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台風のよる、君ひそやかに、魔女高らかに  作者: にしのくみすた


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9/9

お持ち帰りはポテトもセットで!(前編)

 モチコとミライアが灯台(タワー)に着いてからしばらくして、台風が上陸した。


 ミライアの活躍により、台風はだいぶ弱まったようだ。

 タワーのガラス窓に当たる雨と風は、少しだけ強めに感じる程度だった。

 これなら台風警告信号(タイフーンシグナル)に従って避難している街の人々に、大きな被害が出ることは無さそうだ。


 弱まったとはいえ、台風が過ぎ去るまでは、外に出るのは危ない。

 天気が落ち着くまで、モチコはタワーで待機させてもらうことになった。

 

「台風がいなくなるまで、モッチーはのんびりしててね~」

「私たちは仕事があるけど、モチコちゃんは下の仮眠室で休んでいてもいいわよ」

「はい。おシズさん、リサさん、ありがとうございます」


 台風が上陸してから、リサとシズゥは忙しそうにしている。

 街の被害状況を確認したりしているようだ。

 今夜は色んな事がありすぎて、モチコの心には今もドキドキが残っている。

 眠くはなかったので、仮眠室へは行かずに、みんなの仕事風景を眺めて過ごすことにした。


「この部屋は、中央展望室(コントロールルーム)って呼ばれてるんだよ~」


 シズゥの説明によると、ここで台風を観測し、各所に指示を出しているそうだ。

 円形の部屋をぐるりとガラス窓が囲んでいて、南側に海、北側に街が見える。

 夜の中央展望室(コントロールルーム)は、照明はあるものの、基本的には薄暗い。

 海側のガラス窓の前には大きな机があり、リサがその前に座っていた。


「リサの机に、大きな地図があるでしょ~。あれで台風を観測してる~」

「地図で観測できるんですか?」

「魔法で光を操って、地図に情報を映してるんだよ~」


 リサの机を見ると、地図は灯台を中心にして、周りの海と街が描かれていた。

 地図の上には小さな水晶がいくつも転がっていて、それぞれ色々な加減で光ったり、点滅したりしている。

 あの光が、台風の位置や、風や雨の強さを示しているようだ。


「台風は現在、中央街の真上を進行中。川の水位に注意してください――」


 ときどき、リサは透き通った声で、この部屋ではないどこかへ指示を出している。

 リサの両耳には、ミライアがしていたのと同じ、三日月のイヤリングが光っていた。

 薄暗い展望室のなかで、リサの身体は白いオーラをまとっている。

 もともと清楚な雰囲気のリサがオーラをまとうと、まるで絵画に描かれた女神のように美しかった。


「ちょっと出かけるから、モッチーはいい子にしててね~」


 シズゥはそう言うと、下の階へと降りていった。

 その後、荷物や書類を手にして戻ってきたかと思うと、何度も中央展望室(コントロールルーム)と下の階を、行ったり来たりしている。

 リサが観測した内容を誰かに伝えに行ったり、下から持ってきた書類をリサに渡したりしているようだ。

 本人の性格だと思うが、何となく行動のひとつひとつがのんびりとしていて、慌ただしい様子には見えない。


「あ~。冒険者街にできた新しいお店ね~。でもやっぱりコロッケは銀河屋一択かな~」


 ときどき、下の階から他のスタッフが上ってきて、シズゥに書類を手渡しに来る。

 その際に雑談をするのだが、シズゥの仕事の半分くらいは、この雑談に費やされている気がした。

 仕事に関する雑談から始まって、お店で新商品が出たとか、冒険者ギルドに可愛い新人が来たとか、貴族街の火事は裏でマフィアが動いてるらしいとか。


 シズゥはのんびりした相づちで、どんな話でも楽しそうに聞く。

 そのため、他のスタッフもみんな、思わず話し過ぎてしまうようだ。

 糸目と言ってもいいくらい細いシズゥの目は、何を考えているのかは読めないが、のんびりしていることだけは分かる。



「私もすこし、のんびりしようかな」


 モチコは展望室の隅にあるイスに座りながらつぶやいた。

 話し相手もいないので、テーブルにほおづえをつき、ぼんやりとしながら外の嵐の音を聴く。

 風が中央展望室(コントロールルーム)の窓を断続的に叩き、雨の音がタワー全体を大きな幕のように包んでいた。


 抑揚は無いが、ほどよく不規則なその音は、不思議と心地よいノイズのようだ。

 しばらく聞いているうちにモチコは眠くなってきた。

 ミライアはまだ戻ってこないな、と思いながら、いつの間にか眠りに落ちていた。




 ――モチコは短い夢を見た。


 いつもの夢。何度も見るこの夢は、内容も毎回ほとんど同じだ。

 夢というよりは、記憶に近い。


 魔法学校の学生時代。

 定期試験が始まり、クラスメイトが1人ずつ先生の前に呼ばれる。

 そこで指定された魔法を正しく披露できれば、試験は合格。

 クラスメイトがみな合格していくなか、モチコの順番が来る。


 深呼吸をして、何度もトライするが、魔法は発動しない。

 呼吸が浅くなり、手のひらに嫌な汗がにじむ。


 最初は応援していたクラスメイトや先生が、ひとり、またひとりと失望した様子で離れていく。


「君には才能が無い」


 誰かが言った言葉が、妙に反響して聞こえる。

 いつもの夢。もうすぐ目が覚めるはずだ。


 だが、いつもはここで終わる夢に、今回は少しだけ続きがあった。


「――手を出せ!」


 どこからか凛とした声が聞こえる。どこかで聞いたことのある声だが、今はなぜか思い出せない。

 思わず伸ばした右手が宙をさまよった、次の瞬間――。


(後編に続く)

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