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媚びない美しさと心の重さ【1】

 

【媚びない美しさと心の重さ1】


 仕事終わりの開放感の中、私はレチノールが配合されたパックを顔に貼り付け、パジャマ代わりのシルクのキャミソールでソファに身を沈めていた。


 手元には、WEDGWOODらしい可愛いティーカップ。今日はぐっすりと眠りたい気分だったので、カモミールティーにした。


 世間では私のこんな姿を『丁寧な生活』とか『気取ってる』とか失笑気味に比喩されるのかもしれないけれど、私は好きでこれをやっている。


 私みたいな自己肯定感の低い女が、好き勝手生きてしまうと、一気に生活全てのハリが消え失せてしまうのだ。


 ティーカップを置き、今日は何を見ようかとネットフリックスをリモコンで操作していると、サイドテーブルのiPhoneが震える。


 着信だった。画面にはミオの名前。


「ミオ?お疲れさま、どうしたの?」



 ──ミオは今日、一人で怨念を倒していた。


 四人の中で一番、怖がりで、それでいて可憐な女の子だと思っていた『神崎みお』──でももしかすると、それは私の思い違いで……実際は一番、自分を俯瞰していて、それでいて正義感の強い女の子なのかもしれない。


「明日なんだけど、空いてたりしないかな?」


「土曜日だよね。空いてるよ。」


「もし良かったらさ──あの、突然なんだけど、お茶会に一緒に行かない?」



 ──お茶会?


「お茶会ってあのお茶会?……別にいいけど、どうしてまた?」


 パックを剥がしてクリニークの乳液で肌を整えながら答えると、ミオの声が弾んだ。


「良かった!詳しくは明日説明するね。今日、オフィスに専務の友人が来ていて。少し話して、そのときに誘われたんだ」


「なるほど、その茶会に専務も来ることが判明したから、行こうって魂胆ね」


「その通り…です」


 突然声が小さくなるミオの純粋さに、ふふっと思わず小さく笑ってしまう。


「私、どうしても行きたくて。ひかりちゃん達にも声かけてみたんだけど、二人とも予定があるみたいで」


「ひかりもリンも結構バイト入れてるもんね」


「そうなの。」


「あはは、いいよ。付き合うよ。私は暇してるしね」


「本当にありがとう、エマさん!」


「いえいえ、というかエマで良いよ。」


「エ……エマ、ありがとう…」


「何、女友達のことすら呼び捨てで呼び慣れてないって。ミオって本間にウブね。……でも、そんな所が羨ましいよ。──恋愛って、いいよね。」


 そう茶化すと、電話の向こうでミオが「うん……」と、恥ずかしそうに、でも確かな幸福を噛み締めるように小さく笑った。


 その初々しい吐息に、私の胸の奥が少しだけチクリと痛む。



 明日のことを軽く聞いてから電話を切った後、私はウォークインクローゼットへと足を向けた。


 明日の茶会なら、少し落ち着いた訪問着がいいだろうか。大昔に付き合っていた男性が、華道の先生で京都の地主だった事もあり、それなりに茶や華といったものには近しい人生を歩んで来た。


 別れたときに、ずいぶんと悩んだけど、着物や長襦袢を捨てなくて良かったと改めて思う。



 どの着物にしようか、なんて考えながら──たとう紙を開くと、付き合って1年半になる彼氏『健吾』の事が頭に浮かんだ。


 出会いは知人の紹介。


 私のタイプでは無かったけれど、押しに負けた形で付き合うようになった。


 健吾は31歳でコンサル業で独立、そして成功しており、金銭面で不満を抱いたことは一度もない。性格も男らしく、女々しいなんて言葉とは無縁の男性だ。


 私が欲しがらなくても、ハリー・ウィンストンの小さな箱や、新作のバッグが勝手に増えていく。けれど、彼が優しかったのは最初だけだった。



 尽くせば、その分愛されると信じていた。


 自分の性格も有るけれど、彼に不自由な思いをしてほしくなかったから、常に部屋を完璧に掃除し、シャツに隙なくアイロンをかけ、戻りに合わせて出汁から取った和食を並べる。


 しかし、それが当たり前になるにつれ、彼は家へ帰ってこなくなった。


 たまに帰宅したかと思えば、作った料理に箸もつけず、無言で体を求めてくる。


 シーツに沈みながら、空虚な天井を見つめる事に慣れてしまった私は、周りからのイメージとは真逆。重くて、それでいてダメな縁を切るに切れないバカな女だ。


 私は彼の何なのだろう。便利な家政婦か、都合の良い人形か。



「……明日は、この加賀友禅にしよう」



 ──思い出すのは、私の育った汚い家。


 掃除とは無縁で、そこら辺にメイク用品や脱ぎっぱなしの服が散りばめられていた。常に香水とタバコの入り交じった独特な香りがしていて……。


 男には手料理を振る舞うのに、私には残り物かカップラーメンのみ。


 鏡に映る自分は、そんな過去から脱却しようと、自分で自分の人生を切り開いてきたかのように思える憧れの自分、なはずだった。


 けれど、内側にある乾きは、心の奥底に溜まるコンプレックスから来る依存とも取れる行動は──決して、貢物でも安い言葉でも埋まらない。


 私は冷めきった紅茶を一口飲み、そんな事を考えながら小さく息を吐いた。


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