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台風のよる、君ひそやかに、魔女高らかに  作者: にしのくみすた
第5章

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最終話:台風のよる、君ひそやかに。

 ゆっくりと、目を開いた。


 あまりにも穏やかな景色で、天国かと思った。

 気がつくと、静かな空中にいて、モチコはホウキに乗っていた。


 いつもと違い、ミライアと正面から抱き合う形になっている。


「モチコ?」


 ミライアの声が聞こえて、モチコは顔を上げた。

 やさしい表情をした先輩と目が合う。


「気が付いたみたいだね。よかった」


 ミライアはそう言うと、モチコの身体をぎゅう、と強く抱きしめた。

 その心地よい痛みで、自分がまだ生きていることを実感する。


 モチコは左手に握っていた黒ぶちメガネを、しっかりと掛け直した。


「ここは……?」


 周りを見渡してみると、高くて厚い雲に囲まれていた。

 上空だけは晴れていて、空に月が見える。


 まるで巨大な雲のなかにぽっかりと空いた、穴のような空間だ。

 

「静か……ですね」


 モチコは思わずつぶやいた。

 そこは、雲のなかに隠された聖域であるかのように、静謐(せいひつ)な場所だった。


「台風の目だ。まさか、本当にあるとは思わなかった」

「目……?」

「そう、台風の目。シグナスの魔女のあいだで伝わる、伝説みたいなものだったんだけど」


 ミライアは、周りを囲んでいる雲の壁を見回す。


「巨大な台風の真ん中に、なぜか瞳みたいに丸い穴が空いてて、風の無い空間があるって話」

「これが、台風の目……」

「そう。初めて見た」


 あらためて周りを見渡した。

 360度、全方向が、巨大な雲の壁で覆われている。


 この雲が台風だとすれば、状況はいまだ最悪であることを意味していた。


「……ここから、脱出できますかね?」


 モチコの問いかけに、ミライアは何も答えなかった。



 ふと、モチコは自分が着ている制服に違和感を感じて、触って確かめてみる。

 制服の大部分が焦げていて、一部は擦り切れていた。


 そうか、あのとき、私はカミナリに撃たれたんだ。

 魔導繊維が織り込まれた制服が、身代わりになってくれたようだ。


「……先輩?」


 長いあいだ、何も言わないミライアに、モチコはもう一度呼びかけた。

 ミライアは高い雲の壁を見上げていた顔を下ろすと、モチコとまっすぐに目を合わせ、ゆっくりと口を開く。


「モチコ」

「はい」


 それは、モチコを安心させようとするような、やさしい口調だった。


「私はもう、だいぶ魔力を使ってしまった。残っている魔力は、もうわずかだ」

「……」

「あと数分もすれば、魔力が切れてホウキは落ちる」


 ミライアはモチコから目を逸らさず、決意のこもった声で言った。


「私が魔力切れで意識を失ったとしても、モチコなら泳いで陸地にたどり着けるかもしれない」


 そうか。

 モチコは気づいた。


 ――先輩は、自爆覚悟で私だけでも救おうとしている。



 ああ、先輩は。


 こんなときでも、先輩なんだな。

 凛として美しくて、かわいいのにかっこいい。


 胸の奥から、恐怖心どころか、いとしさがこみあげてきた。



「私の残りの魔力を全部使って、何とかモチコだけでも帰す方法を……」

「――先輩」


 モチコはミライアの言葉を遮った。


「出会ったときと、同じですね」


 覚悟を決める。


「え?」

「手を伸ばしたら、先輩が掴んでくれました」


 モチコは手のひらをぎゅっと、こぶしにして握った。


「もう諦めていたこの夜空へ、先輩が、連れてきてくれました」


 先輩の赤い瞳を、じっと見つめる。


「先輩、私が魔法を使えるようにするって、約束しましたよね」

「ああ……」


 魔女の名にかけて、先輩がしてくれた約束。


「だから、私が魔法を使えるようになるまで、先輩は、私と離れてはダメです」

「……」


 モチコは、強い決意を込めて言った。


「だから、絶対にふたりで帰ります」



 すこしのあいだ、お互いに無言だった。


 上空にいまだ雲はなく、月がふたりを照らしている。

 うつむいたモチコの黒ぶちメガネに、月明かりが反射した。


「先輩に、秘密にしていたことがあるんです」

「秘密?」

「今まで、この夜空で何度もやった実験――。最速で空を飛ぶ方法なんですけど……」


 モチコは、ほんの少しだけ迷ったあと、続ける。


「……たぶん、正解を知っています」

「え!?」


 驚くミライア。


「ただ、それをやるには、勇気……というか。決心が必要なので、黙っていました」

「どういうこと?」

「私が魔力切れで気を失うかもしれないので、落ちないように結んでおきます」


 モチコはそう言いながら、紐の焦げた部分をなおして、ふたりの身体を結び始める。

 正面から抱き合う形のふたりが、ホウキの上で固く結ばれた。

 モチコが持っていたスクロールの残りも、全部ミライアへ渡しておく。


 モチコは顔を上げて、ミライアを見つめた。


