おいしいネタで楽しいディナーを(前編)
……どうしてこんなことにっ!?
モチコとミライアは、大きな扉の前に立っていた。
お屋敷のメインダイニングへと繋がる扉だ。
いまから、夕食を頂くことになる。
メンバーはヴェネルシア奥様と、ミライアお嬢様。
そして――。
「なっ、なんで私も一緒なんですかっ!?」
なぜかモチコも参加することになっていた。
すこし前、モチコとミライアがお屋敷の本館に着くと、入口の前にメイドがひとり立っていた。
見たことのないメイドだったが、他のメイドとは違って豪華なメイド服を着ていたので、奥様専属のメイドだと分かった。
その専属メイドさんに、なぜかモチコも一緒に来るように言われ、案内されるがままについて行ったら、いま夕食会に放り込まれようとしている。
「わ、私なんかが参加して、いいんでしょうか……?」
モチコが恐る恐る口にすると、奥様専属のメイドさんが抑揚の少ない声で答える。
「モチコ・カザミモリ様も同席させるようにと、奥様からのお申しつけです」
うわあ。奥様は何をどこまでご存じなんだろうか。
不安に思いながら横を見ると、先輩が今まで見たことがないような固い表情で扉を見つめていた。
さすがの先輩も、緊張しているらしい。
そりゃそうか。数年ぶりにお母様に会うのだ。
しかも家出して以来初めて。
モチコはミライアを励まそうと、隣に立つミライアの腕を掴んで、ぎゅっと握った。
私がついてますよ!
というメッセージのつもりだったが、緊張でひえひえに冷たくなったモチコの手では、逆効果かもしれない。
すると、ミライアはモチコの方に顔を向け、口元でにやりと笑った。
お、いつもの先輩だ。私のメッセージが伝わったかな?
「ふふ。モチコがすごい緊張してるもんだから、おかしくて、こっちの緊張が解けたよ」
「ええっ! そういう感じですか!?」
予定とは全然違う伝わり方だが、まあ良しとする。
「準備が整いました。中へお入りください」
専属メイドさんはそう言うと、大きな扉を開いた。
扉の先にあったメインダイニングは、絵に描いたような豪華な部屋だった。
横に長い立派なテーブルには、真っ白なテーブルクロスが敷かれ、銀の食器が並んでいる。
テーブルの中央には、花瓶に生けられた白い百合の花が見事に咲いていた。
天井にはシャンデリア。床はワインレッドの絨毯張り。壁際にはたくさんの高そうな装飾品。
この部屋を掃除するメイドさんは、かなり緊張するだろうな……。
奥様は長いテーブルの真ん中に座っていた。
今日はさすがに本は読んでいない。顔はこちらに向け、美しい姿勢で座っている。
専属メイドさんが椅子を引いて座るように促したので、ミライアとモチコは奥様の向かい側に並んで座った。
椅子も明らかに高級なものだ。
背もたれの部分には細かい木彫り細工が施されていて、普通はまっすぐなはずの脚の部分は、わざわざ謎の美しい曲線を描いている。
こんな手の込んだ椅子、いったいいくらするんだろう……。
いや、お金ばっかり気にしてる訳じゃないけど!
テーブルにつくと、深い森で煙る霧のような神秘的な香りがした。
奥様の香りだ。
先に口を開いたのは、ミライアだった。
「……母上、お久しぶりです」
ミライアの言葉に、奥様は何も答えなかった。
だが、怒っているという訳でもないようで、表情はどこか優しげなのが分かる。
何を秘めているのか分からない琥珀色の瞳で、ミライアを見つめていた。
モチコは会話を振られるまで、だんまりを決め込むことにした。
こんな空気で何をしゃべったらいいかなんて、分からん!
この部屋には、奥様と、先輩と、専属メイドさんと、私しかいない。
私がお屋敷のメインダイニングで、奥様と夕食をともにする日がくるなんて、想像できただろうか?
なんだこの超展開。
……いやまてよ?
そもそも、先輩が実はお嬢さまだった、というだけで超展開なのだ。
そこからさらに超展開がきたところで、なんてことはないっ!
……いや、嘘です。
超超展開で、めちゃくちゃ緊張しています。
死にそうです。
そんなモチコの苦悩を知ってか知らずか、親子の会話は進んでいく。
久々の再会の挨拶もすっ飛ばして、奥様が口を開いた。
「人払いはしておいた。このメイドは問題ない。ここでは何を話しても構わない」
「そう言うってことは、母上はシグナスのことも、全部知ってるんだね?」
奥様は何も言わない。これが、無言の同意ってやつだ。
正直、親子の会話とは思えない。久々だからなのか、だいぶぎこちない感じ。
この親子は元からこうなのかもしれないけど。
「このメンバーだけに人払いしたってことは、お屋敷では、まだ私が王都に留学中ってことになってるんだよね?」
ミライアがそう尋ねると、今度はすこし置いて、奥様から返事が返ってきた。
「自由には、安全が保障される必要がある。そして安全には、秘密が必要」
「……なるほど。豪華な食事で口止め、ってことみたいだよ。モチコ」
うわぁぁ!
先輩っ、何とも答えにくい場面で振ってこないでほしいんですけど!
モチコは「はぁ」と曖昧な返事でお茶を濁すしかなかった。
ミライアの正体が、お屋敷の外では秘密であるように。
お屋敷でも、ミライアとシグナスの関係は秘密、ということのようだった。
それは、この部屋にいるメンバーしか知らない。
先輩の秘密は、ここにいる4人だけが知っているってことだ。
(中編へ続く)




