ぬるくて痛い雨、そして(前編)
世のなか、良いことばかりは続かない。
そして、悪いことばかりが続くこともある。
タワーへと出勤する途中。
モチコは魔導トロッコを降りて、中央街の通りを歩いていた。
今夜は先輩に何の食事を作ろうか考えていると、ふいに声をかけられる。
「あれ? カザミモリさん、だよね?」
声の主を見ると、魔法学校時代の同級生だった。
クラスメイトではあったけれど、特別に仲が良い訳でもないくらいの。
まあ、学生時代のモチコは、ランラン以外に友達はいなかったわけだが。
「はい。お久しぶりです」
「卒業して以来だよね? カザミモリさん、変わってないからすぐ分かったよ」
それはモチコが変わらず地味で無表情ということだろうか。
いや、勝手にひねくれた考え方をしてはいけない。この子に他意はなさそうだ。
学生時代から、表裏のないさっぱりした感じの子だったと思う。
たしか水属性の魔法使いで、卒業後は医療関係の魔法士として就職したんじゃなかったっけ。
「カザミモリさん、今はどこで働いてるの?」
「今日は、シグナスに……」
久しぶりに会った知人と交わす、他愛もない会話。
だが、彼女が放った次の言葉に、モチコは身体を固くせずにはいられなかった。
「シグナス? カザミモリさん、魔法が使えるようになったんだ。よかったね!」
「あ……いや、えっと……」
表裏のない、まっすぐな祝福の言葉だっただけに、モチコには鋭く突き刺さった。
「魔法は使えないんだけど……その……」
うまく答えることが出来ない。
「え? 魔法が使えないのに、シグナスで何してるの?」
「うぐっ」
自分の立場をあらためて思い知る。
未だに魔法が使えない。それは事実だ。
それなのにシグナスに居させてもらっている。
ただ運よく、みんなの優しさに甘えさせてもらっているだけ。
そのあとなんて返事をしたか、よく覚えていない。
お手伝いをしてます、とか、適当に答えてぎこちなく別れたと思う。
なんとか気持ちを切り替ようと、重い足を無理やり持ち上げて小走りでタワーへと向かった。
思えばこのあたりから、悪いことが続いていく。
今夜の任務は、昨日までのモチコなら楽勝なミッションなはずだった。
だけど、大失敗した。
日付が変わる頃にシグナル3の台風が来て、モチコがアタックすることに。
モチコ大回転をするほどの台風ではないので、普通にスクロールを撃てば問題ない。
だが、撃とうとしたとき、元同級生の子から言われた言葉を思い出した。
集中できずにスクロールを2枚も暴発させてしまった。
それでも一応シグナル2まで落とせたが、前回の大成功からの失敗なだけに、モチコはかなり落ち込んだ。
「モチコ、そんなに落ち込むことないよ。こういう日もあるって」
「はい……」
「今日は、まっすぐ帰ってゆっくりしよう」
しょんぼりするモチコに、ミライアは励ましの声をかける。
今日は実験をせずにタワーへ帰ることにしてくれた。
ほどなくしてタワーへ戻ると、いつも以上に疲労を感じていた。
テーブルでうたた寝をしていたら、夢を見た。
――みじかい夢。また、いつもの夢だ。
魔法学校の定期試験が始まり、クラスメイトが1人ずつ先生の前に呼ばれる。
みな合格していくなか、モチコの順番が来る。
深呼吸をして、何度もトライする。
魔法は発動しない。
呼吸が浅くなり、全身に嫌な汗がにじむ。
先生やクラスメイトが、みな失望した様子で去っていく。
今日出会った、元同級生の顔もあった。
「君には才能が無い」
誰かが言った言葉が、反響してどんどん大きくなる。
モチコが最も嫌いな言葉。
もうすぐ目が覚めるはずだと分かっていても、つめたい汗が止まらない。
先輩が立っているのが見えた。
振り返った先輩の、口元が動く。
「モチコには才能が――」
その先は――。
聞きたくない!!
モチコは夢の中で、全身全霊の力を込めて叫ぼうとした。
声にならない絶叫。
――そこで、目が覚めた。
「モチコ、大丈夫?」
先輩の声がした。
現実の先輩の、凛としたやさしい声。
気づくと握りしめていた手が汗でぐっしょりだった。手だけでなく、額からも汗が流れている。
「うなされてたから、悪いけど起こさせてもらったよ」
「ああ……。すみません。ありがとうございます」
ふう、と大きくため息をついて、時計を見る。
もう夜が明ける時間だった。帰りの準備をしなくては。
「シャワーを浴びてくるから、少し待ってて」
「はい。そしたら、先に屋上で待ってます」
シャワーを浴びる先輩を待つあいだに、モチコは先に私服に着替えて屋上展望台へ向かう。
少し風に当たろうと思ったからだ。
屋上に出ると、台風は通り過ぎていたが、まだ少し雨が降っていた。
一部分だけ屋根が付いている場所があるので、そこにいれば身体が濡れることは無い。
夜明け前のうす暗い空を見ながら、ぼんやりと考える。
悪いことが続くなあ。
これ以上、悪いことが続いたら、しばらく立ち直れなさそうだ。
帰りに虹の女神さまにお参りでもした方がいいだろうか。
そんなことを考えていたとき、ふと気づいた。
「……あ、更衣室にペンダントを忘れてきた」
(後編に続く)




