颱風(後編)
「よし! これならいけるぞ!! 2発目も――」
それは、ミライアが、
まだ話している途中だった。
まったくの、予想外。
決して油断していた訳ではない。
あまりにも予期せぬ事態だった。
――ホウキが、前後左右を台風に囲まれていた。
「は?」
モチコは思わず、間の抜けた声を出すことしか出来なかった。
どちらへ避けても台風に飲み込まれる。
回避は不可能だった。
それでもミライアはホウキを直角に急上昇させ、台風の壁を上っていくように飛んで避けようとする。
前後左右から迫る台風が、やがて互いに結合し、ホウキを吞み込もうとする刹那。
ミライアが叫んだ。
「――くっ! そういうことか!!」
台風がホウキを呑み込む。
「台風は、2つ重なっていた……ッ!」
どうりで大きいはずだった。
台風は2つあったのだ。
1発目のアタックで、1つ目の台風がダメージを受け、進路がずれた。
そこで重なっていた2つ目の台風が現れ、ホウキを挟み撃ちにしたのだった。
ホウキは、台風の渦に巻き込まれた。
渦に呑み込まれれば、たかが1本のホウキに、為すすべは無い。
海の藻屑になるだけだった。
それでもまだ、ミライアの心は折れない。
“疾風迅雷の魔女”の二つ名を持つミライアは、持てる魔力をすべて使って、コントロールを取り戻そうと善戦した。
5枚のスクロールも撃ち切った。
渦に巻かれながらスクロールを正確に撃つことは不可能だったが、それでもほんの僅かに台風にダメージは与えた。
しかし結局、そこまでだった。
ホウキが台風の渦から脱出することは出来なかった。
カミナリの光が見えた。
ほぼ同時に爆発音がした。
モチコは、猛烈に回転する景色の中で、その光を見た。
だが、音は聞こえなかった。
カミナリに撃たれて、意識を失ったからだ。
「――!?」
モチコが気づくと、ホウキの上で身体が後ろにのけ反っていた。
幸い、意識を失っていたのは一瞬だった。
何が起きたかは理解できていなかったが、何かが焦げる匂いに気づく。
お互いを結んでいた紐が、カミナリで焦げて切れた。
飛んでいきそうになった紐を、モチコは反射的に掴む。
これが無いとモチコ大回転ができないから。
紐を掴んだとき、姿勢が崩れ、メガネが飛んだ。
ぼやける視界のなか、両手を伸ばし、メガネを掴もうとする。
運よく、左手が黒ぶちメガネをキャッチした。
だが、そのときには、モチコの身体はホウキから落下していた。
正確には、落下ではなく上昇だった。
凄まじい渦によって、高く巻き上げられたのだ。
「モチコ!!!」
先輩が名前を叫ぶ声が聞こえる。
でもその声もだんだん遠くなる。
――これは、死ぬかもな。
身体が揉みくちゃにされる感覚の中、モチコは自分でも意外なほど落ち着いて、色々なことを考えていた。
こういうのを走馬灯というのかもしれない。
先輩と、初めて出会った日と同じだ。
――台風の夜にメガネをかけてはいけない。
でも、かけないと見えないしな。
――海に落ちて、クラーケンの今夜のおかずになるのはやだな……。
でも、クラーケンぐらい、先輩なら倒してくれそうだな。
いくつかの言葉が浮かんだあとで最後に考えたのは、叶わなかった夢についてだった。
魔女になって空を飛びたいという夢。
頑張って働いて学費をためて魔法学校へ通ったこと。
結局才能が無くて魔女になれなかったこと。
空を飛べない自分が、最期にこうして空を飛んでいるのは、ちょっと皮肉だ。
この世界には、どれだけの数の夢があるんだろう。
そのうちいくつが叶い、いくつが消えていくのか。
――私は叶わなかった夢と一緒に、ここで消え……。
突然、心の底から。
熱い想いが激流となって溢れてきた。
黄金色の、まぶしい輝きだった。
……いやだ!
消えたくない!!
私はまだ、先輩と一緒に――。
空を飛びたい!!!
モチコの目の前に、金色の粉を振りまいたような光が見えた。
その直後、凛とした声が響く。
「――手を出せ!」
まるで暗闇に差し込む一条の光のような、凛々しい声だった。
モチコは反射的に、右手を声のする方へ伸ばす。
宙をさまよった手は、次の瞬間、差し出されたもうひとつの手によって、しっかりと握られた。
手をつないだふたりは、台風の渦によって上下左右も分からなくなるほどにかき混ぜられ、嵐のなかに消えていく。
遠ざかる意識のなか、ふたりは最後まで固く手を握り――。
お互いに決して離すことは無かった。




