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台風のよる、君ひそやかに、魔女高らかに  作者: にしのくみすた


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8/10

拾った少女の口に銀河を詰め込め〜(後編)

「ふごっ?」


 モチコの口に何かが詰めこまれ、挨拶はうまく発音されず失敗に終わった。

 勢いよく詰めこまれた衝撃で、黒ぶちメガネが斜めにずり落ちる。


 緑色の髪をボブカットにした女性が、手に持った何かをモチコの口に押し込んでいた。


「今日はおつかれさま〜。大変だったねえ〜」


 緑髪の女性はのんびりした声で続ける。


「コロッケ食べな〜。今日のお詫びだよ〜。台風の日は、やっぱりコロッケだよねえ〜」


 どうやらコロッケがモチコの口いっぱいに詰め込まれているらしい。

 意味の分からない状況に遺憾の意を表明しようとするも、言語を失ったモチコはふごふご言うしかなかった。


「ふごふご」

「銀河屋のコロッケはおいしいよね〜。いっぱいあるから好きなだけ食べなね〜」

「ふごふご」


 コロッケがエンドレスで口に詰めこまれているモチコ達の横では、ミライアがもう1人の女性と会話をしていた。


「リサ、次のシフトっていつだっけ?」

「ええと、明日と明後日は休みで、3日後ね」


 青いロングヘアを姫カットにした女性が、透き通った声で答えた。

 この人が、イヤリングを通して会話していたリサのようだ。

 ミライアが、コロッケ漬けにされているモチコに尋ねる。

 

「3日後なら問題ないかな。モチコ、明日は何か予定ある?」

「ふごふごふご」

「そうか。休みならちょうど良かった」


 ……え、これで伝わるのすごくない?

 と思いつつ、いったい何がちょうど良いのか、若干の不安を覚える。


「モチコが住んでるのはどのあたり?」

「ふごふごふごふご」

「オーケー。じゃあ次のシフトから、モチコは私の相方として、一緒に飛ぶから」

「ふごっ!?」


 予想外の言葉に吹き出しそうになる。

 が、コロッケがギュウギュウに押し込まれていたおかげで、逆に吹かずに済んだ。


「ふごごごご? ふごご? ふごごふご?」


 必死に説明を求めるモチコに対して、返ってきた言葉はわずかだった。


「詳しくはリサとおシズから聞いて。私はシャワー浴びてくるから」


 そう言うとミライアはホウキを手に持ったまま、螺旋階段をさらに下へと降りていった。



 残された3人は、展望室の隅にあったテーブルを囲んで座ることにした。

 モチコは全力で口いっぱいのコロッケを咀嚼し、言語を取り戻す。


「ええと……まずは、あらためてご挨拶を。初めまして、モチコといいます」


 ずり落ちた黒ぶちメガネを両手で元に戻しながら、モチコは挨拶した。


「モチコちゃん、初めまして。私はリサフィーナ。リサと呼んでね」

「私はシズゥだよ〜。おシズって呼んでほしいな〜。モッチーはかわいいねえ〜」

「リサさんに、おシズさん、ですね」


 初回からモッチーという謎のあだ名が付いていたが、この際そこはスルーすることにしよう。


「今日は助けて頂き、ありがとうございました」


 まずはお礼をしたところで、さっそく最も気になっていることを尋ねる。


「……ところで、ミライアさんの言っていた“相方”っていうのはどういう意味なんでしょうか?」

「そうだね〜。どこから説明したらいいかなあ〜」

「相方っていうのは、空を飛ぶ相方のことね。魔女が任務で空を飛ぶときは、通常2人のペアで飛ぶことになっているの」

「1人だと不測の事態が起きたときに、フォローする人がいなくて危険だからね〜」

「モチコちゃんには、今後も今日みたいに、ミライアと一緒に飛んでもらえないかしら?」

「でも……私、自分では空を飛べないですよ? そもそも魔法が使えないのに、いいんでしょうか……?」


 モチコは浮かんだ疑問を口にした。


「まあ、ミライアには何か考えがあるみたいだね〜。相方が欲しいなんて言うの、今回が初めてだし〜」

「ミライアの相方になりたいって言う魔女は今までたくさんいたのだけれど、その全てをミライアが断り続けているのよ。本当に困ったものだわ」

「ミライアのスピードについてこれる相方なんて、いないからねえ〜」

「なるほど……」


 モチコはそれを聞いて納得する。

 たしかにあのスピードについていける魔女はいないだろう。


「というわけで、モチコちゃんが今は魔法が使えなくても、今日みたいにミライアの後ろに乗って飛んでもらえれば良いのだけれど、どうかしら?」

「もちろんお仕事だからお給料は出るよ〜。台風の日はコロッケも出しちゃう〜」

「え、ええと……」


 モチコはしばし考え込む。

 一度は諦めた、空を飛ぶ魔女の仕事に、少し形は違うが関わることができる。

 モチコにとっては願ってもない話だ。

 ひとつだけ残っている懸念を伝える。


「いまの勤め先へ相談してから、決めても良いでしょうか?」


 いまの職場に迷惑をかける訳にはいかない。


「もちろんよ。モチコちゃんのお勤め先はどちらかしら?」

「グランシュタイン様のお屋敷で、通いのメイドとして働いています」


 そう告げると、2人は少し驚いたようだった。

 グランシュタイン家といえば、この街を治める領主の家であり、この街で最も大きなお屋敷なのだ。


「ほえ〜。ずいぶん大きなお屋敷で働いてるね〜」

「すごいわね。モチコちゃん、もしかして結構優秀なんじゃない?」

「いえ……。本当にたまたま、雇って頂けただけなので」


 謙遜ではなく、本当にたまたま雇ってもらえただけだ。

 自分でも運が良かったと思う。


「そういうことなら私に任せてね〜。グランシュタインのお屋敷には、私が話を通しておくよ〜」

「えっ、いいんですか?」

「いいよ〜。上手いこと調整しておくから安心して〜」

「ふふ。私たちも、貴重なミライアの相方を逃さないためには、全力を尽くすわ」


 そう言う2人の表情は優しかったが、目にはこのチャンスを逃すまい、という真剣さが宿っていた。

 ミライアの相方探しに費やしてきた苦労が想像できる。


「……わかりました。ふつつか者ですが、よろしくお願いします」

「ありがとうモチコちゃん。嬉しいわ」

「やった〜。かわいいモッチーをゲットだ〜。もう逃がさないぞ〜」


 そういうと2人は、両手でハイタッチして喜んでいた。

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