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台風のよる、君ひそやかに、魔女高らかに  作者: にしのくみすた
第4章

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ぬるくて痛い雨、そして(後編)

「……あ、更衣室にペンダントを忘れてきた」


 モチコが胸に隠していたペンダントが無くなっていた。

 さっき更衣室で着替えたときに、ハンガーに引っ掛けたままにしてしまったのだ。


 仕方なく螺旋階段を待機室(ラウンジ)まで下り、回収しに行く。

 ペンダントは、ちゃんとハンガーに掛かったままだった。


 ペンダントを手にして更衣室を出ると、部屋のもっと奥のほうから話し声が聞こえた。

 奥にはシャワーと仮眠室しかないはずだ。


 ちらりと覗いてみると、シャワー室の前でミライアとマルシャが話しているのが見えた。

 ふたりとも、奥の方を向いているので、顔は見えない。


 マルシャの声がする。


「ミライア様、どうして魔法も使えない奴を、相方にしたんですか?」


 う、あまり聞かない方がいい話題みたいだ。


 モチコは聞かなかったことにして、早々に立ち去ろうとした。

 それでも、立ち去る前にマルシャの声が続く。


「飛べないどころか、魔法自体が使えないんじゃ、才能がないと思いますけど」

「たしかに――」


 今度はミライアの声がした。


 モチコは先ほどの悪夢を思い出す。


 この先は、聞いてはいけない――!!



「――モチコには、才能がない」



 モチコには才能がない。そう聞こえた。


 それは間違いなくミライアの声だった。

 凛としたこの声を、聞き間違えるはずがない。


 先輩がそんな言葉を言うなんて信じられなかった。

 モチコが一番嫌いな言葉。


 一瞬、聞き間違いかと思った。

 でも次の瞬間には。


 やっぱりそうだよな、という気持ちで心が塗り替わった。



 手が震えた。思わず手に持ったペンダントを落とす。

 かしゃり、と床に落ちる音がして、音に気づいたふたりがモチコの方へ振り返った。


 マルシャはしまった、という顔。

 先輩は、驚いた顔をしていた。


「モチコ、今のは――」


 モチコはすぐにペンダントを拾いながら、小さく震える声でミライアの言葉を遮る。


「分かってました……」


 震える手が冷たい。

 声をしぼり出す。


「もともと、分かっていたことです。私に才能はありません。魔法が使えない人間が、ここに居たって……」


 口の中が乾いてうまく声がでない。

 でも、言葉は勝手に溢れてくる。


「ここに居ても役立たずです。居るのがおかしいんですよ。私は居ない方がいいんです」

「モチコ」


 先輩が、諭すように名前を呼ぶ。

 でも止まらない。声が大きくなる。


「本当にご迷惑をおかけして、申し訳ありません」


 息が苦しい。

 感情が昂ぶる。


「今日で辞めます!」


 最後は、もう絶叫に近かった。


「今まで、ありがとうございました……っ!」


 モチコは頭を下げながら叫んだ。

 顔を上げられない。先輩の顔を見ることが出来なかった。


「モチコ」


 ふたたび名前を呼んで、ミライアが手を伸ばしてきた。

 モチコはその手を振り払い、全力でその場から走り去る。


 途中までミライアは走って追いかけてきた。

 だが、シグナスの建物を出たところで、モチコが横の茂みに突っ込んだ。

 そこは小柄な人間しか入れない狭い隙間で、ミライアは行く手を阻まれた。


 ミライアは走って追うのを止め、一旦ホウキを取りに戻ったようだ。


 その隙に、モチコはタワーのある島を出て、橋を渡り、魔導トロッコの駅へ向かって走り続けた。



 夜が明け始めた街には、小雨が降っている。

 気がつかないうちに、服も身体も濡れていた。


 先輩にも、シグナスのみんなにも迷惑をかけてしまった。

 そもそも、いま思い返せばどうして、私が魔女になれるかも、なんて考えたのか。

 なぜ私が空を飛べるなんて思ったんだろう。


 魔法学校時代からずっとダメだったじゃないか。

 才能にあふれる先輩がたまたま一緒に居てくれたおかげで、こんな私でもほんの少しだけ活躍できるかも、と錯覚していた。


 私に魔法の才能なんてないのに。

 身の程知らずもいいところだ。

 ああもう!



 馬鹿みたいだ。馬鹿みたいだ!

 ――馬鹿みたいだ!!



 駅につくころには全身ずぶ濡れで、自分が泣いているのかどうかも分からなかった。

 息が切れてもう走れない。


 真夏の明け方に降る雨は、ぬるくて、いつもは気持ちいいくらいのはずなのに。

 いまはただ痛かった。


 ずぶ濡れの姿で魔導トロッコに乗るわけにもいかず、とぼとぼと歩く。

 駅の近くに、誰もいない小さなもの置き小屋を見つけて、しばらくそこで雨宿りして過ごした。



 雨が止み、服もある程度乾くころには、もうお昼近くになっていた。

 もの置き小屋を出て、ふらつく足取りで駅に向かう。


 台風一過の空から降り注ぐ真夏の日差しが、色も温度もなく、ただ痛みとして身体に突き刺さってきた。


 夏とはいえ、ずぶ濡れで夜明けを過ごしたせいか、熱っぽい。

 申し訳ないけれど、お屋敷の仕事は数日間だけ休ませてもらおう。

 帰る途中にある郵便屋で、メイド長あてに速達メールを送った。



 なんとか魔導トロッコに乗って自宅へたどり着くと、郵便受けに紙切れが入っていた。

 ミライアからの短いメモだった。


『ごめん。また来る』


 走り書きの文字は、雨にぬれて滲んでいた。

 あの後、ここまで追いかけてきた先輩が、慌ただしく残していったのだろう。


 いまは何もかもが、どうでもいい。

 熱も上がってきたみたいだ。



 モチコは家へ入ると、扉の鍵を閉め、すべての窓とカーテンを閉ざし、倒れるようにベッドに沈み込んだ。


 閉ざしたはずのカーテンの隙間から、真夏の強い光が漏れて、部屋に差し込んでいる。

 ぼやけていく意識のなか、その光が嫌になるほど目にしみて――。


 モチコはまぶたを閉じた。

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