颱風(前編)
暴風域に入った途端、ホウキのコントロールが難しくなった。
猛烈な風が、不規則にすべての方向から吹きつけてくる。
それでも何とか前に進もうとするが、正面から風が吹くと、ホウキが前に進んでいるのかも分からないくらいだった。
「もう、まっすぐ進むのは無理だ! 流されながらでも台風に近づくよ!」
「はいっ!」
轟々と吹きつける風のせいで、大声で叫ばないとお互いの声が届かない。
まっすぐ進むことを諦めたホウキは、風に流されながら揺れに揺れて、ときには横倒しになった。
その中でモチコは、ホウキの上で身体を左右に大きく傾け、自ら姿勢を崩していく。
モチコが姿勢を変えることで、ホウキのバランスを取るのだ。
ミライアがコントロールし切れない部分を、カバーするための作戦だった。
「モチコ、いいよ! すごくいい!!」
「はいっ! まだまだいきます!」
ホウキが風で左に押し倒されれば、モチコが身体を右に倒して、ホウキの方向を修正する。
そうしてホウキは少しずつ、台風に近づいていった。
暗い雲をかき分け、この嵐の中心を目指す。
――ズガァァァン!
突如、視界が開け、轟音が飛び込んできた。
目の前に立ち塞がっていた、厚い雲を突破したのだ。
雲を抜けると、とんでもない爆音が待っていた。
左右にそびえる巨大な建造物を、同時に爆弾で思いっきり破壊しているかのような、耐えがたい音。
あまりの音量に、モチコは顔をしかめる。
耳を手で押さえたいが、いまミライアから手を放したら、バランスを崩してしまう。
「痛っ!」
何かが身体に当たって痛みを感じた。
雨だ。
暴風によって運ばれた雨粒が、いよいよ雨避けの魔法を貫通して襲ってきた。
あっという間に全身が濡れていく。
モチコは身体中に力を込め、バチバチと当たる雨粒の痛みに耐えた。
ホウキが小刻みに振動し始める。
ミライアの魔力と、風の強さが拮抗して、せめぎ合っているのだ。
みしみしと、嫌な感触がホウキから伝わってくる。
あまりの烈風。ホウキがしなって折れそうだ。
「私は飛ぶのに集中する! モチコは撃つのに集中して!」
ミライアの叫び声が聞こえた。
モチコはスクロールを撃つために、台風を探す。
右か? 左か――?
だがどこにも、台風らしきものは見えない。
「台風は、どこですか!?」
モチコが叫んで尋ねる。
答えはすぐに返ってきた。
「目の前! さっきから、ずっと!!」
「えっ!?」
それは、もうずっと前から見えていた。
大きすぎて、それが台風だと認識できていなかったのだ。
視界すべてを覆う、あたり一面の、
恐ろしい黒。
その漆黒のかたまりが台風だった。
「今日は出し惜しみは無しだ! 1発で決めようと思わなくていい! モチコ大回転、4回は覚悟して!!」
「はいっ、任せてください!!」
モチコは大回転に備え、スクロールを手に取った。
深呼吸をして、カウントダウンを待つ。
「いくよ!」
ミライアの声とともに、ホウキが回転を始めた。
視界が回る。
回転がどんどん速くなる。
変わり続ける景色。
雲、空、黒、海――。
「カウント!! 3ッ!!」
カウントダウンが始まる。
モチコはミライアを掴んでいた両手を離し、頭の上にまっすぐ伸ばした。
スクロールを固く握りしめる。
「2!!」
オーラを練り、スクロールに流し始める。
緑色の泡のようなオーラがモチコを包み、スクロールも光を放ち始めた。
全身ずぶ濡れだが、今はそんなことは気にならない。
「1ッ!!」
スクロールに魔力が満ちた。
視線と腕は目標に向けてまっすぐ、そのまま視線と腕をキープする。
雲、空、黒、海。
雲、空、黒、海――。
「撃てッ!!!」
「はいッ!!」
モチコはスクロールを放った。
タイミングは、完璧だった。
ばすん、という音とともに光の矢が現れる。
矢は一直線に漆黒の嵐を切り裂き、台風の根元あたりへと消えていった。
モチコ史上、最高の出来だ。
白い閃光が走ったのと同時に、ホウキが回転を止めて急旋回する。
台風からいったん離れて、2発目を撃つ態勢を整えるのだ。
ズーンという地響きのような音を聞きながら、ホウキが台風から離れていくのを見守る。
「モチコ! 完璧!!」
「やりましたっ!」
「よし! これならいけるぞ!! 2発目も――」
それは、ミライアが、
まだ話している途中だった。
(後編へ続く)




