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ミオという生き物【1】


【ミオという生き物】 

 


 海帝商社(かいていしょうしゃ)、大阪支店の前にある朝の喫茶店『Cafe Zoo』は、毎朝、出勤前の海帝社員で静かにざわついていた。


 私は窓際の席でノートパソコンを開き、冷めかけたカフェオレを一口飲む。


 大学の同期からも羨ましがられた大手商社から内定をもらい、入社して一年目。


 新人という立場は変わらないのに、仕事だけは確実に増えている。昨夜、先輩に言われた言葉がまだ頭に残っていた。『方向性はいいけど、これじゃ役員には通らない。朝までに書き直せる?』


 書き直し、というよりほぼ作り直しだ。


 本社からも沢山の人が出張る役員会議──そこで出す一部の資料を一年目の私に作らせるなんて、どうにかしてる。そんな事を先輩に言いたいけれど、勿論言えない。


 母親に愚痴を言ったとしても、彼女の理想の生き方がこんな生き方であった以上は、きっとこの話をしたところで「頑張りなさいよ、ママもね本当はね」と言われるのが分かっている。


 考え事をする時は、いつも耳を触ってしまう。これは昔からだった。──そんなふとした癖で、パールの付いたミキモトのイヤリングを触った。そんな時、スマホが小さく震える。



えま:『ひかり、昨日のデートどうだった?』


りん:『デートだったの?』


ひかり:『御曹司確定、玉の輿お先に失礼します』


えま:『うさん臭くなかったんだ』


ひかり:『うん、むしろ、これが本当のお金持ちの息子さんなんだろうなぁ、とか思える程の余裕さと、所作。あれは凄かったよ』


りん:『何それ、誰?』


ひかり:『店で知り合ったの。下の名前しか知らないから調べようもないんやけど、隼人っていうのよ。私の予想では苗字は光友』


りん:『オーマイゴッド。それはやべーなw』




「光友…」


 みおは小さく呟いて、画面を見つめた。


 そしてグーグル検索場面に『光友隼人』と入力する。画面に出てきたのは沢山のホームページと光友系企業のロゴ。


 『画像』タブをクリックするとスーツを着た一人の男性の写真が目に入る。年齢は20代後半くらいだろうか?アイドルかと思う様な綺麗な顔立ち──。



みお:『もしかしてこの男性かな?』


ひかり:『あ、それ。え、待って、マジで光友なの?』


みお:『分からないけど…光友隼人って検索したら出てきたよ。本当だったら、ひかりちゃん凄いね』


えま:『ひかり、一生分の運を使い果たしたかもね』


りん:『これはイケメンやわ』


ひかり:『運を使い果たしたのか、クリスタルガールズなんていう命が何個あっても足りない副業に選ばれた事へのせめてものご褒美なのか…』



 ひかりのそんなラインを見て、思わずクスッと小さな笑みが漏れた。彼女は私と違って、本当に面白いし、いつもハツラツとしている。


 時計を確認してパソコンを閉じ、店を出た。会社はすぐ目の前だ。




 オフィスに入ると、朝のフロアはいつもより慌ただしかった。


 私は社員証を機械にかざすと、先輩に言われて書き直した資料を抱え、エレベーターホールへ向かう。



「……あ」


 曲がり角を抜けた瞬間、誰かと軽くぶつかった。


 書類が小さな音と共に床に散らばる。



「ごめん、大丈夫?」


 先にそう言われて、みおは反射的に頭を下げた。


「いえ、こちらこそ……」


 慌ててしゃがみ込むと、相手も同じように屈んでいる。


 上質な紺色のスーツは一目見ただけで、オーダーで彼自身の為に仕立てられたと分かる代物だった。腕についている時計は、私の父親も持っているパテックフィリップだった。


「役員会用の資料かな?朝から大変だね」


 表紙をちらりと見ただけでそう言われ、みおは一瞬だけ驚いた。


 そして、今迄こんな事経験した事は無い──何というか、胸の奥がドクッと高まるこの不思議な感じ。それもそのはず、今私の目の前で資料を差し出してきたこの男性は、まるで女性かと思うほど綺麗で中性的な顔立ちをしている。


 白い肌に、真っ黒で清潔感のある短髪気味の髪の毛。そして、さっきも目に付いた上質なスーツと時計。



「たどたどしいね。まだ一年目?」


「……あ、はい…」


「そっか。じゃあ尚更だ」




「あ、言い忘れた。それ、ちゃんと通ると思うよ。内容は悪くない」



 それだけ言って立ち上がり、エレベーターに乗り込む。


 名乗ることもない。扉が閉まる直前、なぜかその綺麗な横顔が目に焼き付いた。



「……今の人」


「専務じゃない?」


「ああ、社長のご子息の。海帝家茂(かいていいえもち)さんよね。」


「そうそう。名前からして凄いよね」


「まあ、この海帝グループの御曹司ですから」


「確か今朝一番の新幹線で大阪に来るって話だったね。あの人も大阪と東京を行ったり来たりで大変よね」


 背後から聞こえた声に、私は思わず振り返る。


「え?」


 

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