 月明かりが、先輩のまつ毛を照らす。

 きらきらと輝くまつ毛から、瞳に影が落ちている。

 きれいだな。


「……先輩。マナを身体に取り入れるとき、どこから最も多く取り入れるか、知っていますか?」

「いや、考えたことなかったな」

「全身の皮膚からも取り入れることはできますが、それは全体の1%だそうです」


 モチコは腕に力を込め、ミライアを抱きしめる。


「いまから、ありったけの私を、先輩にあげます」

「モチコ……?」


 モチコの顔が、無表情ながら、真剣さを帯びる。

 ホウキの上で抱き合うふたりの顔が、ぐっと近づく。


「先輩……」


 モチコは最後に、そっとささやいた。


 続きがありそうなその言葉の先は、口にしなかった。

 言葉にする前に、唇がそっと触れ合う。


 嵐に囲まれた、その小さな夜空で。

 ひっそりと。

 月だけが見ていた。


 それは長いキスだった。


 ミライアを抱きしめていたモチコの腕が、やがてミライアの背中から離れる。

 その手が空中をさまようと、ミライアの手がそれを掴んだ。

 手のひらを合わせ、指と指がからむ。


 モチコはずっと瞳を閉じていた。

 ミライアも、余計なことを考えるのはやめ、瞳を閉じる。

 モチコをぜんぶ、受け入れることにした。


 モチコの身体から、緑色の泡のようなオーラが溢れ出す。

 それが、唇をとおして、ミライアの身体へと流れ込んでいく。


 ミライアの1日分の魔力を、はるかに超える量だった。

 この小さい身体に、これほどの魔力があったのかと、ミライアは驚く。


 やがて、モチコのまとっていたオーラが消え、そっと唇が離れる。

 薄く目を開けたモチコは、そのままぐったりと、ミライアにもたれかかった。


「……あとは、お願いします。……先輩」

「わかった」



 ミライアは、モチコを胸でしっかりと受け止めると、ホウキの姿勢を整えた。


 モチコから受け取った魔力で、オーラを練り始める。

 それは明らかに、今までとは桁違いな量のオーラだった。


 黄金色(こがねいろ)のオーラが、まわりのすべてを包む。

 輝く光が、身体からとめどなく溢れてきて、ミライア自身もまぶしいくらいだった。


 ミライアは確信した。


「これなら……いける!」


 ばすん!

 音とともに、ホウキが夜空に放たれる。


 すさまじい量のオーラをまとったホウキは、激しい閃光となって、一直線に台風へ突入した。


 黄金色のオーラの奔流は、猛烈な台風の渦でさえも跳ね返した。

 まるで螺旋を描くように、嵐を削りながら穴を空けていく。

 ホウキが翔けたあとには、黄金色の軌跡が、稲妻のごとく刻まれた。


 それはまさに、

 “疾風迅雷の魔女”の名に相応しい。


 ――高らかに夜空を翔ける、魔女ミライアの姿だった。



 ミライアは全力で嵐を突き抜けながら、残っていたスクロールを、すべてまとめて握った。

 飛びながら腕を回転させ、スクロールを放つ。

 台風の内側ですべてのスクロールが炸裂し、あたりは激しい爆発音に包まれた。


 そして、

 ホウキは台風を突き抜けて、嵐の雲から脱出した。


「よし! 抜けた!!」


 叫ぶミライアの声。


 モチコはとぎれとぎれの意識のなかで、台風の方を見た。

 内側から大量のスクロールを撃たれた台風は、まるで不意を突かれた魔物のように身をよじり、その巨大な形を崩していった。


 そのまま、一気に暴風域の端まで出たホウキは、スピードを落とす。


 ここまでの脱出で全力を使い切ったミライアに、もういつものスピードは無い。

 ここからは、のんびりとした飛行だった。



「モチコ、帰ろう」

「はい」


 タワーへ向かうホウキの上で、ミライアはやさしく微笑むと、胸に抱きついているモチコのおでこを撫でた。

 そのまま、モチコの髪の毛がぐしゃぐしゃになるほど、頭を撫で始める。


 モチコはそれを拒まずに受け入れながら、目を開いて夜空を眺めた。

 雲の切れ間から、美しく輝くアルビレオが目に入る。



 暴風域を出れば、もうすぐタワーとの通信が回復するだろう。

 リサさん、心配しているだろうな。


 アリサ隊長や、ピコットさんは回復したかな。

 ちーちゃんに、借りた本を返さないと。


 マルシャにおかえりって言ってもらおう。

 おシズさんがコロッケ山盛りで待ってるかも。


 あぁ、ランランにもホウキのお礼をしておいてやるか。


 みんなに、シグナスを飛び出したことを謝らなきゃ。

 復帰したら、やることがいっぱいだ。




 すこし強い風が吹いて、ホウキが揺られる。


 モチコは、ミライアを抱きしめている腕に、ぎゅう、と力を込めた。

 それから、ミライアの胸に、前のめりにのしかかる。


「どうした、モチコ?」


 不思議そうに尋ねたミライアに、モチコは身体をすこし持ち上げる。


 ふたりの顔が近づく。

 そして――。


 耳元でささやいた。



「先輩、今夜のキスは、ふたりだけの秘密にしましょう」



 台風のよる、君、ひそやかに。






 台風のよる、君ひそやかに、魔女高らかに

 ―― 完 ――

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