ドキドキするタクシー
店を出ると、新地の夜風が思ったより冷たくて、私は思わず肩をすくめた。さっきまでの静かな店内が嘘みたいに、通りにはタクシーのヘッドライトとネオンが溢れている。
「寒くない?」
「うん、大丈夫」
そう答えると、隼人は何も言わずに私の少し前を歩き、自然な手つきでタクシーを止めた。その動きがあまりにも慣れていて、まるで最初からこうすることが決まっていたみたいで、変に意識してしまう。
「送るよ。家、どの辺?」
「……鳳四魂大社って言えばわかると思う」
「ああ、そっちの方なんだ。近いね」
「まあね。」
彼はそれ以上詮索することもなく、私を先に乗せてからドアを閉めた。後部座席に並んで座る距離感も、近すぎず遠すぎず。
窓の外を流れる街の灯りをぼんやり眺めていると、不思議と胸の奥が静かになっていく。
「今日は色々あったみたいだけど」
「……うん」
「無理に整理しなくていいよ。人って、全部分かった瞬間より、分からないままでも呼吸できてる時の方が案外まともだったりするしね。」
慰めとも助言ともつかないその言葉が、やけに優しく耳に残る。
隼人くらいの年齢のお客さんは基本的に自分の成功や正解を語りたがる傾向にある。でも、彼はこんなところも『普通の人』とは真逆だ。正解を押し付けてこないところが、少しだけありがたかった。
「ひかりはさ、ちゃんと頑張ってるよ」
「……そうかな。さっき話した通り、留年決定のダメ女よ」
「ハハッ、留年した所で死ぬワケじゃないんだから」
「まあ、そうやけど──」
「十代なんて皆、そんなもんじゃない?自分の中の正解もコロコロ変わるし、意見もコロコロ変わるし。でも、それで良いんだよ。少なくとも、無理してる自分に気づけてる。それだけで十分だ」
私は返事をしなかった。ただ、膝の上で組んだ指先に、さっきより力が入っていないことに気づく。
タクシーは静かに住宅街へと入り、街灯の数が少しずつ減っていった。そして見慣れたマンションの前で静かに停まる。
「ここで大丈夫」
「了解」
隼人は運転手さんに有名ホテルの名を告げると、最後にこちらを見て小さく笑った。
「今日は休みなのにわざわざありがとう。ちゃんと休んで」
「……うん。隼人も」
「また連絡するよ。都合が合えば」
その言い方はとても柔らかくて、でもどこか大人同士の距離をきちんと保っていて、私は曖昧に頷くしかなかった。
ドアが閉まり、タクシーが走り去るのを見送ってから、歩き出す。
前から来た自転車に乗った楽しそうな男の子の軍団が私を横切る。ハハッと大きな口を開けて笑うあの子達の背中には、サッカーチームの名前が刻まれたリュック。
「私も、ああやって育ってきたんよね」
習い事をして、愛されて、怒られて、子供なりに計算して、駆け引きして──ティーンエイジャーになったところで、それは余り変わっていない。
きっと、『クリスタルガールズ』になったところで、私が想像するよりも、人生とか生き方ってのは変わらないのかもしれない。
部屋に入る直前、さっきまで胸を占めていた不安が、嘘みたいに静まっていることに気づいた。
楽になった、と言えばそうなのかもしれない。でも同時に、何かを一つ、置き忘れてきたような気もして──私はその違和感に名前を付けないまま、そっとドアを閉めた。




