ミオという生き物【5】
──昨日の集まりは、本当に楽しかった。皆、年齢も境遇も違うけれど、だからこそ隔たりなく話せることが、たくさんあった。
さすがに権蔵さんと、奥さんの温子さんも眠そうにしていたので、二十三時前には女子会をお開きにしたけれど、本音を言えば、まだまだ話し足りない気分だった。
けれど、朝日が昇り、また一日が始まれば──私たちがクリスタルガールズだったとしても、一般人としての日常が、再び始まる。
私もそう。神崎みおとしての一日が、また始まるのだ。
少し早めに出社した私は、給水室でお茶を汲もうと、タンブラーを手に社員証を機械にかざした。カチャッ、というロック解除の音を確認し、ドアノブに手をかけて、ほんの少しだけ扉を開く。
──その瞬間、耳に飛び込んできた罵声。
思わず息をひそめ、細く開いた隙間から中をのぞく。
そこには、何度か言葉を交わしたことのある総務部の若い女性——確か、田中ひよりさんが、肩を震わせて立っていた。そして、その前に立ち、氷のように冷たい言葉を浴びせ続けているのは、社内でも恐れられている存在、山崎佳代子課長だった。
確か彼女は、この海帝商社で、初めて女性として今の役職に就いた人だ。
「何度言えばわかるの? あなたの代わりなんて、いくらでもいるのよ」
「……すみません……」
「子どもがいるからって、そんなに何回も当日欠勤して許されるわけ?あなたの給料が減るかどうかなんて、正直どうでもいいわ。少しは、あなたの仕事を振られた人たちの身にもなってみなさいよ」
「…………」
田中さんには、二歳になるお子さんがいる。初めての育児で、右も左も分からない──そんなふうに同期の女性へ打ち明けていたのを、昼休憩中に聞いたことがあった。
聞いた、というより……正直に言えば、盗み聞きだったかもしれない。
そのときの私は、ただ「子育てって大変なんだなぁ」くらいにしか思っていなかった。でも、実際には子育ても、仕事との両立も、すべてが想像以上に大変だったのかもしれない。
私も、小さい頃は体が弱かったらしい。
母はよく、笑いながら言っていた。「あなた、もともと体が弱かったのよ。でも今じゃ笑い話だけど、大事な日に限って熱を出したり、白い便をしたりして、予定を狂わせてくれたわ」
もちろん、私はそんな頃のことを、何一つ覚えていない。好きでそうしていたわけでも、当然ない。
──不思議と、心の底から嘘偽りなく
『助けたい』
そう思った。
けれど、今の私に、何ができる?
相手は、社内でも恐れられる存在。対する私は、子育ても経験していない、恋愛経験もない——それ以前に、新入社員だ。彼女たちの会話に割って入るなんて、あまりにも恐れ多い。
「……私が、もう少し強かったら……」
きっと、ひかりちゃんなら。リンちゃんなら。エマさんなら——そう思った、その瞬間、ポケットの中のお守りが、火傷しそうなほどの熱を帯びた。
ハッとして、ドアを数センチ大きく開く。
前を確認した、その瞬間——田中さんと目が合った。
同時に、山崎課長の背中から、どす黒い霧のようなものが膨れ上がるのが見える。
「……あっ……!」
怨念と気付くのに時間はかからなかった。まるで、その目の前にそびえたつ霧は山崎課長自身を飲み込もうとしているかのようだった。そして、その影の勢いに比例するように、彼女の口から放たれる言葉は、刃物のように鋭さを増していく。
「あんたみたいな半端者が、私の築き上げてきたものを壊すんじゃないわよ!」
「だから──女はダメなんだ。そんなことを言われるの!だから……!誰よりも努力して、苦労して、男よりもずっとアンフェアな状態で、この戦いに参加しなきゃいけないのよ!」
私は、その言葉を聞いて決意を固めた。
「お願い……変身させて!」
私の願いと同時に、お守りが眩い光を放ち、体を包み込む。光の粒子が制服を解き放ち、代わりに、言葉では説明できないほどのみなぎる力を、全身へと流し込んでくる。
膝丈の、美しいAラインが印象的なドレス。オートクチュールのような輝きを放つピンク色の生地に、純白の花柄が、繊細なレースとしてあしらわれている。胸の下には、桜の意匠が二つ並んだ切り替えベルト。至るところに配された可憐な色の水晶が、この衣装——いや、この存在そのものを、世界一の代物だと思わせてくれた。
胸元では、チェリーブロッサム色の大きな水晶が輝き、お守りは、見慣れたステッキへと姿を変える。
足元から伸びる光の帯が、ピンク色のハイヒールを形作り、私は、ゆっくりと宙へ浮かび上がった。
──強く、なりたい。
「清らかなる心に寄り添う、プリズムガーディアン!クリスタル・ローズ!ここに降臨!」




