現代版タキシード仮面
阪急百貨店での騒動を終え、私は北新地の外れにある小料理屋へと向かった。
正直、さっきの黒い人影や光った水晶のことが頭から離れない。けれど、今は目の前の現実に集中しなきゃ。相手は、店の団体客の中でも一際目立っていた、あの隼人なんだから。
「ひかり、こっち」
暖簾が出ているこじんまりとした店の前で待っていた隼人は、カジュアルなジャケットを羽織っているのに、隠しきれない育ちの良さが滲み出ていた。
「……ごめん、遅くなった。」
「いいよ。元はと云えば僕が待たせたんだから。さ、行こう。」
アルバイトとは云え、それなりに売上争いに参加するレベルのキャバ嬢として色んな男を見てきた。そして、先輩方から色々な男の話を聞いてきた。
湯水の如くお金を使うけれど、一瞬にして新地の煙となり消えていく人。ケチなのにお金持ちアピールの凄い人……。あ、わざと金回りの良い雰囲気を出す為に高いシャンパンを開けて女の子を信用させてから投資を持ちかける詐欺師も居た。
そんな中でも彼ら『タキシード仮面軍団』は別格の輝きをあの日、放っていた。
ちなみに、タキシード仮面軍団とは裏でキャストと黒服で付けたあだ名だ。誰しもが芸能人の様に恰好良く、それでいて誰一人ケチではない。そんな優雅で高貴な空気を例える言葉として出てきたのが『タキシード仮面』だった。
「……何かあった? 元気ないやん」
慣れた手つきでカウンターの椅子を引いた彼は私を先に椅子に座らせると、おしぼりで手を拭きながら至近距離で顔を覗き込む。
「本当?」
「うん。まあ、今日はプライベートだからかな?店と雰囲気が違う気がして」
「……まあ、それもあるけど。ちょっと予想外の出来事に巻き込まれてさ」
「予想外?…あ、ひかりは何飲む?ウーロン茶にしとく?」
「そうだね、迷惑かけたくないしそうしておくよ」
店では勿論、19歳だから飲めない──っていう設定になっているけれど、実際そんなのは暗黙の了解ともいえる雰囲気で簡単につぶされるルールだ。
でも元々は、大好きだった祖父もお酒の飲み過ぎで肝臓がんになり、命を全うした為、お酒なんて飲みたくない。そんな本音を不思議と隠さずに居れるこの空間は何だか……不思議な空間だった。
「で、予想外の出来事って?」
女将さんから受け取ったウーロン茶を私に渡し、隼人は自らの生ビールのグラスを持つ。グラスを重ねる事はせずにお互い、少しだけ飲み物を上に持ち上げてから話を進めた。
「ん~……。上手に言えないけど、予想外の出来事に巻き込まれた時って何だか、ワクワクする気持ちと漠然とした恐怖心みたいなのが入り混じるやろう。そんな感じ」
「それを楽しんだらいいんだよ。逆を言えば、予定調和の毎日なんて退屈だろ?」
その言い草に、少しカチンときた。
「……何が起きても、結局は高いところから眺めてるだけの人はね、そんな事簡単に言えるけどさ。」
「はは、手厳しいな」
彼は怒るどころか、楽しそうに笑った。
「他の人達は?皆、東京に帰ったの?」
「ああ。仕事の都合があるからね。僕も明日帰るよ。」
「そうなんや」
「少しは寂しそうにしてみてよ」
「いやいや。まだ出会って二回目なのに寂しいもクソも無いよ」
「そりゃ失敬、求め過ぎたね」
またもそんな事をサラリと言っては華麗に笑う隼人。
年齢は28歳でこの顔立ちと身長と所作の美しさ。それだけで誰もが手を伸ばしたくなる様な男だが……それだけじゃない。実家は誰もが知る大企業の『大本』らしい。
そこら辺については変に詮索はしていない。だけど、軍団の内の一人が隼人の事を『光友』と呼んでいたのを覚えている。
光友と言えば、光友銀行・光友コンクリート・光友百貨店が直ぐに思い浮かぶ。外国人ですら知るこの名前、そんな苗字を誰もが使って良い世の中なハズがない。
そんな事から考えるに──隼人は、もしかすると、あの光友財閥の御曹司かもしれない。
そんな事を、一人で此処に向かう道中に考えていた。
「ねえ、隼人。素朴な質問していい?」
「素朴?どうぞ」
「……あの日、もっと可愛い子や面白い子が付いてたでしょう?それなのに何で私とだけ連絡先を交換してくれたの?」
私はあえて、可愛げのない聞き方をした。
二回目会ったくらいで運命なんて信じない。ましてや出会いの場はキャバクラなんだ。
夜の街で働く私にとって、男の「気に入った」は、大抵の場合「都合が良さそう」の言い換えだという事を知っている。
隼人はビールを一口飲むと、お箸を手に取り、出された上品な盛り付けの前菜に手を付けた。
「何か面白かったんだ。ひかりのアンバランスな感じが」
「アンバランス?はぁ?いきなり毒じゃない?」
「あ、いや。そういう変な意味のアンバランスじゃないよ」
「……」
「流行りの服や小物で固めて、必死に『今風の女の子』のフリをしてるけど。本当はもっと、繊細で、壊れそうなものを抱えてるのかなって。」
「自慢じゃないけど、僕の家庭は少し特殊でさ。先代やお付の人から特殊な教育は散々、受けてきた。でもその中でもウチの親父が一番大事にして、そして一番僕に辛抱強く教え続けたのが……『人の本質を見る練習をしろ』って事だったんだ」
「本質?」
「そう。しかもああいう場所って『武装に最適』に思えて、一番、人の本質が出る所なんだよ。言葉の隅々や、目線、指先の動き。そんな繊細な物一つ一つがその人の言葉の裏に隠された本性や、言葉に乗る魂を僕に映す……って気持ち悪いかな」
「いや──何となく、分かる気はする」
一口、食べたその前菜は凄く丁寧に仕込みをされてるのが分かる。
美味しい、なんていう言葉では到底表せないけれど…だからこそ深くは語らずに「美味しい」と一言で終わらせてしまうくらいの代物だ。
「まあ簡単に言うと……そのアンバランスさが、僕には魅力的に映ったんだ」
「……何の無理か、教えてよ」
「それは内緒。ゆっくり暴いていくのが楽しみなんだから」
彼はそう言って、悪戯っぽく笑った。
隼人に差し出された冷酒のグラスが、照明を反射してキラリと光る。その眩しさに、私はさっきまでの不穏な影のことを、少しだけ忘れそうになっていた。




