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台風のよる、君ひそやかに、魔女高らかに  作者: にしのくみすた
第4章

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ふたりだけの証(前編)

 モチコは、逃げ切ったはずだった。


 図書館まで追いかけてきたミライアから逃げるために、最終手段だった魔窟のカギを使ったのだ。

 魔窟へ逃げ込み、内側から鍵をしめる。

 この扉は先輩には開けられない。


 ……はずだったのに!


 先輩が扉を開けて入ってきた。なぜ!?

 お嬢さまだから、合鍵でも持っていたのかも。


 扉の近くにある本棚の前で座り込んでいたモチコは、もう逃げられないと悟った。

 慌ててミライアに背を向け、膝を抱えて顔を隠す。


 ドゴォーン、という重低音が響き、魔窟の扉が閉まる。

 ミライアは何も言わない。


 魔導ランプの明かりを点けてモチコの傍らの床に置くと、無言のまま、座っているモチコを後ろから抱きしめた。


 驚いて、身体をこわばらせるモチコ。

 それでもミライアは無言のままだ。


 ぎゅう、と強く抱きしめられたあと、すぐに解放される。

 それと同時に、モチコの身体からも力が抜けていった。



 しばらくして、ミライアが口を開く。


「モチコ、久しぶりだね」

「はい……」


 聞き覚えのある、いつもの先輩の声。

 凛とした響き。さらに今日は、いつにも増してやさしい。


「身体は大丈夫?」

「はい……」

「よかった」


 そこから、またしばらくの無言。


 モチコは先手を打った。


「先輩。私は、シグナスには戻りません」

「どうして?」

「私は魔法が使えません。魔法が使えないのに、シグナスに居ても、役に立てません」

「そんなことないよ」

「そんなことあります!」


 先輩はやさしく答えてくれたが、こうして話していると、色々な想いが溢れて感情的になってしまう。


「魔女になることも、空を飛ぶことも。……才能の無い私には無理でした」

「……」

「私には才能がありません。最初から無謀な夢だったんです。たまたま先輩に拾ってもらえて、夢の期限がすこし延びたように見えただけ。先輩のおかげで、ほんの一瞬でも夢が見られた。それで充分です!」


 想いを言葉にするほどに昂っていく感情。

 最後にはもう爆発してしまった。


「……先輩!! もう私のことは諦めてください!!!」


 言い切ったモチコは、はあはあと息が切れていた。

 手は冷たくなって震えている。


 もうこれでシグナスとも、先輩とも関係は終わりだ。

 終わりにしないといけない。



 しばらくお互いに無言だった。

 お互いが呼吸をする音だけが聞こえる、静かな部屋。


 その静けさを破る、何かを見つけたようなミライアのつぶやき。


「ん? これは?」


 ミライアが、モチコのメイド服の襟元に手を触れる。

 その指が胸元をかすめて、モチコが胸に隠していたペンダントのチェーンを捕らえた。


「モチコ、アクセサリーなんてしてたっけ? あ、いま流行ってるってやつ?」


 モチコは身をよじって抵抗したが、ほとんど効果は無かった。

 ペンダントがメイド服の胸元から、難なく引き上げられる。


 服の中から現れたペンダントには、赤い石が輝いていた。

 それは、ミライアの瞳の色だ。


 凛々しさを湛えた、赤。


「これが今も胸にあるってことは、まだ私のことは信じてくれてると思ってもいい?」


 言い訳はできなかった。


 モチコはシグナスを去ってからも、ペンダントを外さなかった。

 魔女になる夢はあきらめても、先輩への気持ちまで無かったことには、どうしても出来なかったのだ。


 モチコは観念した。

 小さくうなずいたときに、青い瞳から涙がこぼれた。


「はい……」

「そうか。よかった」


 ミライアはペンダントをモチコの胸に戻す。

 そしてモチコを後ろから抱きしめたまま、膝を抱えていたモチコの手を、上からそっと握った。


 冷たくなっていたモチコの手に、温もりが宿る。

 抱きしめられている背中からも、ミライアの体温が伝わってきた。


 温かかった。


「いつもホウキに乗っているときと逆だね」

「……そうですね」

「モチコの背中はあったかいんだね。モチコがいなくて、寂しかった」


 先輩は、私の背中が温かいと言った。

 私も背中から、先輩の温かさを感じている。


 そうか、とモチコは気づいた。


 私がホウキの上で先輩の背中を温かいと感じていたのと同時に、先輩も私の温かさを感じていたんだ。


 寂しかったのは私だけじゃない。

 必要としていたのは、私だけじゃなかった。



「モチコに才能がない、なんて言ってごめん」

「いえ……それは事実ですし。それに、先輩は本当はそう思ってないって、分かってます」


 先輩はそれを聞いて安心したのか、一度大きく息を吐いた。

 そしてふたたび口を開く。


「あの言葉には、続きがあるんだ」

「え?」

「ちょっと長い話だけど、聞いてもらえるかな?」

「……はい」


 そして、ひと呼吸置いて。

 ミライアは話し始めた。


(後編へ続く)

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