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ミオという生き物【7】


「これって、今風に言うと『フラグ立ってる』みたいな奴だよね」


 そんな独り言を言いながら、ポットの赤いボタンを押し、タンブラーの中にお湯を注ぐ。すると茶葉の良い香りが給水室へと広がった。


 すると、少ししてノック音が響く。ドアを開けた男性は、見慣れない『来館者』のプレートを下げていた。


「おや、今……いい匂いがしたんやけどな」


  はんなりとした関西弁と、大阪とはまた違う一テンポ遅い話し方。どこかで、『京都』の空気を感じさせる優雅な立ち振る舞い。


 年齢は私よりも少し下…か、同じ年くらいだろうか。童顔な雰囲気とは裏腹に、肝の座ってる様などこかどっしりとした空気感に無駄に緊張を覚える。


「えっと…」


「ああ、ごめんごめん。来館者、やけど許可はもうてるから。」


「あ、はっ……はい」


 そう言われ、少し下がってからタンブラーの蓋を閉めた。


「あれェ、ほんまええ匂いしたんやけど。僕の勘違いかなあ。……というかお茶、淹れてもええかな?」


「……こちら、会社の茶葉と急須でございます」



 そそくさと引き出しを開けて、男に手渡すと、まっすぐ目を見つめ「おおきに」と言われる。

 

 そして、謎の男は慣れた手つきで茶葉を急須に入れると、ポットのお湯で湯呑を少し温め、無駄一つ無い動きで、左手に湯呑を持つと、中身のお湯をシンクに捨てる。


 そんな彼の手つきを見て、私は目が釘付けになる。レトルトの茶葉を扱っているはずなのに、その所作は洗練の極みだった。


「あの……裏、ですか?」


「お、わかる?というか、その言い方。君も中々『裏千家』長いやろ?」


「いやッ、そんな長くはないんですけど…あまりに洗練されていたので」



 綺麗だけど童顔なそのお顔と裏腹に、なんて言葉は決して言えない。


「ハハッ、 嬉しいなあ。僕は生まれた時からこれ一筋。いわば、人生の『お遊び』やね」



 男は茶目っ気たっぷりに笑った。




 そこへ、「おーい、(せん)!」と聞き慣れた声が響く。 現れたのは、なんと昨日、女子会の話題の中心にいた専務だった。


「専務!?……あ、お、おはようございます!」


「あ、神崎さん。おはよう。千に何か言われてない?」


 会社で見ていた顔とは少し違った、優しそうな表情を浮かべている専務と、その言葉を聞いて、目の前に立つこの洗練された所作を扱う男性が専務の友人である事は即座に理解できた。


「何も言うてないよ、失礼やなぁ。というか、家茂。お前、良い部下を持ってるやんか。僕の仕草見て、すぐに『裏ですか?』と聞きはったで、この美人さん」


「え、神崎さんも茶道嗜んでるの?」


「あ、彼ほどではないんですけど…」



「ああ、こいつは特別だよ。」



 何気なく交わしているこの会話。


 昨日の女子会で得た知識から紐解くと、私は今、『好きな人』と会話をしている事になる。


 ──そんな事を考えていると、ウブな私が顔を真っ赤にするのは当たり前の事だった。そして、そんな私を見た千と呼ばれた専務の友人は「ニヒヒ」と意地悪そうに笑う。


「というか、あそこで待ってろって言ったのになんで勝手にこっちに来るんだよ」


「いや、妙なにおいがしたんよ」


「匂い?」



 ──その瞬間、専務の顔色がわずかに変わった気がした。


「それより、神崎さん。やったっけ?明日仕事?」


「へっ?いや、明日は土曜日なので休み……ですけど……」



「せやんなあ、明日、堺で大きなお茶会を開くんやけど、来てみいへん?この専務様も来るしね」


 千にそんな事を言われ、私は一瞬言葉を失った。


 けれど、先ほど一歩踏み出せた自分を信じてみたくもなったのもまた事実だ。



「……はい!ぜひっ……行かせてください!」



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