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台風のよる、君ひそやかに、魔女高らかに  作者: にしのくみすた
第4章

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脳は夜ふかし、眠れよ乙女(後編)

「ぃやあ、こんばんわぁ」

「……は?」


 思わず間の抜けた声が出たモチコ。

 その前にあらわれたのは、桃色の大きな瞳をした魔女――。


 ランランだった。


 予想外の出来事に固まって動けないモチコを見て、ランランが不思議そうに名前を呼ぶ。


「モチコぉ?」

「……びっっっっ、くりしたぁぁ……。っていうか、うちのドアを壊すな!」


 そう言って、床で粉々になっているガラスを指さした。

 ランランは表情をすこしも変えることなく言う。


「今夜は月が綺麗でしたので、最新の入室方法を試みてしまぃました」

「新しすぎだろっ!」


 ランランがいつの間にか、モチコのいるベッドのすぐ脇まで近づいている。


「お詫びに、ちょっとだけ、モチコの身体を好きにしてもぃぃですね?」

「いや、ダメに決まってるし! もうツッコミどころが多すぎてどこから……」


 モチコの答えを無視して、ランランはさらに近づく。


 ベッドの上で起き上がっていたモチコは、ランランの両手でぐいぐいと押し倒されるようにして寝かされた。

 ランランがそのまま覆い被さってくる。


「だめ。しばらく身体洗ってないから、くさいかも」

「ぃや、それはむしろご褒美でゎ?」


 ……もっと近づいて欲しくないわ!

 とツッコミを返したかったが、モチコはいったん言葉を飲み込んだ。


 ランランの瞳が、いつになく真剣だったからだ。


 ランランの顔が近い。お互いの鼻の先が触れそうな距離だった。

 桃色の大きな瞳が、モチコの顔をジッと見つめている。


「モチコぉ、しばらく眠れてなぃですね?」

「……うん」


 モチコの目の下に出来ているクマに気づいたのだろうか。

 ランランはモチコがほとんど寝ていないことを言い当てた。


 熱が下がるまでは少し眠ったが、それ以降は考え事がループして、ほとんど眠れていない。

 身体はかなり疲れているのに、目が冴えてしまうのだ。

 そしてふたたび、考え事がループしていく悪循環。


「ランラン氏は、モチコの夜ふかしな脳を、眠らせに来ました」

「ランランの魔法で眠らせるの?」

「こわぃです?」

「こわくないよ。ランランだもん」


 ランランは闇魔法士だ。

 闇魔法は、一般的には催眠や拷問に使われると言われている。

 きっとランランは、闇魔法をうまく応用して、眠らせようとしてくれているのだろう。


「ちょぃと強めにやれば、脳をぶちこわして廃人にもできます」

「こっっわ! それ、いま言うべきことじゃないだろ!」

「大丈夫。ぃたくなぃよ?」

「痛くなくて、脳も無事なやつで頼む……。マジで」


 ランランはベッドに寝ているモチコに覆い被さったまま、オーラを練り始めた。

 黒と紫の中間みたいな色のオーラが、ランランの身体を包む。


 オーラをまとったランランの両手が、モチコの頭にそっと触れた。


「モチコぉ、魔法かけても、良き?」

「うん」


 すぐには何も起こらなかった。


 痛くはない。ほかにも、とくに何の感覚もしない。

 ランランの顔は、相変わらず目と鼻の先にある。


 揺れる黒紫色のオーラを見ながら、ぼんやりと頭に浮かんだことを口にする。


「……私、やっぱり魔女になれなかった」

「……」

「魔法の使えない私なんて、役立たずだ」


 一拍おいて、ランランが答える。


「魔法が使えても使えなくても、ランラン氏にとって、モチコはモチコ。何も変わらなぃです」

「うん」


 それからしばらく経っても、魔法をかけられている頭のあたりには、とくに何も起こらなかった。


 だが、身体がぽかりと温かくなってきた。

 黒紫色のオーラの向こうにある、桃色の大きな瞳をジッと見つめ返す。


「……魔法で、心を変えられたりしないの?」


 モチコは尋ねた。

 魔法で心を変えられたら、どんなにいいことか。


 そしたら、魔女になる夢をあきらめたり、先輩のことを忘れたりできるのに。


 ランランは、しばらくまばたきもせずに静止したあと。

 桃色の大きな瞳の色を、一切変えずに言った。


「脳と心は別にあります。脳は単純、心は複雑なのです」

「心は、複雑……」

「闇魔法で脳をぃじれば、頭をぉ花畑にしてぁげられます。すんごぃ気持ちぃぃから、やってみます?」


 ランランは奇妙な提案をしたのち、さらに続ける。


「一晩中踊り狂って死にますけど」

「うわ、遠慮しとく」


 モチコは、身体からだんだんと余計な力が抜けて来ているのに気づいた。

 力が抜ける前には、力んでいることすら認識していなかったのに。



「魔法で脳は操れても、心は変えられない」


 ランランが、今までになく神妙な声で、そう言った。


 相変わらず桃色の大きな瞳の色は少しも変わらず、ランランが何を考えているかは分からない。

 まあ、無表情な自分も、人のことは言えないけども。


「モチコぉ、きもちぃぃ?」

「うん」


 ランランの問いに、モチコは素直に答えた。


 ランランの闇魔法は気持ちがいい。

 身体がぽかぽかとして、ぬるいお湯に長いこと浸かっているような気分。

 心地よくて、だんだんと眠くなってきた。


 ランランはそのあと、無言でモチコに魔法をかけ続けた。

 何も喋らないのは、モチコがこのまま眠れるようにしてくれているのだろう。


 モチコは素直にそれを受け入れ、眠ることにする。

 まぶたを閉じ、心地よさのなかに身を任せた。


「モチコぉ。……ねちゃぃました?」


 眠りに落ちる直前に、ランランのささやく声が聞こえた。


「寝てるよ」と返してやろうと思ったら、口が動く前に、眠りの方が早く来た。


 ――その日モチコは、夢も見ずに深い眠りについた。






 目が覚めると朝どころか、もう昼過ぎだった。


 久しぶりに、かなりぐっすり寝たみたいだ。

 ランランはすでに居なかった。


 ベッドから起き上がってキッチンに行き、壊れたガラス窓を見てみる。


 窓が無くなって穴が空いた部分には、ガラスの代わりに応急処置として(ハス)の葉っぱが張り付けられていた。

 テーブルの上に、修理代だと思われるお金も置いてある。


 数日間ほったらかしになっていた部屋は、ほこりっぽかった。

 花瓶の花も、すでにしおれている。


 今日は、部屋の掃除をして、新しい花を買おう。


 色々と解決していないことはあるけれど、まずはお屋敷の仕事に復帰することにした。

 仕方がないから、今度ランランにお菓子でも買っていってやるか。


 モチコは部屋のカーテンと窓を開け、空気を入れ替える。


 夏の日差しが部屋に差し込んできた。

 久しぶりの光のまぶしさに目が痛くなる。


 モチコは目を細めながら、その光をしばらくのあいだ見つめていた。

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