代に存在した感情だけが、余韻のように残っていた。




