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台風のよる、君ひそやかに、魔女高らかに  作者: にしのくみすた
第4章

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ふたりだけの証(後編)

 そして、ひと呼吸置いて。

 ミライアは話し始めた。


「私には、生まれ持った才能が無いんだ」

「えっ?」


 才能が無い?

 魔女として二つ名まで持つほど、魔法の才能に溢れている先輩が、何を言っているのか分からなかった。


「私に才能は無い。だけど――」


 ミライアはそう繰り返した。

 そして告げる。 


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 ふたりだけの部屋に響いた、その言葉に。

 モチコは衝撃のあまり、しばらく返事が出来なかった。


「才能が……無くても……?」


 ようやくモチコが声を絞り出したとき。

 ミライアは、傍らにある本棚に手を伸ばしていた。


 そこには「魔女子(まじょこ)とコドモドラゴン」の絵本があった。


「ああ、これ。懐かしいな」


 ミライアが絵本を手に取って、話し始める。


 話によると、それはミライアの本だった。

 幼い頃のミライアがいちばん気に入っていた絵本。

 大事な宝物なので、魔窟にしまっておこうと考えた幼き日のミライアは、ここに絵本を隠した。


「母上も気づいていただろうけど、そのままにしておいてくれたんだね」


 ミライアは絵本を開いて、懐かしそうにページをめくっていく。


 そのストーリーは、子供の魔女が、子供のドラゴンと一緒に、いろいろな方法で魔法の力くらべをして遊ぶという内容だ。

 魔女子と子供ドラゴンが、空を飛ぶスピードで勝負をするシーンが、ミライアの一番のお気に入りだった。


 世界最速で飛べる生物だと言われるドラゴン。それに挑む魔女子。

 その絵本では、ふたりとも飛んでいるうちに迷子になって、勝負がお預けになるという結末だった。


「小さい頃、この本を読んで、誰よりも速く空を飛びたいと思ったんだ」

「……これが、先輩の原点なんですね」


 幼き日のミライアは、その後、空を飛ぶために努力を始める。

 魔法の勉強に一心不乱に取り組み、魔法の技術はどんどん上達していった。


 お屋敷の部屋の窓からときどき見える、シグナスの魔女が空を飛ぶ姿。

 それが夢と希望を与えてくれた。


 だが、グランシュタイン家は土魔法の家系。ミライアの生まれ持った魔法も土属性だ。

 空を飛ぶには風魔法が適している。

 風と土。相反する属性では半分も力を発揮できない。


「私も最初は、全く飛べなかったよ。本当に全然ダメ」

「飛べない先輩なんて、今じゃ信じられません……」


 空を飛ぶなんて、敢えて不得意なことをするのは、ムダだと言う周りの人々。

 ミライアが土魔法士として、母ヴェネルシアの後を継ぐことを期待する、たくさんの声。


 魔法学校を卒業する年頃になったミライアに、母であるヴェネルシアは卒業後の留学を手配する。

 それは、王都にいる土魔法で有名な魔法使いへの弟子入り留学だった。


「そのときは……もう、必死だったよ」


 空を飛びたいミライアは反発し、家出する。

 当面の生活費を貯金でまかなうために、安い冒険者街のアパートで暮らすことにした。

 街の中で、お屋敷から一番遠い場所を選んだという理由でもあった。

 そこからはシグナスに入り、ひたすら仕事の日々。

 飛ぶ練習を繰り返し、いつしか二つ名がついていた。


「土属性で空を飛ぶ才能が無くても、努力すれば空は飛べる」

「す、すごい……」


 話を聞くだけでも、その努力が相当なものだったことは分かる。

 そりゃあ飛ぶことに憑りつかれているようにも見えるはずだ。


「誰よりも速く飛ぶことが、私が生きていることの証――」


 ミライアは凛とした声で言った。


「そしてこれは、モチコが空を飛べることの証でもある」

「私が……飛べる、証……」


 モチコは、ミライアの黄金色(こがねいろ)に輝くオーラを思い出していた。

 どうして今まで気がつかなかったんだろう。

 ただその美しい輝きに見惚れるばかりだった。


 黄色のオーラは土属性の証。

 だからシグナスの他の魔女はみんな、風属性の緑色のオーラで飛ぶ。

 ミライアだけが黄金色だ。


 人と違うオーラでも、空は飛べる。

 モチコの、泡のようなオーラでも、きっと。


 ふたりだけの夜空で、何度も飛んできたことが、その証だった。



「ああ、この香りは……」

「奥様……お母様の香りですよね?」


 ミライアが開いた本のページから、深い森に煙る霧のような、神秘的な香りがした。

 魔女子と子供ドラゴンが、楽しそうに空を飛ぶ絵が描かれたページだ。


「このページを、毎日のように母上にせがんで読んでもらっていたからね」

「そうだったんですね」

「あのころ幼かった娘が、大人になって家出するなんて。……とんだ親不孝だな」


 そう言ったミライアの口調は、珍しく後悔を滲ませるような言い方だった。

 モチコは、本を持つミライアの手に、上からそっと自分の手を重ねる。


「この絵本が、今でも魔窟で大切に保管されているということは……。お母様も、先輩に空を飛んでほしいと思っているんじゃないでしょうか」


 比べるのは恐れ多いが、モチコも奥様と同じく本を愛する人間であるからこそ、分かってしまう。

 自分にとって大事な本棚に、本を入れるということの意味が。

 先輩が空を飛ぶきっかけとなった本を、ここへ大切に置いておく、その気持ちが。


 モチコの言葉に、ミライアははっと息を飲んだ。

 そして、ゆっくりと口を開く。


「……ああ、そうだね。モチコ、ありがと」


 それから、どちらからともなく立ち上がり、絵本を元の場所に戻すと、魔窟を後にした。



 図書館を出ると、もう日が落ちて暗くなっていた。

 お屋敷の本館までの道を、ふたりで並んで歩く。


「……まさか、先輩がお嬢さまだったとは」

「ふふ、似合わないかな?」

「いや、むしろ思い返せばいろいろ納得ですけど。先輩の名字って『アシュフォード』じゃなかったんですか?」

「それは、父の旧姓だね。グランシュタインは母方の一族だから」


 なるほど、と思いながら聞いていたモチコに、ミライアがすこし真面目なトーンで続ける。


「モチコ、私の正体は、これからも黙っておいてほしい。シグナスのみんなにも」

「分かりました」

「身分がバレると、余計なことで狙われたりして、周りのみんなまで危険にさらしてしまうから。あと、私は家にとらわれず自由に飛びたいし」

「ふふ、先輩らしいですね」


 ドレス姿の先輩は普段と違う格好だけれど、こうして隣に並ぶとしっくりきた。

 エメラルドグリーンのシンプルなワンピースドレスは、とても先輩に似合っていて素敵だ。

 周りからみたら、かわいらしいお嬢様に寄り添う、従者のメイドに見えるだろうか。


 そんなことを考えながら、モチコはミライアの横顔をひそかに眺め、月明かりのなかを歩いていった。

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