ミオという生き物【4】
食事の後片付けがひと段落し、居間にはさっきまでの賑やかさが嘘みたいに、少し落ち着いた空気が流れていた。
テーブルの上には空になった大皿と、湯気の消えかけた湯呑み。畳の匂いと、ほんのり残る煮物の甘い香りが混ざっている。
私たちは自然と円になるように座り直し、ゴン太はちゃぶ台の中央、少し欠けた丸い石の上にちょこんと腰を下ろしていた。
その姿は相変わらず可愛らしい。まるでピカチュウがそのまま出てきたようなサイズ感だ。
「……前から気になってたんだけどさ」
ひかりちゃんが、湯呑みを両手で包みながら口を開いた。
「神様って一人だけなの?」
ゴン太は一度だけ、くるりと尻尾を揺らした。
そして、ひかりちゃんのそんな質問を聞いて少し離れた場所でマッサージチェアに座りうたた寝していた権蔵さんは目を瞑ったままククッと小さく笑った。
「八百万の神って聞いたことあるでしょ?」
その言葉に、全員が小さく頷く。
教科書で見たような、でもどこか曖昧な言葉。
「答えを言えば『一人だけじゃない。何人も、何万人も居る。』が正しいかな」
「山にも、川にも、道にも、家にも、大事に使う物にも。名前が残ってる神様もいれば、もう誰にも呼ばれなくなった神様もいる。全部ひっくるめて、神様」
ゴン太はそう言いながら畳に前足をつき、少しだけ背筋を伸ばした。そして、ひかりちゃんが持っていたチョコレートを勢いよく一粒盗むと、美味しそうにそれを頬張る。
「もちろんね、神様によって力には差があるよ。でもそれは、強い弱いって話じゃない」
「……どういうこと?」
エマが静かに問い返す。
「受け入れられる量の違い。人の感情や願い、祈りや苦しみを、どれだけ抱えられるか。そのキャパシティの大きさ、って言った方が近いかな」
その言葉は、不思議とすっと胸に落ちた。大きな器もあれば、小さな器もある。ただそれだけのこと。
「じゃあ、ゴン太は?」
私がそう聞くと、ゴン太は一瞬だけ視線を逸らし、それからこちらを見た。
「ぼくはね……誰でも知ってる神様、そのうちの一柱の使い」
「え、誰!?」
「教えてよ!」
リンちゃんとひかりちゃんが身を乗り出すけれど、ゴン太は小さく首を振る。
「それは、言えない。今はまだね」
その言い方に、不思議と不満は湧かなかった。言えない理由があるのだと、自然に受け取れてしまう。
「じゃあさ」
ひかりちゃんが、少し声のトーンを落とした。
「私たちが選ばれた理由は?」
その瞬間、居間の空気がほんの少し張りつめる。
ゴン太はすぐには答えず、尻尾で畳を軽く叩いた。
「……それは、ぼくにも分からない」
「でもね」
そう前置きしてから、穏やかな声で続ける。
「人間って、生まれたこと自体に理由があるんだよ。大きな理由じゃなくていい。毎日、落ち葉を拾って道をきれいにする理由の人もいるし、花壇を手入れして花を綺麗に咲かせる理由の人もいる」
温子さんが、そんなゴン太の言葉を聞いて台所からこちらを見て、ふっと微笑んだ。
「どんな人にも、生まれた意味があって、使命がある。それを見つけるのが早いか遅いか、社会的に意味が有るか無いかなんてのは、あっちの世界では何の意味も持たない。」
ゴン太の声は、静かだけど芯があった。
「自分なりの理想を掲げて、そこに向かってもがくかどうか。不安でも、意見が変わっても、その度に考えて、目の前のことをする」
「きっとね、クリスタルガールズの年相応のそういう姿が、神様から見たら気高く感じられたんじゃないかな」
「もしくは今は気高くないけど、伸びしろ有り!と思われたのか…ま、僕の予想だけどね!」
誰も、すぐには言葉を返せなかった。
でも否定したい気持ちも、湧いてこない。
「……さて」
ゴン太は空気を切り替えるように、くるりと向きを変えた。
「技の話、しておこうか」
その言葉に、リンちゃんの目が一気に輝く。
「待ってました!」
「まずひとつ」
ゴン太は、首元の首輪に触れた。初めて気づいたけど、そこには小さな赤い水晶が沢山連なり、まるで首輪の様にして成っている。
「僕は、君たちを瞬間移動させれるんだ」
「あの時の話?」
「そう。先ずはリンの元に現れて、リンと僕は手をつないだ。そして、ミオの元に行き、皆で手を繋いであのカフェへと向かった。」
そう言うと、ゴン太はどこからともなく、フワッと小さな白い棒を取り出した。見覚えのある形――大祓棒を、ぎゅっと小さくしたようなもの。
「これ、“ミニ大祓棒”。これを出すと、それが出来る」
「ほほん。神主の持つそれと全く同じじゃの」
「そうそう。あれも本来は神様とこの世界を繋げる役割だからね」
「次」
ゴン太が権蔵の言葉に相槌を打ちながら、そそくさとそう呟く。そして、尻尾を一振りすると、天井から何かが落ちてきた。
──ぽとん、という可愛い音をたて私たちの手のひらに収まったのは、権蔵があの日、大事そうに掲げていたハート型のコンパクトだった。
「これ、各自に授けるね。全部、連動してる。そのうちの一つに水晶がはめ込まれれば、他のコンパクトでもそれが見れる様になってるよ」
「かわいい……!」
思わずそう呟いた私。なんだか小さい時に見ていた魔法少女のアニメを思い出す。
「それを、お守りに当ててみて」
そう言われるまま、コンパクトの中央の水晶と、お守りに付いた水晶を合わせる。すると、ふっとコンパクトが光を帯びて消えた。
「あれ!?」
慌ててお守りの水晶を覗き込むと、その奥に、確かにさっきのコンパクトが見える。
「すごーい!」
「なにこれ、めっちゃワクワクする!」
「セーラームーンとか、おジャ魔女みたいやん!」
誰かが言って、私は心の中で同じことを思っていた。
「他には!?」
「可愛いのないの!?」
「キラキラしたやつ!」
矢継ぎ早に飛ぶ質問に、ゴン太はくすっと笑う。
「今言うと大変だから、まだ言わないよー」
そう言って、首元の赤い水晶をそっと撫でた。次の瞬間、ゴン太の体は光に溶けるように、その水晶の中へ吸い込まれていく。
「……え?」
「ここ、ぼくの家」
声だけが残り、赤い水晶は、するりと私たちのコンパクトの中央へと収まった。
つまり──ゴン太は、いつでも、私たちのすぐそばにいる。その事実が、少しだけ心強くて、少しだけ背筋を伸ばしたくなる。




