陽キャのソナタ【5】
「ッ!痛いッ…!」
黒い影は、私にその重苦しい物をぶつけると、音そのものを貪り食うように膨張した。
体育館の壁に反射した残響を、歪んだ輪郭のなかに吸い込み、塗り潰していく。
拍手も、歓声も、先ほどまで響いていた歌声の余韻さえも――すべてが、その闇に消失した。
「……ほんま、タチ悪いわ」
私はそう言いながら舌打ちし、ステッキを握り直した。幸い、怪我はそこまで深くなさそうだけど…。私の技が聞いていないのは確かだ。
『どうして、私じゃなかったの』
『あの音は、私のためだけに鳴るはずだったのに』
『あの人は、私だけを見ていたはずなのに』
怨念のスキマから、まるで私に聞かせる様にして聞こえてくる数々の声。
深く息を吸い込み、肺に溜まった冷気を一気に吐き出した。
「ゴタゴタうっさいなァ!…シャイントパーズ!いい加減、目ェ覚ましや!」
私の放った光が鋭い弧を描いて闇を裂く。
黄金色の一撃が影の表層を削り取るが、怨念はすぐさま再生を開始した。
まるで『否定されること』そのものへの強烈な拒絶反応だ。
「リン、キリがないよ」
その声に顔を上げるといつの間にやら私の肩の上に立つゴン太が居た。
表情は、かつてないほど硬い。
「これ、普通の怨念じゃないよ」
「……やっぱり?」
「ああ。おそらくね」
ゴン太は影のうねりを見下ろしながら、言葉を紡ぐ。
ひょいひょいと攻撃をかわしながら私と会話をするゴン太──きっと、彼の方が戦闘慣れしているに違いない。それなのに、私みたいな素人が戦う理由に、少し首を傾げそうになる。
「自分自身の人生を焼き切ってしまってるよね。相手の光を浴びることでしか、存在を証明できなくなった末路だよ」
「……何それ、理解不能よ」
「まあリンにはね…」
「リンにはって何よ、リンにはって!」
リンは、自嘲気味に口角を上げた。
「まあでも、赤井蓮が歌う時から感じてた。って事は、あながち重すぎるファン心理……ってことよね?」
「ん~…軽く言えばね。でも、軽く扱えば飲み込まれるよ」
その忠告を裏付けるように、床を這う黒い触手がリンの足首を捕らえた。
「っ……!」
引き剥がそうとした瞬間、視界が歪み、脳内にノイズが走る。
『逃げ出したくせに』
『負けたままのあんたに、何がわかるの』
「……うるさい!」
リンは歯を食いしばり、床にステッキを突き立てた。
そして、怒りに任せて影をステッキで振り払う。ジュッと影が焼ける音がした。
「逃げたのは事実よ。でも!逃げたからこそ、私は今日まで生き延びたのよ!」
瞳に宿る光が、黄金の輝きを増していく。
「私は今――、もう一度自分を選び直してる最中やねん。」
「少なからず誰かの人生に自分の人生を預けてない!あんたなんかに口出しされる筋合いない!」
だけど、光を維持する力も限界に近かった。肩で息をしながら、今までの戦いを思い浮かべる。
今迄は──単独の攻撃でもそれなりには効いていた。百貨店で出会った怨念も強いのは強かったけど、ここまで精神的に削られる様な戦いでは無かった気がする…。
私はゴン太に問いかけた。
「なあ……これ、一人で背負いきれるかな?」
私のそんな問いにゴン太は迷いなく、首を横に振った。
「無理だよ。……リンの力不足じゃない。この敵が大きすぎる…。」
「今なら……。四人で、辿り着ける場所がある」
その瞬間、停滞していた空気が鮮やかに弾けた。 肌を刺す冷たい水の粒子。そして、鼻腔をくすぐる清廉な花の香り。
「リン!」
背後から響いた、確かな呼応。 振り返れば、そこには三人の戦友がいた。 青の光を纏うひかり、桃色のミオ、そして紫の静寂を背負うエマ。
「……死ぬかと思ったで」
リンの言葉に、ひかりが不敵な笑みを返す。
「さすがにこれは無理よね。ここに居るだけで、私の心も闇にもっていかれそう」
「……隠は移るのよ。」
エマがそう静かに言うとミオがうなずきながら「確かに病院とかって何でか疲れますもんね」と発した。
いつもの会話だけど、何故か今日はそんな会話に頼りがいを感じる。
「今回の怨念は奥にたどり着くのに、普通の技じゃ無理かもしれない」
エマが、ゴン太の言葉を聞くと、ステッキで怨念の攻撃をかわしながら冷徹なまでの冷静さで問う。
「じゃあ、どうするの?このまま放置?」
「いや、理解し、承認し、取り出すのは変わらない。そのために――」
そんな時、私たちの四つの水晶が、一斉に鼓動を始めた。
「まさか……」
こちらに向かって飛んでくる黒色の粒子を、膝で呼吸する情けない私の前に乗り出し弾き飛ばしたひかりは、満面の笑みで振り向いた。そして、一言、呟く。
「クリスタル・ゲートを使うのね」
リンは、もう一度ステッキを握り締める。 孤独な恐怖は、すでに霧散していた。
「……過去を、見に行くってこと?」
「そうだよ」
ゴン太が問いに小さく微笑む。
「一人で行けば飲み込まれる。でも、四人なら必ず帰ってこれる。そういう事かな」
ミオは優しい笑顔で、私の傷口にステッキの先端を当てる。すると、何故だか痛みが和らいでいくのが分かった。
影が最後の悪あがきのように狂暴に荒れ狂うなか、四人は自然と背中を合わせ、円陣を組んだ。
「行こか」
ひかりが頷き、ミオが目を伏せ、エマが短く告げた。
「始めよう」
四本のステッキが中央へと導かれ、重なり合う光が臨界点を超える。
「――クリスタル・ゲート!」
空間が静謐な音を立てて割れ、世界が反転する。
四人は、ある人物が抱えた、孤独で切実な物語の深淵へと足を踏み入れた。




