媚びない美しさと心の重さ【2】
由緒正しき建物の前でミオを見かけた時に、思わず頬が緩んだのが分かった。
淡いピンク色の着物は、とてもミオらしさを表していて、それでいてバッグはケリーの真っ白……と来ているのだから、彼女の佇まいから生まれる品格は、ただ者じゃない。
「エマ…!美しすぎる…!」
「何それ、オタクかっての」
大げさにそんな事を言われたけれど、電車の中でも数々の視線にまみれてきた私。元々、顔立ちとスタイルには自信が有るし、着物がよく似合っている事も誰に言われるまでもなく理解している。
格式高いお茶会らしく、出席者は皆、私とは20は年齢が離れていそうな人達ばかりだった。和装の男性と、控えめな色味の着物を纏った女性が、程よい距離感を保ちながら談笑している。いかにも「きちんとした世界」だ。
「こんな場所、来た事なんて片手程度よ」
「え、本当?それにしては随分と威風堂々に…」
「まあ、こんなのはハッタリが大事だからね」
そう囁くと、ミオは小さくわらった。
「あ、専務…」
と隣に立つ可憐な女の子が呟いた先に居たのは、昨日電話で聞いていた通りの風貌の男性だった。
年齢は私たちよりは少し上だろうけど、『老けてる』とか『おじさんくさい』なんて言葉は一切浮かばない。どこか女性のように儚い顔立ちで、そこに立つだけで場の空気を整えてしまう人だ。
だけど、もっと驚いたのは、専務と呼ばれた男性の横に立つ一人の男…の子、と言いたくなるほどの可愛らしい童顔の男性。
背は高すぎず、低すぎず。着物姿なのに不思議と堅さはなく、所作は自然で、視線の運び方が柔らかい。自分でも可笑しくなるくらい分かりやすく心拍が跳ねた。
「神崎さん!」
「おつかれさまですっ…!」
「おっ、今日は着物やね。また雰囲気が違って美しいやんか」
はんなりとした話し方でミオにそう声をかけた男性は、チラリと私を見ると、ミオに「この美人さんは?」と尋ねる。
「あ、彼女はエマです。私の友達で」
「これはこれは」
「初めまして」
「初めまして、千海里です」
まるで漫画の様な名前だった。海帝家茂といい、千海里といい。私たちはクリスタルガールズになってからというもの、身の回りの人物たちですら、ファンタジーの様な世界線になってきたのかもしれない。
「西園寺エマです」
「……彼氏は?」
丁寧に差し出された右手とは裏腹にそんな事を唐突に言われて、ポカンと口を開けると隣に立っていたミオの片思いの相手…そう、海帝さんがハァ、とあからさまにため息を付く。
「あのなぁ、千。お前さぁ、マジで…」
「ハハッ、ごめんごめん。ついね。綺麗すぎたから」
「……」
「神崎さん、そして西園寺さん。本当に申し訳ない。──こちらが、裏千家の次期を継ぐ予定の……千海里です。こう見えて、家元の一人息子なんですよ」
「エッ!」
ミオが両手を口元にあてて、心底驚いた様な顔をする。勿論、私も表情にそこまで出さないだけで、相当な驚きだ。裏千家、なんて言われれば茶道をしていない人でも一度は聞く言葉。
その家元の一人息子…って、カナリの『ええしの子』である事は間違いない。
「お会いできて光栄です」
にこりと笑ったその表情が、またずるい。ジャニーズジュニアに居ても何も不思議に思わない程、可愛らしい童顔の男の子が、綺麗な着物を来て、ひょいひょいと軽口を言って見せる。
だけど所作一つ、言葉一つには一般市民では到底表せない程の知性が隠れ出ていて……。
こんな男性、今迄出会った事が無かった。
一言で言うならば『得体の知れない色気』だ。
──形式的な挨拶が一段落すると、主催者側である千さんはやはり多忙なのか、そそくさと場を去り、そして海帝グループ次期社長も同じくして、忙しそうに場を離れた。
私たちはおいしいお茶とお菓子を頂いてから、少し他の人達と談笑をする。
利害関係の無い人と、そして年齢がかなり離れている夫人たちと、こうやって会話をするのは嫌いじゃない。彼女たちの纏うオーラや何気ない日常会話は不思議と私の過去を消していくかの様な力を持っているのだ。
だけど、結局はこの世に男性と女性二人しかいない事を気付かせられる。
ミオが茶道の師を見つけて、少し席を離れたのを見計らった何人かの男性が私を囲むのは早かった。質問が途切れない。嫌いじゃないし、こんなの慣れている。
だけど……正直、少しだけ息が詰まる。
そんなとき、自然に一歩前に出てきたのが千だった。
「彼女、今日は同行者ですから」
それだけで十分だった。
声を荒げるでもなく、腕を引くでもなく、ただ一言添えただけなのに、空気がすっと変わる。
「……さすが、家元の一人息子。見えない権力とやらを感じる事が出来ました」
「ええ、助けたのに。よおそんな嫌味言うわ」
「フフッ、助かりましたよ。ありがとうございます」
私がそう言うと、千は小さく首を振った。
「茶道が廃れてきてる今、若い子は珍しい。そして、その美しさと来たら囲まれるのもまぁ仕方ないっちゃ仕方ない。やけど……品が無いのは良くないね。」
押しつけがましくない気遣いに、胸を打たれるのが分かった。
正直、こんな気持ちになるなんて珍しい。
「彼氏は?って聞きましたよね、さっき」
「え?ああ、聞いたよ」
「いますよ。」
「……ん?うん」
「だけど……」
「あ、言わんで良いよ」
フッと小さく笑った千は、一点ものと思われしポーチからスマホを取り出す。
「……連絡先だけ教えてくれる?エマちゃん」
言い方が、あまりにもあっさりしていて、思わずにやっと笑ってしまう。
するとその顔を見た千が「女の子から連絡先聞かせるなんて、僕の先祖が聞いたらきっと怒りはるやろうからね」と笑った。
今までも、それなりに良い男性には出会ってきた。良い思いもさせてもらってきた。良い思いには良い気遣いも含まれる…と思う。
だけど、そんな浅はかな自分の過去の経験からは計り知れない程の暖かさを感じる彼の言動に、胸の奥が少しジンとした。
「今日はありがとうございました」
「こちらこそ。神崎さんにも宜しくね。」




