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媚びない美しさと心の重さ【6】

 


 その日は、特別な理由がなくても人を呼びたくなる夜だった。


 雨上がりの空気は少しだけ湿っていて、窓を少し開けると、遠くの車の音と一緒に、夜の匂いが流れ込んでくる。私はキッチンでワインを冷やしながら、テーブルの上に適当にチーズとナッツを並べた。ちゃんとした料理を作る気はない。今日はそういう日じゃない。


 インターホンが鳴ったのは、思ったより早かった。


「上がってー」


「お邪魔しまーす!」


 最初に入ってきたのはリンだった。コンビニの袋をぶら下げていて、中からはアルコールとスナック菓子が覗いている。


「完全にやけ酒の布陣やん」


「せやで。今日はそういう集まりやろ?」


 その後ろから、ひかりが軽い足取りで続き、最後にミオが控えめにドアを閉めた。ミオは小さな紙袋を胸に抱えている。


「これ……甘いもの、あった方がいいかなって」


「ありがと。さすが気遣いの神」


 四人揃うと、部屋の空気が少しだけ柔らいだ。ソファに座り、グラスにワインを注ぐ。ひかりは未成年なのでコーラだ。


 店でどうしてるかまでは知らないが、少なくとも私の目の前では絶対に飲ませない。


 乾杯の言葉は特にない。ただ、グラスを軽く合わせただけだった。




 今日の集まりは私から呼びかけたものだった。『みんなで女子会しない?』というラインに、即効で返事をくれたみんな。


 各自、理由なんて聞いてはこなかったけど、勘の良い子達だ。なんとなく想像くらいはついているだろう。


 しばらくは、他愛のない話をした。リンのバイトの愚痴、ひかりの最近ハマっている動画、ミオの仕事の話。誰も、肝心なことには触れない。別に、今の今、触れなくてもいい、という空気があった。


 私がスマホをテーブルに置いたのは、三杯目のワインが半分ほど減った頃だった。


「……今日、別れてきた」


「クソヤローと?」


 ひかりが、笑いながら明るく、そして確認するように聞く。


「うん」


 リンは「マジか」と小さく呟き、ミオは何も言わずに私の方を見た。



「LINEで、だけどね。会うのはやめた」


「それで正解やと思う」


 リンはビールを飲みながら即答だった。


「ありがとう。でも……正直、まだ実感ない」


「怒鳴られたわけでもないし、泣かれたわけでもない。ただ、分かったって返ってきただけ。あっさりしてて、逆に怖かった」


「女心って複雑やからさ。引き止められると萎えるけど、引き止められないともっと萎えるのよ」


 私のそんな言葉を聞いたひかりは、同意する様に首を縦に振り、リンは「面倒臭い生き物よな、女って」と大きく笑った。肝心のミオは恋愛経験なしのピュアな女の子だ。「……そうなんだ」と一言呟いてから、似合わない芋焼酎に口を付ける。


「私さ」


 言葉を選ぶように、一拍置く。


「ずっと、ちゃんとした別れ方を探してた気がする。揉めない、傷つかない、相手に悪者にならせない別れ方。でも、そんなの無理やった」


 ミオが、静かに口を開いた。


「……でも、エマ。今、すごく落ち着いて見える」


「そう?」


「うん。悲しそうではあるけど……前より、苦しそうじゃない」


 その言葉に、少しだけ救われた気がした。


「私ね、尽くすのが愛やと思ってた。与えられると、応えなきゃって思ってた。だから離れるのが怖かった。でも……」


「今日ふと思ったの。あの人の隣に居る私って、本間に私やったんかなって」



 そういうと、シンと部屋が静まり返る。思わず、話題を探すと、リンは缶ビールをドン!と机の上に置くと、真っすぐに私の目を見て言葉を発した。


「エマはさ、ちゃんと逃げたんやと思うで」


「逃げた?」


「うん。自分が壊れる前に。めっちゃ大事なことやん」


 その言葉に、私は思わず笑った。


「逃げるって、前は一番嫌いやった言葉」


「今は?」


「……悪くない」




「なあ、エマ。私もさ、水商売に片足突っ込んでるから、女の本性も男の本性もそれなりには見て来た。だけど一つ言えるのは……結局恋愛なんて、『一緒におって楽』しか続かんと思う。」


「長い事付き合っていけば、トイレの音とか、匂いとか、そんなん一々気にしてられへんやん。高熱続けば恥を忍んで座薬入れてもらうしかなくなるし。二日酔いの早朝に話しかけられたら口臭キツいし、目やにも付いてるし。」


「そんな姿を丸ごと愛してくれる人──いや、もっとシンプルにエマが『この人の事好きやな』って思ってから、誰かとお付き合いするって方向で良いんじゃないかな」



 ひかりの嘘偽りない言葉に胸の奥が、少しだけ痛んだ。


 そして、何故か頭の中に浮かぶ、例の男。


 私はひかりの言葉に笑顔を見せるとそれ以上は何も答えず、グラスを持ち上げる。


「今日は、このくらいでいい。友達がいるって素敵な事やね、本間に…。」


 決意でも、希望でもない。


 ただ、困った時や悲しい時にそれを察して傍に居てくれる子達が今の私には居る。


 勿論、私は彼女たちに物をあげる事もしない。お金も払わない。だけど彼女たちはそんなの一ミリも求めず、ただただ皆と過ごすこの時間を楽しんでくれている。


「大人になって、友達に出会えるなんて思ってなかった」


「ありがとう…クリスタルガールズ!」


 私は大げさにそう叫ぶと、一気にワインを飲み干す。


 三人の歓声が部屋に響いた。


 夜はまだ、長い。



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