おいしいネタで楽しいディナーを(中編)
専属メイドさんが、トレイに乗せて前菜を運んできた。
無駄のない動きで、ミライアとモチコ、奥様の前にお皿が置かれていく。
なんかこう、野菜をソースでああしたりこうしたりしたような前菜だ。
緊張してるし、高級な料理なんて初めてで、よく分からん。
先輩の食べ方を横目で見ながら、真似して同じ食べ方をする。
うまいしか感想が無い。うまい。
前菜を食べ終わると、専属メイドさんがちょうど良いタイミングでお皿を回収していく。
メイドさんがお皿を取るために少しかがんだとき、額でまっすぐに切り揃えた前髪が、ちらりと揺れた。
いわゆる黒髪ぱっつんボブだ。
先輩が艶のある黒髪なら、こちらは艶消しの黒。
何かを内に秘めたような黒さだった。
無表情ではないが、時おり会釈するときに見せる微笑みも、コントロールされている。
目の形はぼんやりとした雰囲気なのだが、視線は周りのすべてをつねに把握しているような感じ。
さすが奥様の専属メイドだ。
続けて、スープが運ばれてくる。
なんかたぶん、ジャガイモとか生クリームとかを、あれしてこれした感じのスープだ。
うまいしか感想が無い。うまい。
「そういえば、父上はいないんだね?」
ミライアの問いに、奥様が答える。
「今夜は、王都にいる」
「ああ、王都で会合か何か?」
ふたたび、無言の同意。
この親子はなんでこんな、剣士が間合いを探り合ってるみたいな会話なのか。
聞いているほうがドキドキする。
それから、ミライアがモチコの方を見て言った。
「この子はモチコ。シグナスでの私の相方。母上は、もう全部知ってると思うけど」
たしかに、奥様は終始おどろく様子はない。
もともとすべてを知っているかのようだった。
紹介されたモチコは、ぺこりと頭を下げて挨拶する。
そのとき、奥様の琥珀色の瞳と目が合った。
「小説から恋を学ぼうとは、愉快」
「ふえっ!?」
突然、奥様からモチコへの言葉が飛んできた。
びっくりして変な声が出る。
なんて答えるべきか悩んでいると、ミライアが先に口を開いた。
「ふふ。モチコ、そんなことしてたの?」
「えっ!? ま、まあ、そうですけど……」
「モチコはさあ、ときどき変な行動するよね。急に恥ずかしがったり、大胆になったり」
そんなことないです!
と言おうとして、口を開きかけたモチコよりも先に返事をしたのは――。
なんと奥様だった。
「多くを知っているが、理解の体系が独創的」
「そうそう。モチコは頭もいいし、難しいことを良く知っていて感心するのに、意外に変なところを気にする」
「尖った書物を置けば、面白い場所へ戻ってくる」
「ふふふ。モチコは反応が面白いから、ついつい色々と手を出したくなるんだよね。このあいだなんか――」
「先輩っ、もういいですから!」
なにこれ?
なぜか親子が打ち解け始めたのはいいけど、私をネタに盛り上がっているのはどういうこと?
いや、打ち解けてもらえたなら、まあいいけど。
余計なことを言いそうなミライアの口を、モチコは慌てて塞ぐ。
それを見た奥様は、口元でにやりと笑みを浮かべていた。
……やっぱこのふたり、親子だ!
そんなこんなであたふたしていると、メインの魚料理が運ばれてきた。
専属メイドさんが置いたお皿を見て、モチコが思わず声をあげる。
「わっ! これ、マグロじゃないですか!」
お皿の上には、マグロを使った料理が載っていた。
煮たもの、焼いたもの、そして刺身が少しずつ。
「こんな貴重なものを……」
マグロの刺身なんて、相当貴重だ。
マグロ漁師のいる港町でもないと食べられない。
マグロが獲れるような遠洋は、マナが薄くて魔物と戦うすべがないので、漁は命がけになる。
だからマグロは、非常に貴重な高級品だった。
「モチコ、マグロを見たことあるんだ?」
「はい。私は北奥の小さな港町で生まれたんですけど、そこでマグロ漁が盛んだったんです」
「へえ」
「獲れたマグロは基本、全部売りものになるんですが、大漁祭の日だけは少し食べられたりして」
「地元の特権ってやつだね」
「私の故郷では、一口サイズに丸めたお米に、マグロの切身を乗せて食べるスタイルでした」
さっそくマグロを頂くことにする。
お皿の上のマグロの刺身は、色が鮮やかで、明らかに新鮮なネタだ。
モチコ的には箸で食べたいところだが、ここではナイフとフォークらしい。
マグロの刺身をナイフで小さく切り分け、フォークで刺して口へ運ぶ。
脂が乗ったマグロが、口のなかでとろけた。
うまいしか感想がないっ! うまーーーーーい!!
……と叫びたい気持ちを抑え。
この場ではお澄ましで「とてもおいしいです」と言っておいた。
先輩は完璧なテーブルマナーで食べている。
普段は床にあぐらで座って、ジャガイモを茹でずに齧ろうともしてたけど、やればできるんじゃん。
確かにメイド長の言っていたとおり、お嬢さま風の先輩はかわいらしかった。
不思議とこれはこれで成立していて、違和感がない。
なんだか秘密の花園をのぞき見たような気がして、どきどきしてしまう。
――コンコンッ。
モチコがマグロの美味しさと、ミライアのかわいらしさに夢中になっていたとき。
突然ノックの音が響いた。
(後編へ続く)




