陽キャのソナタ【2】
赤井蓮は、思っていたよりも静かな男らしい。
他のメンバーは女の子たちに手を振ったり、スタッフと会話をしているけど、センターのイケメン君はただ無言で、みんなの話を聞いている。
歓声の中心にいながら、必要以上に手を振ることもなく、誰かに向かって視線を投げることもない。ただ、そこに立っているだけで、空気の重心が自然と彼の方へ寄っていく。
──これは紛れもなく『選ばれる側』の人間の立ち方だ。
羨ましいとも、妬ましいとも、少し違う。ただ、理解してしまう自分が嫌だった。
小学三年生の時、誰もが天才ピアニストと私を比喩した。だけどそんなわたしが初めて、他人に負けたのは小学四年生に上がる少し前の春のピアノコンクール。
その時、子供ながらに痛感させられた事がある。努力とか根性とか、そういう言葉で追いつけない場所に、最初から立っている人間がいることを。
………撮影は順調に進んでいた。学食でのやり取り、講義に紛れ込む企画、学生との軽いトーク。
どれも台本通りでだろう。私も安心して見ていられる内容だった。
─いや、そのはず、だった。
「……あれ?」
スタッフの一人が、イヤモニを押さえたまま足を止める。
「え、歌入れるんですか?」
その一言で、現場の空気が一気に変わった。
赤井蓮が、少しだけ眉を上げる。
「そのつもりで機材用意して、体育館に来たんじゃないの?」
責める口調ではない。ただ、事実を確認するだけの声。
それが逆に、スタッフを焦らせた。
「いや、急遽で……え?いつ変わったの?」
「朝です。大学側から時間があれば、と」
「……まあ流れ的に一曲あった方が、番組的に強くて良いけど。でも音源は?」
「音源の用意は無いみたいなんです…。だけど、観客もこれだけ入ってますし……」
番組を作るのにこれほどの大人が動くとは知らなかった。カメラマンさんに照明さん。アシスタントさんにスタッフと思われる人々。そんな沢山の人の言い訳が重なっていく。
私たち生徒の中に、芸能界の事を知る人間なんて片手程も居ないだろう。だけど全員が、何かおかしい雰囲気になってきたとは気付きだしている。
赤井は一瞬、周囲を見渡したあと、軽く息を吐いた。
「歌うのは別にいいです。ね、みんな?」
「ま、元々そのつもりだしね」
「皆も聞きたいよね~!?」
メンバーのそんな明るい一言で、空気が緩むのが分かった。
イェーイ!なんていうノリの良い声を聞いたセカンドラブは皆、アイドルらしい表情に戻る。そんな中で、赤井は優しい笑みを浮かべたまま、マイクを通してこう言った
「……ただ」
「楽器、どうしよう?カラオケの音源流して俺らが歌うのは味気ないしね」
沈黙。
体育館に、嫌な間が落ちる。
「……ピアノは、あるけど」
「演奏者は?」
「蓮、お前が弾けるじゃん」
「弾けるけど俺…歌いながら弾くは無理だわ」
「まあ、センターがピアノ弾いて俺らが歌ったら数字的にな…」
三浦大地、という名前の子がそんな事を言ってのけると体育館の中が爆笑の渦に包まれる。
だけど、大人同士は考えを張り巡らせているに違いない。スタッフ同士の視線が行き交うのが目に入る。勿論、周りの子達はアイドルに夢中でそんな事、気付いてないだろうけど。
この前、誰かも言っていたけどクリスタル・ガールズになってから、奇魂と言われる部分が強くなった気がする。つまり、観察力、分析力、理解力などから構成される霊感、だ。
そんな事をみんなの顔を浮かべながらぼんやり考えていた時──赤井蓮、と目が合った気がする。
その瞬間に私の中で、何かが、かすかに鳴った。心臓じゃない。頭でもない。
──もっと奥のどこか。
「多分、君…弾けるよね?」
優しい笑みでそう言いながら赤井蓮が指をさした先には私が居る。
周りの目が舞台上から、私へと移った。
──『レン、上手だったね』
あのコンクールの時に、そんな事を両親と思わしき人に言われ、満足気な顔をしていたあの少年。私が最初に負けを感じたあの人間。
あの子の名は……確か赤井蓮、だった。
ハッとして顔を上げ、舞台上を見つめると、赤井蓮が手招きをして私を呼ぶのが見えた。
「えっ、蓮。何知り合い?」
「昔に、日本コンクールのジュニア部門で競った子だよ。久しぶりだね、朝倉さん」
───私は、逃げた。
もう音楽と関係ない人生を歩むって、決めた。
そう思うのに、身体の方が言うことを聞かない。
空気が私を押す。
そして、逃げ場が消える。
私は一歩、何か強い物に導かれる様にして前に出た。
「あの……」
声が出た瞬間、視線が集まる。
「え、蓮がずっと話してたあの子!?」
「そうだと思う。」
「……。」
「あ、炎上しない様に説明すると。ファンの子なら知ってると思うけど、この赤井蓮。かなりのピアノの腕前を持つのよ。で、日本一に輝いた事もあるんだけど。そんな彼が事あるごとに言うのがあって。」
「それが、『あの時俺はまぐれで日本一になれた。本当の天才はあそこに居た女の子だ』って」
「『あの子はピアノだけじゃなく音楽全てを背負って生きてきた様な子だ』って」
「多分君が──その子なのかな」
連の横に立つ、葵という名の少し背の低い男の子に優しい笑顔でそんな事を聞かれる。
私は自分でうなずくのも少し恥ずかしく下を向いた。
──だけど、あの時負けたあの人に。そんな事を言われていたなんて知ると、胸の奥に熱を感じる。
「私、先に音楽聞かせて貰えれば耳コピでいけます。五分下さい。」
そう呟いたのは……何故だろう。




