脳は夜ふかし、眠れよ乙女(前編)
あれから先輩は6回うちに来た。
先輩のノックは、リズムが特徴的だからすぐわかる。
モチコがシグナスを飛び出して自宅にこもり、もう3日。
そのあいだ、モチコはひたすらに居留守を決め込んだ。
毎回先輩があきらめて帰ったあと、しばらくしてからドアを開けてみると、ドアの脇に差し入れの食べものが置かれていた。
ほとんど食欲は無かったが、それを少しだけ食べて過ごした。
この数日間は、ほとんど何も考えられなかった。
最初は熱のせいだと思っていたが、熱が下がってからも、うまく頭が働かない。
部屋のカーテンを閉めきり、いまが何時なのかも分からないまま、ほとんどの時間をベッドの上で横になっていた。
それでも、働かない頭にたくさんの時間を与えることで、すこしずつでも考える。
その結果、先輩に謝ろうと思った。
たぶん、あのときの先輩の言葉も、何かの勘違いなのだろう、ということも分かっていた。
だが、たとえ先輩がそう思っていなくても、私に魔法の才能が無いという事実に変わりはない。
才能が無い自分が先輩の相方でいても、迷惑であることは間違いないのだ。
「……結局、私に出来ることなんて、これだけ」
モチコは両手の手のひらを上にして、オーラを練る。
手のひらから緑色の泡のようなオーラが立ちのぼった。
それは、無数の小さなシャボン玉になって、暗い部屋の中をゆっくり、ふわふわと浮かび上がっていく。
学生時代に必死で練習した、ただひとつモチコが出来ること。
暗い部屋の中でも、わずかな光を反射したシャボン玉は、かすかに輝いてきれいだった。
先輩と過ごした日々みたいだ。
その光景をぼんやりと見つめる。
でも、そんなシャボン玉も、天井ちかくまで上ると、音もなく砕けて消えてしまった。
きれいな輝きはすべて消え、ふたたび暗い部屋に戻る。
結局最後は、こうなるのだ。
だから、シグナスを辞めるという決意は変わらなかった。
胸に隠していたペンダントを取り出して握りしめる。
暗いベッドの上で、その凛とした赤だけが、静かに輝いて見えた。
コン、と音がした。
ドアを叩く音のようだ。
不審に思って時計を見ると、真夜中だった。
こんな時間に?
先輩のノックの仕方とは違う。いったい誰だろう。
コン、コン、コン、と今度は3回ノック音がした。
誰かが訪ねて来ているのは間違いないらしい。
だが、こんな真夜中に来るのは真っ当な奴じゃない。
最近、街のマフィアが活発になっているとニュースで聞いた。
強盗かもしれない。
息をひそめていると、いったん静かになった。
が、次の瞬間、玄関とは反対側にある壁が、ガタガタと音を立てる。
キッチンの横にある勝手口のドアが、激しく揺すられていた。
勝手口のドアには、上の方に小さいガラス窓がある。
そこから誰かが中を覗いていた。
怖い!
やがて、ドアを揺する音が止んだ。
すると今度は、ガチャガチャとガラス窓を外そうとする音が聞こえてくる。
やろうと思えば、窓は簡単に割られてしまう。
ばごん、と音がして、ガラス窓が枠ごと外れ、部屋の内側に落下した。
床に落ちたガラスが割れる、ガチャン、という音が暗い部屋に響く。
ど、ど、どうしよう……!
マフィアによる強盗は、金目当てのときも、身体目当てのときもあるらしい。
奴隷として海外に売られることも。
心臓が激しく収縮し、息をひそめようとしても、はあはあと呼吸の音が漏れてしまう。
何か近くに武器になるものが無いか探したが、何もなかった。
手が震える。
ベッドの上でブランケットを握りしめ、ガラス窓の無くなったドアの方を見る。
ずるり、とドアに空いた穴から何かが部屋のなかに入ってきた。
暗くて影しか見えない。
その影は、ぬるりと穴を通り抜けると、べちゃっ、と奇妙な音を立てて床に落下した。
――ひぃぃっ!
モチコは声には出さずに悲鳴をあげる。
影が立ち上がり、暗闇に光る瞳が見えた。
こちらに気づいて近づいてくる。
……ああ、これはみんなに迷惑をかけ、先輩を傷つけた罰なのかもしれない。
モチコが恐怖のあまり目をつぶった、そのとき――。
「ぃやあ、こんばんわぁ」
(後編へ続く)




