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台風のよる、君ひそやかに、魔女高らかに  作者: にしのくみすた
第4章

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風吹けばお嬢さま(後編)

 マルシャと別れ、モチコは本館へとたどり着いた。


 次の仕事は、本館2階にある、お嬢様の部屋の掃除だ。

 昼間のうちにほかのメイドがほとんど片付けていたが、窓の掃除だけが残っていた。


 お嬢様の部屋は、シンプルな家具で揃えられた、シックな印象だった。

 モチコはさっそく窓の掃除に取りかかる。


 きゅきゅっ、といい音を立ててガラス窓が磨かれた。

 磨きぐあいをチェックしようと、ガラスを通して向こう側にある景色を見る。


 窓からは、夕焼けに染まる海と、その上に広がる空がよく見えた。


 先輩と二人乗りしていたホウキは、きっとあのあたりの空を飛んでいたのだろう。

 思い出に、ちくりと胸が痛んだ。

 でも、もう忘れないといけない。


 気持ちを切り替えるように、力を込めて窓を磨く。

 やがて、すべての窓を磨き終えると、お嬢様の部屋の掃除が完了した。


「……よし、ばっちりグー」


 綺麗になった部屋を眺める。

 これでお嬢様をお迎えする準備はバッチリだ。



 モチコはメイド館へ戻り、メイド長へ声をかける。


「メイド長、お嬢様の部屋の掃除が終わりました」

「ああ、ごくろうさま。ちょうどいま、お嬢様がお屋敷の入口についたそうよ。メイド全員でお迎えのご挨拶をするから、カザミモリさんも来て」

「はい」


 メイド長に連れられるまま、本館1階にあるエントランスホールへ。


 このホールはお客様を最初にお迎えする、お屋敷の顔とも言える場所なので、特に豪華だ。

 赤い絨毯が敷かれ、大きな玄関ドアの正面には、2階へ繋がる立派な大階段がある。

 天井にはシャンデリアが輝いていた。


 赤い絨毯で出来た道の両脇に、メイドや執事たちが整列している。

 お屋敷の使用人たちが、ほとんど勢揃いしているのだろう。

 お迎えの列は壮観だった。


 モチコはメイド長の隣に並んで、列の真ん中あたりに立つ。


 ガタン、と音がして、大きなドアが開いた。


 先導する執事に続いて入ってきたのは、エメラルドグリーンのワンピースドレスを着たお嬢様。

 シンプルだが質の良さそうな美しいドレス。

 そのドレスに負けないほど、品のある立ち姿。


 モチコの立っている場所からはまだ遠く、お嬢様の顔がよく見えない。

 だがメイド長の言う通り、ストレートの長い髪がさらさらと美しく艶めいているのが、遠くからでも分かった。

 かわいらしいお嬢様だと聞いていたから、背が低めの姿を想像していたが、身長は結構高そうだ。



 整列していた使用人たちが一斉に頭を下げた。

 モチコもそれに合わせて頭を下げる。


 お嬢様がゆっくりと赤絨毯の上を歩き、こちらへ近づいてくる。

 やがて、モチコの目の前までやって来た。

 ほんのちょっとだけお嬢様のお顔を拝見しようと、ちらりと顔を上げる。


 モチコが顔を上げた瞬間。

 お嬢様と思いっきり目が合った。


 偶然目が合ったとかのレベルではない。

 なぜか、お嬢様が明らかにまっすぐモチコを見ている。

 こんなことある?


 驚いたモチコが肩をビクッと震わせたのを知ってか知らずか。

 お嬢様は歩みを止めず、視線をモチコから一瞬たりとも離さないまま、モチコの目の前までやって来た。


 確実に、強い意思を持って、モチコを凝視している。

 ……こ、こんなことある?



 目の前に来たお嬢様の整った顔、黒くて艶のある髪、赤い瞳が目に入る。

 凛々しさを湛えた赤。


 どこかで見た、というか見慣れた色。


 いや、これ……。



 ――先輩じゃん!!!


 は? こんなことある!?


 お嬢様もとい先輩は、混乱するモチコを見つめたまま、口元でにやりと笑うだけで何も言わない。


 モチコも無表情とはいえ、その時はさすがに変な顔をしていたんだと思う。

 少なくとも普通のメイドがお嬢様に向ける顔ではなかったのだろう。


 横にいたメイド長に、首の後ろを思いっきりチョップされて、強制的に頭を下げさせられた。


 それから先輩は何も言わないまま、お嬢さま風を吹かせながら、モチコの前を通り過ぎる。

 そのまま大階段を上って、2階の奥へ消えていった。


 あまりの出来事にモチコはパニックになり、そこからしばらくどう行動したのか覚えてない。

 これは仕事にならんと判断したメイド長に言われ、メイド館の脇のベンチで風に当たって休ませられていた。


「カザミモリさんは病み上がりだし、お嬢様をお迎えする準備も終わったから、今日はもう早退していいよ」

「すみません……。では、お言葉に甘えさせて頂きます……」


 メイド長の気づかいを、ありがたく受け取ることにした。

 今日はもう先輩に会わないうちに帰ろう。



 ――っていうか。


 これはいったい、どういうこと!?

 は? え?


 髪型も下ろして変えてた。服も違う。立ち振る舞いも普段より丁寧だ。

 普通に貴族のお嬢様に見える。


 でもあの整った顔は!

 あの瞳の色は!

 あのにやりとした笑い方は!


 絶対先輩だ!

 絶対絶対先輩っ!!



 先ほどの出来事を思い出してまたパニックになりかけていると。

 ふと背中から風が吹いて、後ろに人の気配を感じた。


 振り返ると、そこには――。


 お嬢さま風ミライアがいた。


「ひぃぃゃあ!」


 なんかもう、どういう感情なのかも分からない悲鳴が出た。


 ふたたびパニックになったモチコは。

 ただ、逃げた。脱兎のごとく。


 何で逃げてるのかも分からないけど、逃げる。

 走って、走って、ミライアから離れようとする。


 ときどき振り返って見ると、先輩が追ってきていた。

 いつもなら、かなり足が速いはずの先輩だが、今日はドレスを乱さないように丁寧に走っている。

 おかげですぐに追いつかれずに済んだ。


 モチコはメイド服が乱れるのを承知で全速力で走り、図書館へ逃げ込んだ。

 中から図書館の入口のドアを閉めようとしたが、先輩がすぐそこまで近づいて来ているのが見えて、ドアをそのままにして奥の部屋へ逃げる。


 こうなったら最終手段だ。

 モチコは魔窟の鍵を取り出し、急いで扉を開けて中へ入った。


 内側から鍵を閉める。

 これで先輩もさすがに追ってはこられない。


 モチコは切れた息を整えようと、何度か深呼吸をした。

 夕方とはいえ、真夏の空の下を走って来たので、額と首すじに汗が流れている。

 魔導ランプを手に取る余裕も無く、入口の近くにあった本棚に寄りかかり、そのまま床にへたり込んだ。


 魔窟の中は暗く涼しい。

 混乱する頭を落ち着かせるのには、ちょうどよかった。


 モチコはようやく安堵して、ふう、と大きく息を吐く。



 ガチョ。


 そこで、扉の鍵が開く音がした。


「えーーーーっ!?」

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