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少しずつ変わっていく世界【3】


「見えたよね?」


「うん」


 私たちはお守りを握りしめたまま、言葉を交わした。


 だけど、肝心の変身の仕方など、全く分からなかった。



 あの時は、勝手に……身体が光って、気がついたらああなっていたんだ。


 私は、まだ手のひらで熱を帯びる水晶を見つめた。


「何か言葉とかあるのかな? プリティーウィッチ、ひかり!……みたいな?」


  自嘲気味に呟くと、エマは一瞬だけ心底呆れたような顔をした。


 その時、隣のテーブルに憑いていたぼやけた人影が、みるみるうちに輪郭を濃くしていくのが目に入る。それはまるで、空気中の悪意を吸い込んで形を成していくようだ。


「っ……!」


 その瞬間、私の左手に握られたお守りの水晶が、これまで感じたことのないほどに熱を帯びた。青い輝きが、私の手の中から眩い閃光となって弾け飛ぶ。 同時に、エマの紫色の水晶からも同様に光がほとばしった。


「変身っ……!」


 誰が言ったのか──それとも無意識に心の中で叫んだのか──その言葉を合図にするように、私たちは光に包み込まれた。


 光の奔流が私の身体を駆け巡る。


 足元から湧き上がるように広がる青いドレスのフリル、胸元で輝くサファイアのブローチ、そして頭上には夜空の星を閉じ込めたようなティアラが煌めく。足に吸い付くようにフィットする水色のパンプスが、くるくると宙を舞う私を支える。


 エマは、漆黒のドレスに身を包んでいた。


 深く切り込んだスリットからは、彼女のしなやかな脚が覗く。胸元には大粒のアメジストが輝き、夜空を思わせる紫のヴェールが、彼女の長い黒髪からなびく。頭上には、茨が絡みつくような神秘的なティアラ。高貴な魔法使いのようなその姿は、冷たいまでに美しかった。


 辺りにいた人々は、源蔵(げんぞう)があの日語った通り、動きも会話も、本当に一瞬にして止まっていた。


 時が止まったような静寂の中、異形の怨念だけが、リーダーママに覆いかぶさるような形で攻撃を仕掛けてきた。


 それは、声にならない絶叫を伴う怨念の曝け出した気持ち、だろう。


 無数の黒い手が、リーダーママの全身を掴みにかかる。皮膚を蝕み、精神を砕かんとするような禍々しい悪意の塊。


「やめて……!」


 反射的に前に飛び出した私に、その攻撃が直撃した。


「アッ……!」


 焼けるような激痛が左腕を襲う。


 その隙に、エマは流れるような動作でお守りが形を変えたステッキを振るった。


「アメジストシャドウ!」


 彼女のステッキの先端から、妖しく輝く紫色の鎖が勢いよく飛び出し、怨念の黒い手を縛り上げる。鎖は怨念を少し押し払い、私たちと怨念との間にわずかな間隙を生み出した。


 私は立ち上がり、熱を持つステッキを握り直す。攻撃された左腕は、火傷を負ったようにジンジンと痛んだ。


「大丈夫?」


 エマが心配そうな声で尋ねる。


「うん……でも、想像以上に痛い……」


  痛みと、突然の戦闘に巻き込まれた現実が、私を怯えさせた。


「どうしよう……。まさか、本当に街中で戦うなんて……」


「やるしかない。……私たちがしっかりしないと、この人は『コレ』に喰われるわ。そんなの貴方も見過ごせないでしょう?」


  エマの鋭い声が、私の背中を押す。


 怨念は、縛られた鎖を振りほどこうと暴れている。


 その隙に、私たちはスマートフォンを取り出し、グループLINEに連絡を入れようとしたが、怨念の放つ気が妨害となり、なかなかスマホに辿り着けない。


 怨念の禍々しい気の塊の中に、あの日源蔵が見せてくれたような、禍々しい黒水晶がぼんやりと輝いていた。


「そこだ!アクアサファイア!」


  ステッキの先端から、私の水晶と同じ鮮やかな青色の光が放たれ、黒水晶目掛けて一直線に飛んでいく。


「アメジストシャドウ!」


 エマがすかさず続けた攻撃により、紫色の鎖が再び放たれ、黒水晶を絡め取ろうとする。 あんなにダサいと思っていた攻撃名も、今はこの緊迫した状況では全く気にならない。むしろ、口に出した方がリズムが掴めるような気がした。


 しかし、二人の攻撃は黒水晶をかすめるだけで、なかなか取り出すことができない。


 怨念の黒い触手が、素早く動き、エマの太ももをかすめる。エマのドレスが少し焦げ、皮膚が赤く腫れ上がっている。


 その傷を目の当たりにした瞬間、私の背筋にゾクッと悪寒が走った。


「ひかり! この怨念の元を探そう!」


  だけどエマはやっぱり強いらしい。彼女の目は怯えではなく、何かを見抜いたかの様に鋭く一点を見据えていた。



「元……?」


  私の問いかけに、エマがステッキを構え直しながら鋭く返す。


「あの神社での戦いと源蔵さんの話を思い出して! 怨念には、核になる『負の感情』が必ずあるはずよ!」


 元、つまりこの異常事態を引き起こしている原因。


 私は必死に、止まった時の中に閉じ込められたママ友たちの会話を思い返した。 (教育、受験、最新のトレンド、夫の役職……) この界隈では、呼吸をするように語られる当たり前のトピック。


 でも、何かが引っかかる。


 ふと、黒い影に飲み込まれかけているリーダー格の女性の足元に目が止まった。椅子の横に置かれた、一見完璧に見えるエルメスのバッグ。だが、その持ち手の付け根が不自然にささくれ、今にも千切れそうに歪んでいる。


「エマ、あのバッグ……もしかして偽物?」


「はあ!? こんな時に何言ってるのよ!」


  エマが怒鳴るのも無理はない。


 でも、私には分かった。きっと私も本当の自分を隠す様にして無理な武装をして、ここに立っているからだろう。


「エマ、虚栄よ。」


「虚栄……」


  エマが私の言葉を繰り返して、ゆっくりと息を呑む。その瞬間、怨念がひときわ大きく咆哮した。図星だ。


「「アクアサファイア!」」「「アメジストシャドウ!」」


  二人の技が重なり、怨念を直撃する。闇の勢いは少し弱まった。


 けれど、根深い虚飾の力は、まだ断然強かった。



「っ、ダメ……! 押し切られる!」



 ──黒い霧が私たちの視界を塞ごうとした、その時だった。



「遅くなってごめん!」


「……お待たせしました!」


 

 聞き慣れた声と共に、二つの眩い光がティーサロンを突き抜けた。


 オレンジ色の閃光が闇を切り裂き、柔らかなピンクの輝きが私たちの足元を包む。


 現れたのは、りんと、みおだった。 二人もすでに変身を済ませており、どういう事情か知らないが彼女たちの間には、これはこれは可愛い「キツネ」まで居る。


「何それ!? 怨念の仲間!?」


  驚愕するエマに、りんは不敵に笑いながら、ステッキを怨念めがけて思いきり振った。


「コイツはキツネ!仲間だよ!ッ…… いくよ!シャイントパーズ!」


 ステッキから放たれた黄色の粒手が、怨念を次々と撃ち抜いていく。


「援護します!ハーモニーブロッサム!」




 ………ついに四人が揃った。


 

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