少しずつ変わっていく世界【2】
阪急百貨店の中にあるティーサロン。 何度か来た事があるこの場所は、いつ訪れても人が溢れている人気店だ。勿論、ここで休憩している人達は皆、小綺麗な人ばかり。こんな事を言っては何だが、良い母親だというのは前提に置きつつ、どこか常に疲れていそうな私の母親とは見た目から何から逆のタイプの人が多い。
運ばれてきたダージリンの香りに包まれながら、私たちは向かい合っていた。 隣のテーブルでは、いかにも教育熱心なママ友グループといった装いの女性たちが、子供の進学や流行の品物について声を潜めつつも熱く語り合っている。
「……イキナリ本題に入るけど。あの日から、何か変わったことあった?」
エマがカップを置いて、真っ直ぐに私を見た。
「うーん、特にこれと言って変なことはないんだけど。でも、何となく人の『気』に敏感になった気がする」
「……やっぱり。実は、私もなの。それを確認したくてね」
エマも同じ感覚を抱いていたことに、少しだけ肩の荷が下りる。
「だよね?やっぱりあのお守りを持ってるからかな。今のところ変なことに巻き込まれてはいないけど、毎日それなりにビクビクしてるよ。あの時に感じた恐怖も痛みも本物だったからね」
私が自嘲気味に笑うと、エマも静かに、けれど深く同調するように頷いた。
「実はね、もう少しラインを動かした方がいいのかなって思ってたの。一応、私が一番年上だし、リードしなきゃって。でも、実際に敵がいるわけでもないし、何かに巻き込まれる気配もないのに、何を話せばいいか分からなくて……。だから今日、たまたまとはいえ、あなたがフランクに会いに来てくれて助かったわ」
そんな言葉に正直な話、少し驚いた。
完璧で隙のないエマが、そんな風に年上としての責任感や迷いを口にするなんて思わなかったから。
「何その顔、貴方って本当、リンと一緒で正直ね。私って意外に情深いし、人の顔色や気持ちに敏感なタイプよ」
「いや、そういう事は思ってないけど…」
「顔に書いてたわよ」
フフッと上品に笑うと、ダージリンを一口飲んだ目の前の美人さんは静かに言葉を続けた。
「私って、昔からネグレクトで育ってるの。だから、人と距離を保つのが得意なの。本当は近付きたいとか仲良くなりたいって思うんだけどね。でも近い距離に行き過ぎると、突然失う事が怖くなるのよ。だから友人でも何でも常にブレーキを踏んだ状態を保つ様にしてる。」
「何それ、キンキの愛のかたまりみたいな事言うやん」
「その例えは……ああ、確かに。何かそんな歌詞有ったわね」
本当に意外だった。確かに言われてみれば、彼女のインスタには今迄で一回も両親が登場した事は無い。
私が見ていた彼女の強さは、孤独の中で自分で自分を守るために作り上げたものだったのかもしれない。 何故か彼女との距離が少し縮まった気がして、私はつい、心の内を滑らせた。
「じゃあ……エマに、恋愛相談してもいい?」
「恋愛は苦手だけど、聞くくらいなら」
そう言って少し眉を下げるエマに、私は今日これから会う隼人のことを話し始めた。
「隼人はね、元々私が働いてるお店に、団体客として来たの。見た目はアイドルのセンターみたいなイケメンで、しかもその軍団、全員が社長。隼人自身も、誰もが知ってるような名門企業の御曹司だって話で……。なぜか彼に気に入られて、今日、これからデートなのよ」
エマの目が、スッと細くなる。
「……そんな人が、わざわざあなたの働くようなお店に行く?」
「ちょっと、失礼ね! 私、そこそこ有名なキャバクラで働いてるんだから!」
「へえ……」
「その軍団は、派手にお金を使うタイプでも無かったけど、ケチなワケでもなくて。」
「……」
頬杖をつきながら、静かに相槌を打つエマの顔は、まだ半信半疑だ。正直、私自身も半分は信じ切れていない。そんな絵に描いたような凄い人が、本当に実在するんだろうか。
「で、まあ言うのは二回目だけど。今日はその彼とのデートなんだけど、ちょっと遅れるから待っててって言われてるの」
「デートねえ…」
そんな話をしていた、その時だった。
ふと、隣のテーブルに座るママ友グループが気になった。リーダー格らしい女性が、立て板に水のごとく喋り続けている。 その背後に、違和感。 女性の肩越しに、ぼんやりと黒い「人影」のようなものが張り付いているのが見えた。
「えっ……」
私が小さく声を漏らしてエマに目配せすると、エマの視線もその一点に釘付けになっていた。彼女にも、見えている。
私たちは導かれるように、自分たちの鞄の中、あのお守りを確認した。
バッグの隙間で、透明だったはずの水晶が、内側から激しく、警告するように光を放っていた。




