おいしいネタで楽しいディナーを(後編)
――コンコンッ。
モチコがマグロの美味しさと、ミライアのかわいらしさに夢中になっていたとき。
突然ノックの音が響いた。
食事の途中で、ダイニングの大きな扉がノックされたのだ。
すぐに専属メイドさんがドアの外に出て、用件を確認する。
何事だろう、とモチコとミライアも黙って様子を伺っていた。
「奥様、緊急の知らせです――」
部屋に戻ってきた専属メイドさんが、すぐに口を開いた。
抑揚の少ない冷静な口調だった。
「シグナスで巨大台風の接近を確認しました。まもなく、シグナル9が発令されます」
「シグナル9っ!?」
思いがけない知らせに、モチコが最初に叫んでしまった。
タイフーンシグナル・ナンバー9。
それは、未曾有の大災害であることを示す言葉だ。
奥様とミライアは黙ったまま、表情を変えずに聞いていた。
専属メイドさんは、まだ何か言うべきことがあるようで、奥様に目くばせをする。
それを見て奥様は言う。
「構わないわ。全て言いなさい」
専属メイドさんが、抑揚の少ない口調で告げる。
その後の言葉は、さらに恐ろしい知らせだった。
「シグナスの魔女が台風へ挑みましたが、全滅しました。全員負傷し、これ以上のアタックは不可能です。奥様、すぐに避難を」
それを聞いたミライアが椅子から立ち上がった。
「モチコ、行くよ!」
「はいっ!」
ミライアはすぐにダイニングの大きな扉を開き、部屋を出ようとする。
そこで、いったん振り返った。
「母上、すみません」
「たまには、本を読みにきなさい。ミライア」
ミライアは頷くと、ドレスのまま走って部屋を出ていった。
モチコも「失礼します」とだけ挨拶をして、慌ててミライアの後を追う。
しかし、どうやってタワーに行けばよいのか?
モチコもミライアも、ホウキと制服はタワーに置いてきた。
お屋敷にある普通の掃除用ホウキでは、二人乗りには小さすぎる。
ミライアとモチコは廊下を走ってエントランスホールに出た。
ふたりでそこらじゅうを見回してみるが、使えそうなホウキは無い。
「くっ……! どこかに、ホウキは無いか?」
「先輩、もう走って駅まで行くしか――」
モチコがそう言いかけたとき、突然、上の方からバカでかい音が響いてきた。
ごろごろごろ!
ダッダーーン!!!
ホールにある大階段を何かが上から転がり落ちてきて、床に激突した。
妙な物体が、つぶれたカエルみたいな形で、床にのびている。
それはよく見ると、金色の髪に桃色の瞳が付いて、黒い魔女のローブを着た――。
カエルみたいにつぶれている魔女だった。
「ラ、ランラン……?」
モチコが声をかけたが、ランランは落下の衝撃がそうとう痛かったのか、ぴくぴくと震えて声も出せない様子だった。
それでも、モチコに手を伸ばし、持っていたものを差し出そうとする。
それは、お屋敷にある中で一番大きいホウキだった。
「これは……! ランラン、ありがとう!」
ミライアにそのホウキを見せると「よし、これならいけそうだ」という答えが返ってきた。
まだ身体をぴくぴくさせながらも、立ち上がったランランが言う。
「……モチコぉ、死ぬなょ」
「ありがとう、気をつける!」
「モチコが死んだら、ランラン氏も死にますゆぇ」
「いや、死ぬなよ!」
ランランにふたたびお礼を言い、モチコはミライアとともにお屋敷の外へ出た。
借りもののホウキでは全力で飛ぶことはできない。雨避けの魔法もない。
それでも借りたホウキで無理やり空へ飛び立つ。
ふたりを乗せたホウキは、ふらつきながらもスピードを上げ、タワーへと向けて飛び始める。
遠い海の向こうには、空を覆い尽くすほど巨大な台風の姿が、少しずつ見え始めていた。
<第4章 完>




