おかえりはタイフーンのあとで(前編)
ふたりを乗せたホウキが、街の上空を飛んでいく。
急ぎ灯台へと向かっていた。
台風は近づいているものの、まだ街に雨は降っていない。
それでも風はかなり強かった。
借り物のホウキということもあり、揺れに揺れて、荒っぽい飛び方になる。
ドレスとメイド服を着たふたりが、嵐のなかをホウキで飛ぶ。
はたから見たら、変な奴らだと思われるかもしれない。
「先輩、タワーが見えました!」
タワーの光は、割とすぐに見えた。
ホウキをまっすぐ光の方へ向け、出来る限りスピードを上げる。
そこで、鐘のような音が聞こえてきた。
キンコン、カーン――。
街中に鳴り響く大きな音。
続けてアナウンスが始まる。
「台風が接近中です。――ただいまより、タイフーンシグナル・ナンバー9を発令します」
台風警告信号だ。
モチコたちは事前に知らされていたので驚きはしないが、あらためて緊張が走った。
「――繰り返します。タイフーンシグナル・ナンバー9が発令されました。規則に従い、すみやかに行動願います」
シグナルの発令とともに、ホウキの下に広がる街が、一斉にざわめいた。
何千何万という家々の窓が閉じられ、店は商品を中へと押し込む。
街のすべての通りから人が消え、数えきれない程たくさんの建物の明かりが、不安を煽るようにせわしなく明滅した。
さらに、いつもはここで終わるアナウンスに、今回は続きがあった。
「――大規模災害が発生する可能性が高いため、緊急事態を宣言します。すべての保安職員は直ちに緊急対応へ。冒険者の方は観光客の避難誘導にご協力ください」
モチコはごくりと唾を飲む。
異例のシグナル9に、異例の緊急事態アナウンス。
これらは、シグナスの魔女がみな負傷して、戦えなくなってしまったために出されたものだ。
このままだと台風は、シグナル9のまま上陸して街を襲うことになる。
そうなれば、大災害になるのは間違いなかった。
ほどなくして、ホウキはタワーにたどり着いた。
借りたホウキでは高度が出せず、屋上展望台への着陸ではなく、タワーの下から入る。
待機室には、びちょびちょに濡れて、ボロボロの制服になったチャンチャルとピコットがいた。
ピコットはテーブルの上に大の字で、気絶するように寝ている。
チャンチャルは床に座りこみ、上半身をイスに突っ伏していた。
「ちーちゃん! 大丈夫!?」
モチコがチャンチャルに、ミライアがピコットにかけ寄る。
ふたりとも、魔力切れだった。
細かい擦り傷はたくさんあるものの、大きな怪我は無さそうだ。
ただ、魔力の切れたピコットは意識を失い、チャンチャルは立ち上がることもできない状態だった。
「モチコちゃん……! 戻って来てくれたんだね」
「……うん」
「うれしい。けど、今回の台風はだめだよ……」
「ダメ?」
「うちらが挑んだけどダメで……。でも、今度はマルシャちゃんが……」
「マルシャが?」
「モチコちゃんも……逃げて……」
「ちーちゃんっ!?」
チャンチャルはそこまで言うと、意識を失ってしまった。
ミライアとふたりでチャンチャルを運んでソファーに寝かせ、ピコットにブランケットを掛ける。
それから急いでシグナスの制服に着替えて、準備を整えた。
「モチコ」
「はいっ」
呼ばれたモチコは、ミライアの目の前に立つ。
ミライアの手には、純白のスカーフが握られていた。
ミライアが、モチコにスカーフを巻く。
そのあと、モチコがミライアにスカーフを巻く。
お互いのスカーフがしっかりと巻かれたことを確かめると、シグナスに戻ってきた実感が湧いてきた。
私は、戻ってきたんだ。
螺旋階段を上って中央展望室に入ると、リサの叫ぶ声が聞こえた。
どうやら総司令官と揉めているようだ。
「これ以上は危険です! アルビレオを全員撤退させてください!」
「だめよ。シグナル9のまま上陸すれば、この街にも王都にも、甚大な被害が出るわ。ほかのアルビレオもすぐに召集して」
「また犠牲者を出すつもりですか!?」
「私達が、やるしかないの。そのためのシグナスよ」
叫ぶリサに、毅然とした態度で答える総司令官。
そこに、いつも通りのんびりした、シズゥの声が響いた。
「いま王都は国際会議で、世界のお偉い方が集まっているからね~。貴族たち的には、やらざるを得ない、ってことなんだろうねえ~」
そこへ、今やってきたミライアが口を開く。
「私が行くよ」
中央展望室の中にいた全員がミライアを見た。
「だめっ! ミライア!」
リサが叫ぶ。いつもの透明な声は、悲痛な響きだった。
「リサ、任せて。モチコとなら、大丈夫」
ミライアと目が合ったモチコはうなずく。
そこへ、シズゥが近づいてきた。
「ミライアは、止めたところで無駄だからね~。はいこれ、超特別セットだから~」
シズゥはそう言うと、凍結魔法のスクロールを5枚ずつ手渡してきた。
ふたりで合計10枚も!
10枚分の値段で、家が買えるのでは……。
モチコがスクロールを胸ポケットにしまうと、シズゥは別のスクロールで雨避けの魔法をかけてくれた。
そのとき。
「――医療班を呼んでくれ! マルシャを頼む!」
中央展望室に切迫した声が飛び込んできた。
(後編へ続く)




